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会話サマリーAI電話「pickupon(ピクポン)」らしさの再定義とカルチャー醸成への挑戦。スタートアップがESG経営への舵を切る理由とは|Onlab ESG

デジタルガレージは「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にOpen Network Lab Seed Accelerator(以下、Onlab)を2010年4月にスタートし、これまで145社以上のスタートアップを支援・育成してきました。

電話の内容をテキスト化して顧客のニーズを抽出・分析するAI電話「pickupon(ピクポン)」を開発するOnlab第16期生のpickupon株式会社 代表取締役CEOの小幡さんと、同社で組織開発や人材採用を担当するかわかたさん、ESG経営・パーパスブランディングコンサルタントの田原さんに、なぜpickuponがOnlab ESGの「ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)策定ワークショップ」に参加したのか、そこで得られた気づきや効果、またどんなスタートアップにもESG経営の事業戦略が必要な背景について伺いました。

Onlab ESGとは、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営に取り組むスタートアップに向けたOnlabの支援であり、大きく3つの活動を軸に活動しています。1つ目は、ESGの理解向上や業界トレンドを把握するための「調査・研究」、2つ目は、今後予想されるVC投資のESG重視傾向への対応策とした「投資先へのESGバリューアップ支援」、3つ目は、国内外のClimate Tech / Impact VCやスタートアップとの「ネットワーキング」です。

今回、Onlab ESGでは「投資先へのESGバリューアップ支援」の一環としてMVVの策定を行いましたが、いかなる事業内容や規模の企業にとっても、社内外の状況を正しく理解して芯の通ったMVVを作成することは、これからESG経営を推進する上で重要な「最初の一歩」だと考えています。ステークホルダーとの信頼関係を築き、企業価値を向上させるためにESG経営が求められつつある今、私たちはより多くのスタートアップが各自のペースで取り組み、実現できるように支援を強化していきます。

< プロフィール >
pickupon株式会社 代表取締役 小幡 洋一

システム制作会社でCGMメディアの立ち上げやPRアナリティクスプロダクト(SaaS)開発に携わる。その後Open Network Labに採択され、2018年2月に起業。以降、IBM BlueHub等のプログラムへ採択されながら開発を進め、2019年9月に会話サマリーAI電話pickuponをリリース。

pickupon株式会社 組織開発 かわかた たまみ

株式会社SCRAP創業メンバー。リアル脱出ゲームの黎明期を支え、2015年渡米。USでの事業展開を行う。帰国後は組織開発マネジメントに転身し、スタッフの成長と最高のクリエイティブ環境の提供に尽力。2022年からpickupon株式会社にて組織の成長と事業発展を支える。

ESG経営 / パーパスブランディング戦略コンサルタント 田原 純香

Accenture、A.T. kerneyにて戦略コンサルタントとして、成長戦略や新規事業立案等をリードした後、Interbrandに入社し、ブランド戦略コンサルティングに従事。2018年にメルカリに入社し、Branding戦略立案〜実行、ESGの立ち上げ〜組織化までを統括リード。グループミッションの刷新プロジェクトのリーダーも務める。2022年にメルカリを退社し、現職。スタートアップ企業を中心に、MVVの言語化、ESG戦略立案、マテリアリティ特定支援、サステナ/インパクトレポートの策定支援などを行う。

pickuponには「らしさ」がない。認知度向上とカルチャー醸成のためにMVV策定ワークショップへ参加

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pickupon株式会社 代表取締役 小幡 洋一さん

― Onlab ESGでは2022年12月にMVV策定ワークショップを開催しました。1時間半 x 6回で構成されるこのワークショップでは、自社の事業が果たす価値や社員への期待値などをテーマに会社のコアメンバーでとことん意見を出し、MVVを再定義します。pickuponがワークショップに参加し、以前のMVVを策定し直した背景をお聞かせください。

小幡(pickupon):以前のミッション「ユーザーの声をなめらかに価値転換する」は、スマートニュースの共同創設者である鈴木健さんが研究者時代に唱えていた「なめらかな社会」に共鳴して設定していました。

かわかた(pickupon):でも「なめらかな、とは何だろう」と、ひと目見ただけではよく分からなかったんですよね。また、私がお世話になったことのある他のスタートアップでは、オンライン・オフライン問わずみんなで盛り上がったり何かしらの共通点があったりしましたが、私がpickuponにジョインした当時はそういうものが一切なくて「pickuponらしさがない・・・」と感じました。社内外でpickuponの事業を理解していただくには改めてMVVを明文化して独自のカルチャーを醸成する必要があると考えて動きました。

― 現在、新たに策定したMVVを人事で活用しているとのことですが、どのような効果がありますか?

かわかた(pickupon):今回のワークショップで議論を重ねて「こういう人材がほしい」が研ぎ澄まされたおかげで、pickuponが採用すべきペルソナや条件が明確になり、メンバーのみんなもどの方向で成長していけばいいのかを具体的に把握できるようになりました。また、採用向けに月2回開催している会社説明会では、以前は人事メンバーが終始一人でプロダクトを説明するだけでミッションについてはあまり触れていませんでしたが、現在ではミッションを語るパートを設けたり、「持ち回りルール」を作ってメンバーが入れ替わりながら自分の言葉で語ったりすることでミッションを咀嚼してもらっています。

― メンバーの皆さんの変化を実感することはありますか?

かわかた(pickupon):社内では定期的にアンケートを実施して、メンバー各自が新旧のMVVについてどう思っているのか、また、自分だったら社外にどう説明するのかを聞き、定量的に浸透度合いを測っているところです。新しいミッションは「『こまってる。』で世界を変える」ですが、バリューの一つに「Singin’! in the Rain! / 『雨』を唄おう!」という「困難だからこそ楽しんで乗り越えよう」というものもあるので、意見や課題があったら積極的に伝え合うようになりました。

ディスカッションを重ねて発見したお互いの思いと方向性。新たなミッション誕生のきっかけに

― 今回のプログラムには全6回のワークショップが用意され、宿題やインターナルミーティングもありました。

かわかた(pickupon):毎回決められたテーマをもとに小幡さんと私、社内のコアメンバーの3名が事前に集まってpickuponを起業した理由や入社した理由、pickuponへの期待値、解決したい社会課題、顧客が求めるpickupon像、5〜10年後の事業領域、会社が目指すべき使命などを1〜2時間ざっくばらんに話し合いながら取り組みました。

― ワークショップではディスカッションを繰り返しながらミッションを絞り上げていきましたが、どのような気づきを得られましたか?

かわかた(pickupon):そもそも、小幡さんやコアメンバーと「この事業が何のためにあるのか」をここまで切り込んで話し合う機会はありませんでした。小幡さんは普段からビジョンを語るものの、エンジニア系のメンバーとは滅多にそういった会話をしてこなかったんです。今回、意見を出し合ってみたらお互いに同じ思いを持っていたことを知り「デザイン思考から始めていこう」と足並みを揃えたことが有益でした。

小幡(pickupon):私は、現場のメンバーに伝わっていると思っていたことがやっぱり伝わっていなかったのだ、と。ディスカッションを通じて根底にある「pickuponが大切にしたいこと」や事業の方向性を再認識できたおかげで、今までよりもシャープになったミッションが誕生しました。

― 回を重ねるたびにお互いの考えや会社の目指すべき使命を言語化して握り合えたことはすばらしいと思いました。田原さんにはpickuponのディスカッションに携わっていただきましたが、今回のジャーニーはどのように映りましたか?

田原:小幡さんはご自分が持つ哲学や世界観が社内外へ伝わらないことにフラストレーションを感じていらっしゃいましたが、それらは大変ユニークなものだったのでMVVを作る上で外したくないと考えていました。むしろ、よくある「社会を豊かにしよう」という表面的かつ一般的に掲げやすいものよりも事業や経営者の魅力を伝えられるんです。MVVを固めるには時間を要しますが、じっくりと紐解いていったら必ずいいものになると信じていました。

特に兆しが見えたのは「結局、誰のために?」を再考したら「悩みを抱えているユーザーのためだ」が共通認識として上がったことです。物事自体は論理的に整理できたり構造化できたりしますが、そもそも事業はサービスにお金を払ってくださるユーザーで成り立っています。皆さんがそのポイントに立ち返ったのは大きな前進でしたよね。

さらに、かわかたさんが「pickuponにはカルチャーがない」と悩んでいたこともこのディスカッションを始めるには良かったと思ったんですよね。いい意味で皆さんは同調しないけれど、喧嘩するわけでもない。違う意見が違う意見のまま存在できる空間はpickuponのサービスそのものだ、と。何の色も付いていない体験や発言がそのまま伝達されることに意味があり、それを体現していらっしゃるので、通じるものがあるのではないかなと考えていました。

― 毎回、時間が足りなくなるほど熱のこもったディスカッションが行われていましたよね。

田原:やはり最後まで諦めなかったことが一番のカギです。このディスカッションを続けるのはとても体力を使いますし、だんだんよく分からなくなってきたというケースもあり、会社によっては「一旦寝かせよう」と中断することもしばしば。それがいい効果をもたらすケースもありますが「一筋縄ではいかない問題を解きたい」という熱意があるうちに集中してディスカッションを繰り広げることにはとても意味があります。本ワークショップが終了した後も諦めずに考え続けていたと伺って、逆境に向き合うことを楽しむバリューを体現していらっしゃるな、と実感しました。

顧客のソリューションを謳ったミッションから、メンバー一人ひとりの「肖像画」を描いたミッションに

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pickuponの新たなミッション
― ディスカッションを経て新たに誕生したミッション「『こまってる。』で世界を変える」に込めた思いをお聞かせください。

小幡(pickupon):以前のミッションのコアな要素を体現しているものであること、分かりやすい言葉であること、また、ヒトに向かっている言葉であることの3つがあります。これまでのミッション「ユーザーの声をなめらかに価値転換する」は「ソリューション」だったんです。事業自体には言及しているものの、pickuponで働く仲間については触れていませんでした。「『こまってる。』で世界を変える」では、ユーザーの課題を価値に変換したいという以前のミッションも含んでいますが、私たちも困難に直面したら己の世界をアップデートするチャンスだと捉える意味合いも込めています。

― 新しいミッションを考える上で気にかけた点や注意した点はありましたか?

小幡(pickupon):ディスカッションを経て構造や骨組みを固めた後、最終的に言葉を決めていく過程で、誰にとっても一目瞭然の「分かりやすいMVV」に違和感を覚えました。それぞれの考えが残されている方が困難を乗り越えて成長していくメンバーのMVVとして相応しいと判断し、さまざまな意味や表現を織り交ぜた新しいミッションを作りました。

かわかた(pickupon):私は分かりやすさを追求することが当然だと思っていたので「どこまで分かりやすくするべきなのか」は新しい視点でした。特にVCの立場からすると、スタートアップのMVVが一目瞭然なことは大事ですよね。「分かりにくいミッションの方がいいかもしれない」と進んで提案できたのは新鮮でした。

小幡(pickupon):最終的には分かりやすく、かつ解釈の余地を残したものになりました。ようやくチームのメンバーの言葉になったなあ、と。「このメンバーだったらどんなミッションになるのか」を一人ひとり考察し、全員のミッションになり得るものを作りました。これが私1人のミッションではなくなった瞬間ですね。

田原:MVVは事業フェーズや状況によって変化してもいいと思います。最初のステージのMVVにも役割がありますし、次のステージに向かう今、事業が拡大して人数も増えて新たなミッションが必要になったところで皆さんの願いや期待を込めた新たなバージョンが誕生するのも自然な流れですね。

― 新たなMVVをどのように社内の皆さんへ展開しましたか?

かわかた(pickupon):​​新しいミッションを使った会社説明会が翌々日に控えていたタイミングで社内に展開しました。小幡さんが発表資料を見せながら、冒頭で「朝起きたらミッションが降りてきたんです」と(笑)。ミッションを策定した目的や経緯をひととおり説明した後、メンバーにアンケートを取ったところ「分かりやすい」「どんな背景なのかを丁寧に説明してくれた」「前のミッションも好きだったけれど新しいものもいい」と好意的な回答をもらいました。

小幡(pickupon):「このミッションは私が描いたみんなの肖像画です」と、トップダウンで押し付けていない旨も伝えました。今回のミッションではpickuponの事業だけでなく、メンバー一人ひとりの肖像画を描くことにもこだわりました。

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pickupon株式会社 かわかた たまみさん

ESGは「環境配慮型の事業」だけではない。どんな業界のスタートアップも挑戦できるVUCA時代の経営戦略

― 今後、ESG経営としてどのようなことに取り組みたいですか?

小幡(pickupon):マーケットは「お金を稼ぎたい」というアクションによって誰かの課題を解決するいいシステムでもあります。一方、ESGは環境や貧困の問題など、そのシステムから抜け落ちてしまうものを補完するので、ESGはマーケットと対を成していると考えています。困っている方を助けるこのマーケットのシステムを加速させるために、pickuponはエンドユーザーの課題を正しくデータセット化するというコンセプトを持っています。pickuponが事業を遂行することで、ESGを大切にしている方々からも評価される存在になりたいです。

田原:私は企業がマーケットに及ぼす影響と、マーケットが企業に及ぼす影響の2つの視点で考えるのですが、小幡さんが「対になっている」とおっしゃったのは、企業がマーケットに及ぼす影響における負の外部性ですね。企業が資本主義のシステムで利益を追求するがゆえに無関係な人々に環境汚染という負のインパクトを与えますが、その負をみんなで分配して解決しようという考え方です。反対に、正の外部性は、ある製品を生産あるいは消費することによって得られる第三者の利益のことを指し、事業を推進する上で社会全体に与える正のインパクトを伸ばしていこうという考え方です。

昨今、経営者にはマーケットのボラティリティ(変動性)が企業に及ぼす影響をどのようにマネジメントするのかを問われています。VUCA(ブーカ)と言われ、先行きが不透明で未来の予測が困難になっている中、資本市場のマーケターは明日だけでなく数年後もその経営スタイルで価値を生み出せるのかを見ています。これまでは損益計算書だけを見ていれば「これが儲かる」と把握できましたが、例えば数年後、気候変動によって自社の工場が発火するかもしれないリスクに見舞われた時、どんな意思決定やマネジメントをするのかを求められます。つまり、投資家と資本市場の観点で経営できる企業がESGとして評価されます。

pickuponでは人材マネジメントで多様性を考慮している点や、困難をしなやかに乗り越え回復する力を持っている点で、長期的視点で見据えると強い経営基盤があるのではないでしょうか。さらに、売上の先にある社会に対するポジティブなインパクトを一度アセスメントするのもいいですね。その2つをアピールできるとより魅力的な企業に成長していくだろうと評価されると思います。

― EVや廃棄物削減など、環境に配慮した事業がESGだと捉えられやすいですが、業界に関係なく、事業が市場に、市場が事業にどのような影響を及ぼしているのかがポイントですね。ESGに関するお問い合わせも直接的に医療や環境などに携わるスタートアップからが多いのですが「ESGは環境配慮型の事業だけではない」「どんな業界でも挑戦できる」というメッセージを大切にしたいです。「なぜpickuponがOnlab ESGのワークショップを受けているんですか?事業と関係ないように思います」というご意見も頂きますが、恐らくガバナンスで会社の評価を上げようという考えまでに至っていないんですよね。

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ESG経営 / パーパスブランディング戦略コンサルタント 田原 純香さん

― ESG経営を考え始めているスタートアップの皆さんに向けたメッセージをお願いします。

田原:私はちょうど5年前(2018年)メルカリで「ESGとは何か?」から模索し始め、さまざまな方からESGに関する説明や意見を伺いながら自分なりに解釈し、何度も定義し直してきました。その上で、やはり先述の正・負の外部性の考え方を捉えると自社の経営で発見があると思います。ESG経営をやる・やらない、ESG評価が高い・低い、自社はESGに向いている・向いていないといった2択ではなく、ESGの視点で「今後どのようにマネジメントすべきなのか」「市場にはどのようなオポチュニティがあるのか」と見極めながら新たな経営戦略に繋げていただきたいですね。年単位でESGをマネジメントすることは、自社のMVVを見直したり解像度を高めたりする効果もあります。

小幡(pickupon):フレームとして活用するのもいいですよね。今回、私たちはESGをよく知らず「ミッションをアップデートしたい」と無邪気にワークショップへ参加しましたが、新たなミッションが完成したのみならず、みんなが思い思いの意見やアイデアを出し合ったり、ガバナンスが改善されたというフィードバックも頂いたりする機会になったので、ESG経営にご興味のあるスタートアップにお勧めしたいです。

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左から pickupon株式会社 代表取締役 小幡 洋一さん、かわかた たまみさん

― ありがとうございます。ESGをもっと知りたいと考えているスタートアップの皆さんにもぜひご参加いただきたいです。最後に、pickuponが目指したい事業をお聞かせください。

小幡(pickupon):何と言ってもスタートアップの使命はユーザーが抱える課題を解決し続けることで、私たちはそれを加速させたいと思っています。生成AIを活用したソリューションによってデータセット化がしやすくなりました。また、ユーザーの課題を解決したいと考える事業者の皆さんも応援したく、生成AIや発話が介在する領域のPoCもサポートしていますのでお困りの方はお気軽にお声掛けください。

(執筆:佐野 桃木  撮影:taisho  編集:Onlab事務局)

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