2023年12月20日
Open Network Lab(以下、Onlab)は、2023年10月20日に第27期 Demo Dayを開催しました。今期採択されたスタートアップ5社をはじめ、OnlabプログラムにはESGの課題を解決する持続的な成長を目指すスタートアップが増えています。Onlabは今回のDemo Dayを皮切りにカーボンニュートラルなイベントの運営を目指し、さまざまな取り組みを実施しました。どのような目的で挑戦し、プロセスを踏んでいったのかをOnlab ESG担当の堤とOnlab推進部 Onlab Seed Acceleratorプログラム担当の吉田に聞きました。
< プロフィール >
株式会社デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部 マネージャー ESG担当 堤 世良
三井物産でアメリカや東南アジアの不動産開発、森林・植林関連事業の事業開発に従事。スペイン/IE Business Schoolでサスティナビリティやインパクト投資領域を中心にMBAを取得。2021年にデジタルガレージにてESG・サステナビリティの新規事業の創出と、ESGの観点におけるスタートアップの支援・投資等を行う。
株式会社デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部 吉田 有希
2021年にデジタルガレージに入社し、Open Network Labに参画。Onlab Seed Acceleratorプログラムの運営や企画、Onlab Communityにおけるイベントの運営などでスタートアップ支援に携わる。
Contents
― 今回、OnlabはOnlab 第27期 Demo Dayにてカーボンニュートラルな運営を実施しました。それにはどのような経緯があったのでしょうか。
堤:昨今、円安や物価高騰、気候変動による環境問題など、ビジネスに影響を与える外的要因が複雑化し、各企業がそれらへ対応することが求められています。デジタルガレージではこれまでにも、組織の事業活動に伴って排出される温室効果ガス排出量を埋め合わせる「カーボンオフセット」を意識した取り組みや、廃棄物を削減するなどの環境に配慮した取り組みを実施することで温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」なイベントを運営したいと考えていました。今回、Onlab 第27期生でカーボンオフセットのプラットフォームを作るLinkhola(リンコラ)社が開発している、社員の移動で発生するCO2を可視化するアプリを試験的に導入し、私たちOnlab運営のCO2削減に関する意識の向上と、削減に関するハードルやインパクトを把握するために企画をスタートしました。
海外の企業では当たり前のようにカーボンニュートラルを目指したイベントが開催されており、例えば2023年9月にスウェーデンで開催された「The Drop 23」というヨーロッパ有数のClimate Tech(気候技術)イベントに参加した時も、来場者向けのネームストラップやカトラリーにはプラスチックを使用しておらず、各自でマイボトルを持参し、会場で提供される食事もビーガンオプションのみでした。
― Onlabでは、以前から環境に配慮したイベントに向けて取り組んでいたのでしょうか?
堤:はい、できることから少しずつ手探りで始めていて、例えば、HAVARY’S(ハバリーズ)社の紙パックミネラルウォーター(詳細は後述)を来場者に提供していました。正直なところ、何から始めるのか、どうやって運営するのか、さらには効果を可視化する方法も複数部署にまたがるため、簡単には分かりづらい状態だったんです。中でも、イベント1回当たりに生じるCO2排出量を知らなかったことも、施策の第一歩を踏めなかった要因ですね。また、以前からエシカルなケータリングを利用したいとチームで話し合っていましたが、オプションが少ない、値段が高いなどの障壁があるので「どうしようか・・・」と頭を抱えていました。
吉田:恐らく他のイベント主催者の方々も同様の課題を持っていて、これだけマクロ環境が変わっているので意識しつつも動き出すタイミングや進め方が分からない、といった悩みに直面していらっしゃるかもしれませんね。
― Onlab 第27期 Demo Dayイベント運営に向けて行ったことを教えてください。
堤:大きく分けて3種類あります。まずは節電とカーボンオフセットの取り組みです。普段、私たちは17階のオフィスにいますが、今回のイベント会場だった18階へ移動する時は可能なかぎりエレベーターではなく階段を使いましょうと呼びかけました。さらに、使っていない部屋の電気を消したり、夏場でしたが空調を通常よりも1度上げたりとこまめに調節しました。
カーボンオフセットの取り組みでは、Linkhola社が提供するCO2の可視化・削減を図る企業向けアプリ「こつこつ(CO2CO2)」を試験的に導入しました。Onlabチームの一部メンバーが出退勤や出張、移動する過程で発生するCO2を可視化し、最初に設定したルートよりもCO2排出の少ない方法で移動したらオフセットできる仕組みになっています。
吉田:2つ目は廃棄物の削減です。来場者にHAVARY’S社の紙パックミネラルウォーターを提供し、飲んだ後の紙パックを回収して再生トイレットペーパーに活用していただく活動を推進しました。また、食品廃棄ゴミを減らすためにリハーサルや当日のスタッフ用のお弁当の数を見直しました。他にもイベントスケジュールや台本などで使用する紙の出力を減らしたり、制作物を繰り返し利用できる素材に変更したり、ゴミの分別を徹底しました。
3つ目は環境負荷の低い食品・備品を選んだことです。ケータリングでは「ヴィーガンをおいしく気軽に取り入れてほしい」というコンセプトを掲げるovgo社のビーガンクッキーをはじめ、おいしさや健康、エシカルの共存を目指す日本初のプラントベースフードブランドを展開する2foods社のチキンナゲットやドーナツ、エナジードリンク、リユース可能なカトラリーを来場者に用意しました。特に2foods社の経営陣にはOnlabの卒業生の方もいらっしゃったので、特別にお願いしてケータリングを実現しました。
― 今回のイベント運営ではどのように目標を設定しましたか?
堤:まず、電力使用量やゴミの量の基準値を定めるために過去のデータを収集しました。節電では、イベントを開催した過去1ヶ月分からフロアの電力使用量を日割り計算し、リハーサルや当日を含めた2日分の想定CO2排出量を出しました。ただ、月によってイベント開催数は変わるし、外部の方に会場を貸している場合もあるし、イベントの規模によって電力使用量がまちまちなので精緻なものではありません。過去のデータから最大電力使用量を今回の目標値として0.5t分のCO2に設定しました。
当初、私自身がこれを懐疑的に見ていたんですよね。そもそも正確な量が分からない。カーボンオフセットをしようとするとどのクレジットでいくら使ってみる、と細かく決めるのは手間も費用もかかります。それでもカーボンオフセットしました、カーボンニュートラルですと言うのは「違うんじゃないか?」と心配していました。
吉田:グレーな部分はまだまだありますが、やってみると「測定が難しい」という課題も見えてきたので、今後の取り組みに向けてどの数値や状況を見ながら改善していくべきなのか、よりインパクトがあるのかに気づくことができました。
― 今回の取り組みには社内のどのような方々に携わっていただいたのでしょうか?
吉田:私たちOnlabのプログラムを運営するチームに加えて、弊社のクリエイティブ部やコーポレート・コミュニケーション部、総務部、社外ではイベント企画制作会社など、かなり多くの方々にご協力いただきました。やるべきタスクを洗い出すとキリがないので、最初は「このコンセプトで持続可能な取り組みをしたい」とプロジェクトメンバーに伝えていきました。
― 施策候補に挙がった内容にはどのようなものがありましたか?
吉田:紙とプラスチック素材でできた来場者用のネームストラップをエコ素材のものに変えてみようか、トロフィーを廃材で作ろうか、また、毎回当たり前に準備していた備品も本当に必要なのかという議論に及びました。そもそものイベントの目的として何を優先するのか、CO2削減だけを念頭においてしまうとイベントの目的や意義を否定することになるので、その都度、継続するべきか、見直すべきかを考えていきました。
― 今回取り組んで効果のあったこと、改善したいことをお聞かせください。
堤:まず節電とカーボンオフセットの取り組みでは、会場を管轄する総務部から事前に教えてもらったフロアの熱が集まりやすいエリアでは温度を下げたり、誰もいないエリアでは空調を切ったりと臨機応変に調節しました。「カーテンを使ったら西日を防げるし気温が上がらなくなるかも」など、イベント制作会社のスタッフの方々からも積極的にご提案を頂いたので、空調を調節するノウハウも溜まってきたと思います。
エレベーターについても、重い荷物を運ぶ時以外は運営メンバーだけでなく、Demo Dayの審査員や経営陣にも階段を使うように促すことができました。今後もこの取り組みを普及させて全社員や来場者が「CO2を削減しよう」と自ら階段を選ぶようになったらいいですよね。また、ご来場いただく方々がCO2を排出する乗り物を使わずに来る、デジタルガレージの投資先でもあるLUUP社の電動キックボードでお越しいただくといった面白いトライアルがあってもいいかもしれません。
カーボンオフセットについては、Linkhola社の「こつこつ(CO2CO2)」をOnlab運営メンバー7人で2週間使用し、約20kg分のCO2削減・クレジットを創出することができました。ただ、今回は試験的な導入で期間内に目標値をオフセットすることは難しかったので、Linkhola社の他プロジェクトで創出されたCO2削減量を購入し、結果的に目標値であった0.5t分のオフセットを実行しました。この取り組みによって、メンバーそれぞれのカーボンオフセットに対する理解や意識が向上し、自分事化して考えるきっかけになったと思います。
吉田:廃棄物の削減では、HAVARY’S社ミネラルウォーターの紙パックは会場で用意したうちの半分をリサイクルに出すことができました。もう半分は、持ち帰った方や飲み干せなかった方の分だと考えています。この「半分」という結果はリサイクル率が高いのか否かの判断が難しいですが、今回の消費を通じて26.83kgのCO2を削減しました(同容量のペットボトルとの比較)。
さらにリサイクル回収を通じて11.38kgのCO2を削減し、合わせて38.21kgのCO2削減に成功しました(通常廃棄との比較)。この回収した142本の紙パックは28.4個分の再生トイレットペーパーとして生まれ変わります(HAVARY’S 330mL × 5本分 = 1ロール換算)。紙パックをリサイクルに出す作業に膨大な時間がかかることが唯一の課題ですね。
吉田:また、今回は運営スタッフ用のマニュアルをデータで共有したことで紙の使用量を大幅に減らせました。今までは何十ページにも及ぶマニュアルを印刷していましたが、毎回余って廃棄になっていたんです。
フードロスでも学びや気付きがありました。普段はスタッフ用のお弁当を予備も含めて注文していましたが、今回は人数分を注文しました。ところが当日にお弁当が足りなくなり、全てのスタッフに行き渡らないハプニングが発生してしまったんです。フードロスを出さない=単純にお弁当の数を減らせばいいと考えていましたが、そもそも食べ物が余っても破棄せずにきちんと消費すればいいことですし、解決策は一つではないと考えるきっかけになりました。
堤:環境負荷の低い食品や備品の利用については、ovgo社や2foods社のケータリングを提供し、土に還る環境に優しい紙の器「WASARA」を使用しましたが、お客様の満足度も高かったように感じます。廃棄物の削減にも繋がりますが、2foods社が持ち運びできるカップに入れて提供していた点も工夫されていて勉強になりました。
― 環境に配慮したイベントの企画・運営を振り返ってみて、いかがでしたか?
堤:私はやってよかったと思いました。環境負荷をより身近に意識できたことはもちろん、イベントや普段の出退勤などでどれくらいのCO2やゴミが出ているのかを把握できたり、実施する上での細かいノウハウを得たり、さまざまな測定方法も分かりました。運営メンバーからもイベントだけでなくプログラムでも挑戦したいという声が上がったので、今後の活動にも波及できたら嬉しいですね。
吉田:こつこつ(CO2CO2)アプリで普段のCO2排出量やオフセットする仕組みが分かり、個人的にもタンブラーを利用したり、タクシーに乗らない選択をしたりするようになりました。また、実際に施策をやってみて初めて「次はこんなこともできそうだ」と視野が広がりました。ただ、現時点では環境負荷を意識する取り組みには通常よりもコストがかかってしまうんですよね。興味や課題意識を持って始める企業が増えてスタンダード化していけば、コストが下がってもっと着手しやすくなるのではないでしょうか。
堤:そうですよね。それから注意したいのは「CO2を削減することが必ずしも正ではない」ということです。電力使用量を抑えることは大切ですが、イベントの目的を達成することが最も重要です。イベントの企画・運営の効率や効果を下げることなく環境のためにできることをしたいです。「ここでCO2を排出したから他の部分で補おう」といった発想の転換も必要です。
― 確かに、イベントの成功が本体の目的なのに手段の目的化になりやすいですよね。
吉田:今回ご協力いただいた他事業部や他チームの皆さんとも、1つ1つの取り組みの意味を何度も確認しながら目的や行動を握り合うようにしていました。
堤:Onlab ESGとしてはスタートを切ったばかりなので、いかにこの活動を継続していくか、また、いかに発信しながら人を巻き込んでいくかを設計していきます。スタートアップの皆さんは展示会に出向いてサービス・プロダクトを出したり自社のイベントを開催したりするなど、日常的な事業活動でCO2を排出する機会が多いと思います。だからこそ、私たちはさまざまなスタートアップが「カーボンニュートラル化をするにはこうすればいいんだ」と簡単に始められるように自らの体験をもとに成功・失敗事例やベストプラクティスを作りながら伝えていきたいと考えています。
(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)