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【Fond福山氏・Tippsy伊藤氏に学ぶ】スタートアップが押さえておくべき、アメリカでの起業のノウハウとは(前編)

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デジタルガレージが運営するアクセラレータープログラム「Open Network Lab(以下、Onlab)」は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に2010年4月にスタートし、これまで数百社以上のスタートアップを支援・育成してきました。

今回はアメリカで起業したOnlab卒業生のFond福山氏とTippsy伊藤氏をお招きして2023年4月27日にオンラインイベントを開催しました。本記事ではイベント前半の「アメリカでの起業のきっかけ」「アメリカでの起業のメリット・大変なこと」「アメリカで成功するための行動・Tips紹介」のディスカッションの模様をお送りします。

< プロフィール >
Fond Technologies, inc. CEO 福山 太郎
(Onlab第3期生、元AnyPerk)
2012年にFondを米国にて創業。同年、シリコンバレーのインキュベーターのY Combinatorに参加。Salesforce, Facebook, Adobeを含む顧客に、福利厚生や社内リワードの管理ソフトウェアを提供。同社はDCM, Y Combinator, Andreessen Horowitzから投資を受け、Fast CompanyのMost Innovative Company 50に、Google, Apple等と並んで選ばれる。2023年にReward Gatewayに売却。

Tippsy, Inc. Founder / CEO 伊藤 元気
(Onlab第20期生)
2009年日系食品商社で勤務するため渡米。その後USC(University of Southern California)にてMBA取得。2018年11月、ロサンゼルスにて日本酒eコマーススタートアップTippsy, Incを起業。日本酒のサブスクリプションという新しいサービスを提供している。

【自己紹介・事業紹介】アメリカでビジネスを立ち上げて活躍する、Fond福山氏とTippsy伊藤氏

園田(Onlab):本日は、アメリカで起業を果たしたOnlab第3期生の Fond Technologiesの福山さんと、第20期生の Tippsyの伊藤さんに「アメリカでの起業のきっかけ」「アメリカでの起業のメリット・大変なこと」「アメリカで成功するための行動・Tips紹介」を中心に、Digital Garage USの三橋とOpen Network Labの松田とともにディスカッションを行います。

Onlabは日本で最も古いアクセラレータプログラムとして2010年から開始しました。世界に通用するスタートアップの育成を目的とし、今年で13年目を迎えます。本プログラムでは、活動資金を提供することをはじめ、スタートアップの事業をブラッシュアップするために内部・外部の方々と連携したメンタリングやコンテンツを提供することによってスタートアップの課題を解決し、事業の成長をサポートしています。まずはFondの福山さん、自己紹介と事業紹介をお願いします。

福山(Fond):Fondの福山と申します。Onlabには2011年7月に第3期生として参加しました。写真で振り返ると、こちらが当時のバッチです。約10社いた同期のスタートアップでは、すでにEXITした会社や現在も成長している会社もいます。

Onlab 第3期生
Onlab 第3期生

福山(Fond):次の写真はFondを立ち上げた頃です。真ん中が私、左が共同創業者です。その下の写真は当時、ユニコーンだったEvernoteの社長にメンタリングをしていただいているところです。Onlabでは海外の投資家からじかに勉強させていただきました。最後に、右の写真はDemo Dayでピッチをしている私です。

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OnlabプログラムでのFond社の様子

福山(Fond):現在、Fondでは福利厚生や社内リワードを管理するSaaSの事業を行っています。この「Rewards and Recognition」は日本で馴染みがないかもしれませんが、アメリカでは約4.6兆円の市場規模でFacebookやVISA、Stanford、Salesforceなどにご導入いただいています。投資家はアメリカと日本の半々ですが、Andreessen HorowitzやY Combinator、DCM Venturesから資金調達をし、2023年2月にReward Gatewayに買収されました。

年表をお見せすると、2011年7月にOnlabに参加し、Demo Dayの直後にサンフランシスコへ行きました。その半年後の2012年1月にシリコンバレーのシードファンディング専門アクセラレーターのY Combinatorに参加して「AnyPerk.com」というサービスをローンチしました。2016年に「Rewards」という新しいサービスで事業規模を拡大します。2017年に社名をFondに変え、2019年にポートランドにオフィスを作り、Reward Gatewayに買収された現在はトランジションを行っています。

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(image: Fond Technologies, inc.)

園田(Onlab):ありがとうございます。それでは、Tippsyの伊藤さんも自己紹介と事業紹介をお願いします。

伊藤(Tippsy):ロサンゼルスを拠点にテイスティングキットのサブスクリプションを中心とした日本酒のeコマース「Tippsy Sake Club」を運営する伊藤と申します。Onlabには2020年に第20期生として参加しました。

私は日本食関連の商社に就職し、アメリカでセールスやマーケティング、サプライチェーンを10年間担当していましたが、南カリフォルニア大学に進学してMBAを取得したことを機に起業しました。アメリカで日本食の流通・販売を経験したことと、実際に市場が伸びていること、また輸出も過去10年間で約3倍に増えていることで日本酒のポテンシャルを感じていました。同時に、アメリカ人が日本酒を全く理解していない現実も目の当たりにしましたね。アメリカで大きなマーケットになっているワインと同じように日本酒にもカルチャーやコンテンツがあるのに、ごっそりと抜けてコモディティ化していたんです。

そこで、アメリカの消費者向けのプラットフォームを立ち上げて教育的コンテンツを提供しながら日本酒を直送し、日本酒のマーケットも自分たちで築いていこうと考えました。Tippsyの教育的コンテンツには蔵元さんへインタビューした動画やテイストデータ、ブックレットがあり、日本酒を単なる飲み物ではなく「学びながら楽しめるもの」として提供しています。

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OnlabプログラムでのTippsy社へのメンタリングの様子

また、サブスクリプションで「Tippsy Sake Club」というコミュニティも運営し、熱量の高い日本酒のファンを作って次のビジネスに展開しようと企画しています。最近は世界初のレコメンデーションエンジンをローンチしました。アメリカ人が「日本酒を選べない」と悩んでいるところへ好みを聞き、それに見合った日本酒を何百種類の中から選べるので、テイストデータの取得や日本酒の味の開発が可能になります。画一的な飲み物としてしか理解されていなかった「SAKE」を変え、世界中に日本酒のカルチャーを築こうと考えています。

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(image: Tippsy, Inc.)

「アメリカで起業するメリット・大変なこと」「日本での起業との違いは?」

三橋(DGUS):アメリカで起業する前に「きっとこんないいことがあるだろう」と想定していたメリットと、「こんないいことがあるとは思わなかった」と想定していなかったメリットを教えてください。

伊藤(Tippsy):私は日本で起業したことがなく、アメリカのビジネススクールへ行ったことがきっかけで「起業って楽しそうだな」とスタートしたので、想定していたメリットはありません。アメリカではスタートアップのエコシステムが発展しているし、エンジェル投資家も沢山いると事前に聞いていました。アメリカやここロサンゼルスではエンジェル投資家のコミュニティがあちこちにあり、そこでピッチし回って資金調達をしました。

想定していなかったメリットは、簡単に起業できること。アメリカでは契約・事務手続きといった起業家向けのSaaSが充実しているので法人登記をしたかったらスタバで30分でできるんですよね。100ドルもしないし、Clerkyというソフトウェアでパッとできます。また、英語を使った事業推進は難しい反面、英語だからこそ日本に限定せずインドや中国、ロシアとさまざまな国で人材を募集できます。Tippsyではイギリスで見つけた人と何年間か仕事をしたことがありますが、ローカルに住む方だったのでシリコンバレーよりも人件費を抑えられました。

福山(Fond):やっぱりアメリカは全てが大きいですよね。市場が大きいし、メジャーリーグみたいに世界中からトップクラスの投資家や人材が集まってくる。人材の獲得競争も激しいですが、一番上に到達した時の面白さはアメリカでしか味わえないですね。

想定していなかったメリットは、すんなりと受け入れてもらえること。アメリカに知り合いがいなかった頃は「投資家や人材にアクセスできないのでは?」と不安でしたが、こちらのプロダクトが面白ければ次の打ち合わせや資金調達、採用に繋がっていきます。メディアで見たことのあるトップ層の方々が温かく受け入れてくれるのはわくわくしましたね。

三橋(DGUS):他の国からも人材が集まってくる環境でフェアに仕事ができましたか?日本人の起業家だからこそ得したことや大変だったことはありますか?

福山(Fond):日本人ということで得したのは、福利厚生の事業がアメリカにはなくて、投資家にとって未知の分野だったこと。日本にしかないビジネスのノウハウや情報が事業に活かされて説得力が増したように思います。

また、サンフランシスコのカフェに行くと、つたない英語を喋るアジア人の起業家が資金調達で数億円、数十億円を集めていることもザラにあります。日本人はとかく英語が完璧ではないとダメだと消極的になりますが、この国では「ビジョンが大きい」「いいプロダクトを作っている」というスタートアップにお金が集まります。「日本人だから」ではなく「日本から来た起業家」とポジショニングしましたね。

伊藤(Tippsy):すばらしいですね。そもそもアメリカに住んでいる日本人は少ないですよね。日本人は100年以上前に来た移民3世や4世はいますが、日本人コミュニティを見かけない。一方、歴史が関係しているためか中国人や韓国人といったアジア人自体の人口は多いです。結束の強いアジア人コミュニティがあって、移民2世や3世の中国人や韓国人が「マイノリティだから」と、アジア人のスタートアップにしか投資しないVCもあるほど。

三橋(DGUS):「これを知っていたらミスをしなかっただろう」というエピソードがあればぜひお聞かせください。

伊藤(Tippsy):コミュニケーションの取れない弁護士を雇ったせいで訴えられたことがあります。コロナのパンデミックが起きた時、アメリカで急速に成長していたeコマースの会社を立て続けに訴える弁護士がいたんですね。「視覚障害者を守るためにeコマースではこんなシステムを導入しなければならない」といった中途半端な法律ができたせいで。Tippsyにも「訴えますよ」というレターが来たので弁護士に相談したら「Tippsyもやられたんだ、残念だね」「法廷で戦っても負けるだけだから和解金を払ってね」と。Tippsyのビジネスを理解してくれて「こんなリスクがあるから気をつけて」と警鐘を鳴らしてくれる弁護士だったら良かったなあ、と。

福山(Fond):私は最初は英語に自信がなくて、社員がお客様へ対応したり営業したりしていました。たまに社員が「こういう言い回しがいいですよ」と教えてくれましたが、お客様や投資家から「その言い方は違う」と馬鹿にされた経験は11年間で一度もなかったので、最初から自分でやればよかったと後悔しています。相手からしても直接社長に会いたかっただろうし。アメリカに来たらとりあえずバットを持って打席に立たないとチャンスはありませんしね。

「アメリカでの起業で成功するための行動・資金調達・Tips紹介」

松田(Onlab):アメリカで起業して経営していく上での具体的なノウハウやアドバイスをお聞かせください。特に経営や資金調達、営業でアメリカの企業と商談する時に気をつけるべきことは何でしょうか?

福山(Fond):日本とアメリカで違う点は3つあります。まず、ミーティング中のアイスブレイク。天気や家族、スポーツの話をして場を温めてから打ち合わせすることが多い。慣れない時にメジャーリーグやアメフトについて話すのはキツいけれど、コミュニケーションが取りやすくなります。2つ目は、アジェンダを作って明確化した方がいいですね。アジェンダがないと「何しに来たの?」とビジネスチャンスを失います。3つ目は、営業の交渉で「ここは譲れない」を伝えること。日本みたいに「顔色を読んでください」は通じません。

資金調達で「バリエーションを誰が決めるのか」という時、投資家に入ってほしかったので「そちらで決めていいですよ」と言ったら自信がないと判断されて交渉が上手くいきませんでした。最初から「こういう理由でこうしていて、自信がある」と伝えていれば資金調達がスムーズにいけたんではないかな、と。

松田(Onlab):自分たちが求めていることをクリアに伝えることがポイントですね。

福山(Fond):「ほしいものを頑張って口に出す」「常に堂々としている」を続けていくと、いいスパイラルに繋がっていきます。私たちの業界では月次契約よりも3年契約をしていただいた方が事業が安定するんですが、お客様に刺さるかが分からないので「3年契約をしてください」なんて最初の5年間では一度も言えませんでした。「今年はやってみよう」と決心して3年契約を提案するようにしたら、約半分のお客様にご承諾いただけました。FacebookやSalesforceといった大きなお客様が3年契約をするのはだいぶ意味合いが変わってきます。

伊藤(Tippsy):ストーリーテリングも重要ですよね。私もビジネスレベルの英語は喋れますが、相手を説得する、共感してもらう、感動してもらうことはやっぱり難しい。一度しかないミーティングでこちらの意図を伝えるには、資料を作り込んだり練習したりしておかないと上手くいきません。「この言葉を響かせる」「このスライドではこれを言う」と練習しながらブラッシュアップしておくことが大事です。投資家だけではなく営業、人材採用でも「相手がどのように自分を見ているか」「何を言ったら感動するのか、一緒にやろうと思うのか」を考えながら伝えるのは同じですよね。

松田(Onlab):ストーリーテリングではどのようにブラッシュアップしていきましたか?

伊藤(Tippsy):アメリカ人投資家の中にメンターのような方がいて、ミーティングが終わった後にフィードバックをしてもらっています。彼は伝え方が上手いので、私のピッチをチェックして「こうやって言い直した方がいい」「レコーディングするから聴いてみなよ」と指導してくれるんです。

※ アメリカでの採用やQ&Aセッションの様子は、近日公開予定の「【Fond福山氏・Tippsy伊藤氏に学ぶ】スタートアップが押さえておくべき、アメリカでの起業のノウハウとは(後編)」にてお送りいたします。

< Staffプロフィール >
株式会社デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部長 松田 信之

東京大学大学院工学系研究科卒。大学院在学中に学習塾向けコミュニケーションプラットフォームを提供するスタートアップを共同設立。卒業後、株式会社三菱総合研究所において、民間企業の新規事業戦略・新商品 / サービス開発に係るコンサルティングに参画。スタンフォード大学への留学時にシリコンバレーのスタートアップエコシステムについて学ぶ。2019年4月より株式会社デジタルガレージにおいて、スタートアップ投資およびアクセラレータプログラムを軸とするスタートアップ支援に携わる。

株式会社デジタルガレージ 執行役員 DGUS社長 三橋 拓樹

慶應義塾SFC在学中に複数のベンチャーを設立。ドリームインキュベータの創業期に参画、東証マザーズ・一部上場後、米国大学院留学。複数の米国企業の日本進出、日本代表などを経て現職。DGのサンフランシスコオフィス「DG717」を拠点に日米インキュベーションに従事。

株式会社デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部 園田 祐介

2018年に新卒でデジタルガレージに入社し、マーケティングテクノロジー・セグメントに従事。デジタルマーケティングのプランニング・提案・ディレクションに取り組む。様々な業界の事業者に対し、デジタルとリアルを一貫したマーケティングシナリオとソリューションを提供。2021年よりOpen Network Labに参画。プログラムディレクターとしてプログラムの企画・運営、デジタルマーケティングで培った知見を活かしたメンタリングなどでスタートアップ支援に携わる。

(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)

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