2022年04月20日
国内外でデジタルガレージが出資する企業やOpen Network Lab(以下、Onlab)の支援先にはあらゆるサービスが存在してますが、昨今「企業価値」だけでなく「社会的価値」の両立を目指す「ESGスタートアップ」が注目されています。このシリーズではスタートアップの事業成長と会社経営のあり方や持続可能な社会へのインパクトをどのように創り出していくのか、経営者としての考え方や企業の様々な取り組みについて伺っていきます。
今回登場するのは、株式会社ODD FUTURE 代表取締役CEOの長田 竜介さんです。サステナブルな食の未来を創り出す選択肢として、コオロギを用いた日本発の代替タンパク質商品「INNOCECT(イノセクト)」を提供する長田さんは、前職の商社でサステナブルな新規ビジネスを調べていた時に昆虫食の有用性や可能性に衝撃を受け、2020年6月にODD FUTUREを立ち上げます。コオロギの栄養価や味、サステナビリティにこだわり、人類にサステナブルな新しい食の選択肢を増やすというミッションを掲げる長田さんに、ODD FUTUREを起業した当時のエピソードや今後の展望についてオンラインで伺いました。
< プロフィール >
株式会社ODD FUTURE 代表取締役CEO 長田 竜介
明治大学卒業後、新卒で商社に入社しアパレル製品のOEMを担当した後、「事業の前提から、その事業が世の中にもたらす結果まで一貫してサステナブルな事業が栄える時代がくる」という想いから株式会社ODD FUTURE を創業。コオロギ食品の開発・販売を主軸とするフードテック事業を中心にサステナブル領域で事業を展開しています。
Contents
― ODD FUTUREの事業概要を教えてください。
ODD FUTUREは、サステナブルな新しい食の選択肢として、食用コオロギを用いた代替タンパク食品の製造や開発、販売を行っているスタートアップです。コオロギを通じて人も地球も健康にしたいという思いからコオロギを提携工場で養殖し、日本初のコオロギの粉末を原料にしたプロテインやプロテインバー、コーヒー、クリケットパウダーなどを提供しています。
実は、2050年には世界の人口が100億人になることが予想されていて、それに伴う食糧危機が問題視されています。その頃には肉の消費量が現在の2倍になると言われ、100億人分のタンパク質を補うために食料システムの変革が求められています。そんな中で注目されているのが、この昆虫食なんです。栄養価が高く環境への負荷も少ないことから国連食糧農業機関も推奨していますが、市場規模が2025年には1000億円以上、2030年には8000億円になると言われています。
― なぜ、数ある昆虫からコオロギを選択されたのでしょうか。
サステナブルな動物性タンパク質として地球に優しいからです。コオロギは生育スピードが速いので、牛が誕生から成牛になるまで1〜2年かかるところ、コオロギは孵化してから4〜5週間で成虫になり、狭いスペースでも大量に飼育できて収穫効率が良いんです。また、コオロギの栄養価は高く、100gあたりのタンパク質量が牛の約3倍もあります。また、タンパク質を1kg生産する際、牛と比較するとCO2排出量が約30分の1で済みますし、約6分の1のエサ、約6000分の1の水量を必要とするだけなので環境に良いんです。
― 長田さんが昆虫食事業を立ち上げた背景についてお聞かせください。
私は静岡の出身ですが、幼少の頃、幼稚園が終わったら農家を営む祖父のところへ遊びに行っていました。祖父は畑を耕した後、お腹が空いた、と畑から出てきたバッタやミミズをそのまま食べていたんです。これが私にとって初めての昆虫食でした。祖父から「昆虫は栄養があるから食べてみなさい」と差し出される度、逃げ回っていましたけれど(笑)。
その後、私は新卒で商社のアパレル部門に配属されましたが、さまざまな事業領域でサステナブルな新規ビジネスを調べていました。その時、「食」という分野で大豆ミートや培養肉などの代替タンパク質があり、昆虫食もその選択肢として有用性が高いというレポートを発見したんです。同時に、実は祖父が最先端の食生活をしていたんだと知って感動しましたね。「これは面白い事業ができるに違いない」と昆虫食ビジネスにのめり込んでいきました。
― 他社と比較して、御社のサービスではどのような特徴や優位性がありますか?
まず、商品開発力です。昆虫食を扱う会社は何社かありますが、当時は創業者の方が昆虫が好きでずっと研究してきたというようなケースが多く、「昆虫感」をパッケージや味など全面に出している商品がほとんどだったんです。その点、弊社では良い意味で昆虫自体にはあまり興味のない食品メーカーで商品開発の経験を積んできたメンバーやマーケターとともに商品を作っているので、昆虫のイメージや味をほぼ感じることのない、コオロギのタンパク質を豊富に含む持続可能なプロテインブランドを提供しています。
次に、私たちには原料の強みがあります。他社では、真っ黒でやや怖い見た目をしたコオロギを使用することが多いんですが、私たちが養殖しているヨーロッパイエコオロギは淡白な見た目をしていて、思ったよりも気持ち悪くない。このビジュアルの違いが風味にも表れていて、イノセクトの商品は炒ったナッツのような香ばしさが特徴で、料理の隠し味として楽しむこともできます。
― どのようなお客様がINNOCECTの商品を購入していらっしゃいますか?
主に30〜40代の女性です。日頃から健康への意識が高く、自分だけでなく地球にも良いことをしたいと考える方や、お子さんへ新しい未来を繋いでいくためにサステナブルなものを消費したいと願う方もいらっしゃいます。また、これまでのプロテイン商品では牛由来のホエイプロテインが使用されていて、お腹を下しやすかったり体に合わなかったりする場合もあったのですが、イノセクトのプロテインを定期購入しているお客様からは、コオロギ由来であればお腹を壊すことがないし、ブレンダーでスムージーに混ぜておいしくタンパク質を摂れると喜んでいただいています。
― 2020年6月に創業して現在に至るまで、どのような試行錯誤がありましたか?
苦労したことは3つあります。まず、扱う商材が昆虫であること。この数年でヨーロッパ、特にスイスやドイツでは昆虫食を展開するスタートアップが生まれて注目を浴びていますが、創業当初、日本ではまだ市民権がありませんでした。ここに第三の選択肢を作りたいと考え、コオロギプロテインを開発しながら製造委託ができる工場を探しました。1日約100件、北海道から九州にかけて片っ端から食品工場に電話しましたが、どの工場からも「コオロギの原料なんてラインに入れられない」と門前払いをくらいました。これは他の食品原料だったら味わうことのなかった苦労だったと思います。結果、約100-200件くらいの電話をかけてようやく1社が「面白そうだ」とおっしゃっていただき、コオロギプロテインを製造していただくことになりました。
2つ目は人集めです。起業準備をしていた2019年では、現在ほど昆虫食が認知されていなかったので、友人知人を事業に誘っても「人生をかけてやるにはリスクが大き過ぎる」と断られてばかりでした。創業した後も、コオロギの原料を求めて海外の工場を回ったり、国内で製造委託ができる工場を探したり、商品開発やマーケティングをしたり、ECサイトを立ち上げるといった全てのオペレーションを1人で進めていきました。そうしているうちに昆虫食が少しずつテレビや雑誌に取り上げられたり、無印良品のような大手専門小売業が参入したりすることで、世の中が「昆虫食の事業ってすごい」へ変わっていったんです。それに並行して、一緒に働きたいという応募が増えたのを覚えています。
3つ目の苦労は、創業期の売上です。やはり、昆虫食が受け入れられていない時代に売上を作るのは難しかったですね。どうしても莫大な先行投資が必要になるので、商品を売る前に、コオロギがおいしく食べられることや、既存のホエイプロテインよりも栄養が高くサステナブルであることを啓蒙しなければなりませんでした。ここに人的リソースが割かれてしまい、初期の資金繰りが厳しくなって売り上げが立たない時期もありました。創業から1年数ヶ月後、昆虫食に参入する企業が増えてきたことにより、ようやく事業が安定してファイナンスも行えるようになりました。
― お客様へ昆虫食を認知してもらうのに苦労したとのことですが、どのようにブランドを醸成していきましたか?
当初はターゲットや性別を絞らずに商品を展開し、パッケージも現在のパステルカラーではなくクラフト紙でした。ところが実際にリリースしてみると女性のお客様が多かったので、よりご評価いただけるようにブランディングを変え、健康や環境に対する意識が高い方々にターゲットを絞ってアプローチをしていきました。例えば、インスタグラムであれば、おしゃれで綺麗な写真を掲載するような方々にイノセクトの商品をご利用いただいてから、彼女たちのフォロワーに広めていきました。また、サステナブルショップやSDGsを取り入れているセレクトショップでお買い物をする方々に商品を無料で配布した結果、ユーザーコミュニティが立ち上がり、口コミが広がっていきました。
― 商品のパッケージ・デザインで意識していらっしゃるポイントは何でしょうか?
イノセクトのパッケージでは、お客様が手に取りやすく生活に馴染むような、シンプルなデザインを心がけています。傾向として、昆虫食を扱う企業では、食品なのに昆虫をそのまま描いたデザインが多いんですよね。お客様に話を伺うと「コオロギを栄養価の高いサステナブルな食品として認識しているので、リアルな昆虫の姿を見なくてもいい」と。また、パッケージの素材には植物などの再生可能な有機資源(バイオマスプラスチック)を使用しています。大手量販店さんと卸売りが決まった時「INNOCECTは中も外もサステナブルだね」とご評価いただいており、やはり時代は「サステナブルな行動」が当たり前の世の中になってきているのかもしれません。
― 長田さんが起業家として大事にしていらっしゃるお考えをお聞かせください。
成功するまで失敗してもやめないことです。事業の性質上すぐに成功するとは思わないので、胆力を持ってやり続けることが重要だと考えています。今後、昆虫食は認知度や話題性が高まって人気になると予想していますが、ブームが去って再び下火になるとも予想しています。しかし、上手くいかない時期を経て20年、30年という長い年月をかけながら、人類に食の新たな選択肢を増やすという弊社のビジョンを実現したいです。
― 現在、御社には何名のメンバーがいらっしゃいますか?
現在、10名のメンバーがいます。まだ小規模ではありますが、私が商社にいた時から付き合いのあるメンバーや、各業界で実務経験を積んできたメンバーをはじめ、リファラルなどさまざまなご縁で仲間が集まっています。事業拡大に伴い、採用を積極的に進めたいとは思いますが、猫の手を借りたいほどに行き詰まっても、採用条件は変えていません。例えば、ご経歴やスキルがあってもサステナブルな世の中にしていく志を持っていない方やサステナブルな事業へ関心がない方は、弊社では厳しい。「1年に何名採用する」といったノルマを持たず、弊社のビジョンやミッション、バリューに共感いただいた方のみを採用しています。
今後は事業拡大に向けて全職種を採用をしていく予定です。特に、量産化するフェーズに入るので、コオロギの養殖業務やサプライチェーンの管理ができる方、商品開発者、マーケターを募集しています。また、大きなファイナンスをしていく上でCFOやCXOなど幹部メンバーも集めていこうと考えています。
― 今後の事業の挑戦や、サステナビリティへ貢献するための計画などを教えてください。
直近では、イノセクトの商品のバリエーションを増やしていこうと計画しています。また、コオロギの養殖を量産化し、ODD FUTUREから世界にコオロギタンパクを供給するグローバルなサプライチェーンを構築していきます。サステナブルな商品に溢れる世の中の実現に向け、コオロギ以外のサステナブルな食品を作ったり、消費財ごとにカーボンフットプリント(商品・サービスの原材料の調達から生産、流通を経て、廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクルを通じて排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算したもの)を計測するサービスを立ち上げたりしたいですね。現在、弊社の商品にはプロテイン、プロテインバー、コーヒー、クリケットパウダーがありますが、コオロギの粉末はパンの生地に練り込んで食べることもできますし、コオロギを使用した完全栄養食品はまだ沢山の可能性を秘めています。
また、養殖したコオロギの原料をもとに、人に向けた昆虫食だけでなくペットフードや養殖業のエサなど用途を広げていきます。さらに、これまではコオロギの原料を加工する段階で生じたオイルを破棄していましたが、オメガ3脂肪酸などの栄養素が豊富に含まれているので、ヘアオイルやフェイスパックなど食品以外の領域にも挑戦したいと考えています。
― ESGの観点から、経営のあり方や取り組んでいる活動についてお聞かせください。
環境については、扱っている商材がサステナブルなものなので、私たちの商品が売れれば売れるほど世の中が良くなっていく、売り上げが2倍になったら世の中も2倍良くなっていくと自信を持って言えます。社会との関わり方では、サプライチェーンまで遡っても環境負荷を抑えた方法でものづくりを行っています。また、ガバナンスに関しては、ステークホルダーに対して利益を還元することは当然ですが、関わる方が全員幸せになるような取引に注力しています。商社に勤めていた頃は仕入先とヒートアップしながら交渉したり、過度に相手から安く仕入れて高く売ったりするスタイルに馴染めませんでしたね、会社として利益を出すことは大事ですけれど。そんな背景から、弊社では仕入れ先の方々とともに成長していける関係性づくりにこだわっています。
― 今後の取り組みとして、サステナブル消費度合いを可視化し、利益の還元だけでなく社会貢献という観点からもインパクトを図っていきたいとのこと。そのインパクトをどのように評価していこうとお考えですか?
お客様がコオロギを介してサステナブルな消費をした時、「いいことをした」と満足するだけでなく、金銭的にも得をするような仕組みを作っています。例えば、中国やマレーシアの銀行ではサステナブルな行動が与信に関わってくる仕組みがあり、ユーザーが金利で優遇されたりインセンティブが与えられたりしています。今まではサステナブルな消費をしても目に見える「得」をしなかったので普及しませんでしたが、「金銭的にもエコなことをやった方がいいよね」という新たな概念が誕生したら一気に社会が変わると想像しています。
現在、私たちが提供予定のサービスでは「買った商品の環境へのインパクト」を可視化することを予定しています。Web3の仮想通貨的な発想ですが、商品を購入するとトークンが発行され、先にエコな暮らしを始めた方がより多くポイントを獲得し、信頼も上がって得をする仕組みのプロトタイプを計画しています。人も世界も得をする社会を作り、人類にサステナブルな新しい食の選択肢を一つ増やすことを必ず成し遂げたいと思っています。
(執筆:佐野 桃木 写真:taisho 編集:Onlab事務局)