2020年04月01日
Open Network Lab Resi-Tech(Residential Technology、以下「Onlab Resi-Tech」)では、不動産や生活、それを取り巻く街、インフラに関わる事業を通じ、人々の生活を豊かにするスタートアップ企業の育成とオープンイノベーションを推進しています。
Onlab Resi-Techではデジタルガレージグループのネットワークを活かした大手不動産会社各社との連携が図れるだけでなく、資金調達の機会創出をはじめ、プログラム推進に資する多方面からのサポートシステムを敷いています。
2019年Onlab Resi-Techの採択事業として選ばれた、置き配バッグ「OKIPPA」を提供するYper(イーパー)株式会社は、配送荷物の受け取り方を変えるソリューションとして、物流業界の人手不足の一要因である再配達問題に挑むスタートアップです。
物流領域の課題に取り組むOKIPPAがOnlab Resi-Techに採択されたことで、どのような可能性が広がったのか。OKIPPAを提供するYperの代表内山さんがプログラム参加の経緯と事業内容について振り返り、Onlab Resi-Tech担当の木暮と共に、Onlab Resi-Techへの参加から得たものを語ります。
Contents
ECサイトの急成長とともに拡大した配達へのニーズは、配達・運送会社の人手不足を深刻化させました。スピードと質を維持しながら大量の配送を求められる配送員の労働過多は、近年注目される社会課題のひとつです。
「物流クライシス」とも呼ばれる現状の課題を紐解いてみると、そこには再配達によって割かれるリソースの大きさがありました。
内山(Yper):日本の物流システムは海外と比べて優れた点が多いのですが、それでも解決できていないのがラストマイル領域の再配達問題です。
国内大手配送会社各社がITソリューション等を取り入れながら配送システムの改革を進めるなか、依然として残る再配達問題。そこに光をあてられるのは、スタートアップ企業ならではのアイデアや解決策かもしれない。そんな発想がOKIPPAの起点になりました。
置き配バッグOKIPPAは、玄関前のスペースを利用した配達荷物を受け取るためのソリューションです。不在時でもOKIPPAを利用すれば再配達をすることなく荷物は届き、配達予定がないときはバッグを小さく畳んで収納しておけます。
2017年8月の創業後まもなく、資金調達のため挑戦したクラウドファンディングは大成功。目標額を大幅に上回るサポートが集まり、消費者からの熱い要望が可視化されました。
Yperは自社だけでサービス拡大を図るのではなく、大手企業との協業にも積極的です。日本郵便とのアクセラレーションプログラムでは一旦落選となるものの、担当者と引き続き新たなアプローチを模索。その結果実証実験(2018年12月)まで漕ぎ着けました。他にも東京電力とのコラボレーション企画として5,000世帯へOKIPPAを配布するキャンペーン(2020年1月)など、サービスの価値をより確実なものとするパートナーシップを次々と生み出しています。
内山(Yper):OKIPPAがすべての人に等しい条件で提供され、再配達のない社会を実現することが最終的なビジョンです。
OKIPPAを提案していた当初、セキュリティの観点で不安が残ることもあり、配送会社からはあまり良い返答を得られませんでした。しかし、ユーザーからの熱い期待がクラウドファンディングを通じて見えたあとは、導入を前向きに検討してもらえました。新しいアイデアは、形にするまではなかなか共感を得られないものです。それでもあきらめなかったのは、このサービスが社会に浸透し、配送員とユーザー双方に豊かな状況を作り出すことを確信できていたからです。
再配達問題を解決する方法は、大きく分けてふたつ方針があります。ひとつは、家に近いどこかに荷物を預ける方法。もうひとつは、不在時でも持ち帰らず、家に配達してしまう方法です。
内山(Yper):前者はマンションの宅配ロッカーなどの形で普及していますが、満杯になってしまう、重い荷物には不向きといった課題も抱えており、十分な解決策にはなっていません。
後者については「Amazon Key」等が数年前に米国でリリースされました。配達員が玄関のスマートロックを開錠し、配送員が家のなかに荷物を届けるサービスです。解錠時から自動で起動するクラウドカメラがあることで、ユーザーは配達時の状況を遠隔でもチェックできます。
しかしYperでユーザーと配送会社双方にヒアリングをしたところ、日本国内では不在時の室内への配送は抵抗が強いという結果が出ました。ユーザーは、多くが部屋に配送員が入ることを望んでいないのです。日本の宅配利用ペースは、多い方でも平均週1〜2回程度。そのなかでメリットを感じられるサービスは、よりシンプルでなければなりませんでした。
内山氏は、生協の宅配でおなじみの「玄関先への配送」についても検討しました。不在時に発砲スチロール箱に注文物を入れていく「置き配」は、意外にも多くのユーザーから受け入れられていたのです。
一方で従来の置き配システムは、集合住宅の場合共用部分に荷物を置くことのリスクもあり、配送時の一時的な利用に制限することでトラブルが発生していない側面もありました。
誰もが利用可能な置き配方法を模索していた内山氏の目に偶然飛び込んだのは、両端を引っ張ることで折りたためるバッグ『Shupatto』です。
内山(Yper):見つけた瞬間『これだ』と確信し、すぐに問い合わせました。コンパクトかつ収納可能なバッグに置き配する。これが、再配達問題を解決する方法としてYperがたどり着いた形でした。
専用ロックや盗難防止ワイヤーによるセキュリティ対策、荷物の預け入れを通知するアプリとの連動などを通じ、OKIPPAの利便性は着実に増していきました。そして目下の課題となったのは、オートロック付きのマンションやアパートでの置き配です。
内山(Yper):オートロックを採用している物件では、住人が不在時、エントランスから先に配送員が踏み込めません。荷物にある送り状番号を用いて、共用玄関のロックを一時的に開錠するアイデアを思いつきましたが、この方法の実用性を試すためには、不動産各社との連携が必要。そこでOnlab Resi-Techに申込み、このアイデアを実現しようとしたのです。
Onlab Resi-Techは7社の大手不動産会社が共感し、パートナーシップを組んでいます。インフラとしてOKIPPAのシステムを広げるためには、より多くの不動産会社に等しく導入を検討していただく必要があると考えていたため、Onlab Resi-TechはYperにとって価値のあるプログラムでした。
木暮(OnlabResi-Tech):はじめにYperからの応募を見たときは、「こんなに有名な企業も挑戦してくれるんだ」という印象でした。OKIPPAのサービス内容は以前から知っていたため、今回Onlab Resi-Techでどのような挑戦がしたいのか気になりました。OKIPPAが目指すビジョンは、Onlab Resi-Techに賛同するデベロッパーの収益に直接結びつくものではありません。一方で、導入によって住居者にメリットが生まれるサービスでもありますから、ぜひ形にできればと感じました。
内山(Yper):結果採択していただき、東京440世帯・大阪70世帯のマンションに対するPoC(Proof of Concept)が叶いました。この機会を経たことで、2020年4月以降、いくつかのECサイトの注文欄にOKIPPA受取希望可否のチェックボックスが実装されました。このチェックボックスにチェックを入れると、送り状番号のナンバーが私たちに届き、ナンバーをスマートロックの開錠キーとして配送員が玄関前まで荷物を配達する仕組みが生まれます。「絶対に荷物が届くマンション」が誕生する日は、そう遠くないでしょう。
木暮(OnlabResi-Tech):Onlab Resi-Techのプログラムでは、要件定義などを約3ヵ月で確立し、半年から1年の期間を経てデベロッパーとスタートアップでPoCを進めていきます。Onlab Resi-Techはその期間、両社を取り持ち、スタートアップ側への予算捻出支援やメンタリング、パートナー企業のネットワークを活かしたバックオフィスサポート等を行ってきました。内山さんは実際に参加された立場として、どういう印象をもたれましたか?
内山(Yper):Onlab Resi-Techは多くのスタートアップ企業にぜひチャレンジしてほしいプログラムだと感じました。これまでも様々なアクセラレーションプログラムに参加させて頂きましたが、Onlab Resi-Techはとても親身にサポートし、大手企業との間に立ってプログラムを着々と進めてくれる印象があります。
木暮(OnlabResi-Tech):おっしゃる通り、Onlabはあくまでサポートという立場です。ちなみに、特にどの点でのサポートが印象に残っていますか?
内山(Yper):内山(Yper):予算についての安心感は大きかったです。アクセラレーションでは、スタートアップ側がPoC費用を持ち出すケースも珍しくありません。Onlab Resi-Techは間に入って予算面の調整をサポートしてくれていたため、参画企業様の判断が早かった印象があります。私たちも資金的なストレスを受けることなく、安心してプロジェクトに専念できました。
木暮(OnlabResi-Tech):それは良かったです。また、今回のOKIPPAの実験に関しては、パートナーシップを組んだデベロッパー側の協力も大きかったですね。住居者に協力をお願いする際は共用エリアにデジタルサイネージを置かせてもらうなど、フレキシブルな対応をしてくださいました。
内山(Yper):私自身が直接OKIPPAを持って、マンションの玄関前で住居者の方に協力をお願いした日もありました。そういった対応を許可してもらえたことも、協力していただける世帯数の増加につながったのかもしれません。
木暮(OnlabResi-Tech):住居者に協力してもらうプログラムはこれが初めてではありませんが、こんなに協力世帯が多いケースは、実は稀です。デベロッパーの担当者さんも驚いていました。誰も協力してくれない、インセンティブを支払っても参加率が低いというケースをよく見ます。そういった意味でも、今回のオートロック開錠のアイデアは住居者が求めるものだということが実証されたのではないかと思います。
内山(Yper):OKIPPAは、物流業界や不動産業界に協力を仰ぐB向けのサービスである一方、ユーザーのニーズがなければ成立しないC向けのサービスでもあります。ですので、今回のようにユーザーがシビアに製品価値を判断してくれる機会は、非常に有意義なものでした。実験を通じて、配送対応の新たな課題も発見できました。玄関前までの配達が必要な世帯と不必要な世帯がひとつのマンションで混在していると、配送員の対応が煩雑化することがわかったのです。
細かなオペレーションを全配送員に伝えるのは極めて難しいため、その場で判断できるシンプルなシステムがなければOKIPPAは浸透しません。その点で、今回はサービスの改善点も明らかにすることができました。
木暮(OnlabResi-Tech):Onlab Resi-Techではパートナー企業との共創を育む「Corporate Program」に絞った形で次期プログラムの準備を進めていますが、挑戦を検討するスタートアップ企業へメッセージはありますか?
内山(Yper):大手企業と実績を作り、より世の中にアプローチしたい、より自社製品をアップデートしたいと考えているスタートアップにとっては、Onlab Resi-Techは非常に有意義なプログラムです。ただし、自社の成果だけが上がっても意味がありません。アセットを提供してくださった不動産会社の皆さまに対し、何らかの利益を生み出せるプロダクトやサービスがあるほうが望ましいでしょう。今まで積み上げてきたものがあったうえで、PoCを経て次のステップに進みたい企業におすすめしたいですね。
< プロフィール >
Yper株式会社 代表取締役 内山 智晴
1985年生まれ。京都大学大学院 地球環境学舎修了。2012年より伊藤忠商事株式会社機械カンパニー航空宇宙部に勤務。前職では航空機の販売及び改修、航空機装備品の国際開発案件に従事。2017年8月にYper株式会社設立。
< プロフィール >
株式会社デジタルガレージ オープンネットワークラボ推進部 マネージャー
Resi-Tech担当 木暮 祐介
1983年生まれ。大学時代は、建築を専攻。その後、デジタルガレージ グループに入社。通信会社のプロモーションの企画立案、提案から運用に携わる。その後、不動産企業のコンサル、ブランディング業務から広告プロモーションの企画、提案、実施までを担当。2018年よりオープンネットワークラボ推進部に参画。大手デベロッパーとの暮らし・不動産領域におけるスタートアップの発掘・支援を目的とするOnlab Resi-Techを担当。主に全体管理、PoCのPM業務を中心に担当。