2021年10月06日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップをサポートしてきました。今回はOnlab第19期生、株式会社Water X Technologies代表取締役の中山 裕司さんです。中山さんは株式会社LIXILにて、水回り商品の企画・開発をはじめ、海外での温水洗浄便座開発拠点の設立や商品開発のマネジメントに携わり、2019年3月に株式会社Water X Technologiesを設立します。ユーザーの不満を追求しながら自社の商品開発や普及に挑戦している中山さんに、Water X Technologiesを起業した当時のエピソードやOnlabへ参加したきっかけなどをオンラインで伺いました。
< プロフィール >
株式会社Water X Technologies 代表取締役 中山 裕司
同志社大学大学院工学修士。住宅設備メーカーにて、国内外向けに30以上の水回り商品を企画・開発、中国駐在時に温水洗浄便座開発拠点を設立、その後欧州、米国、アジア向け商品開発の責任者としてグローバルでの商品導入をリード。2019年3月株式会社Water X Technologiesを設立、代表取締役。グロービス経営大学院MBA。イスラエルGoldratt社からTOC for InnovationのMaster Executiveとして認定。
Contents
― Water X Technologiesの事業についてお教えください。
Water X Technologies社は2019年3月に設立した温水洗浄便座を設計・開発する事業を行っています。温水洗浄便座を広げることによって、世界中の皆さんが衛生的で快適な毎日を送れるようになることを方針として掲げています。現在取り組んでいることは、中国市場での温水洗浄便座の開発・販売とコンサルティング業務の2つ。メーカーのお客様とともに新商品・新事業の企画から開発までに携わりながらイノベーションの種を見つけて育てるお手伝いもしています。弊社のメンバーは私を含めて3名。中国に拠点を置いて、中国市場に向けた商品を開発したり現地の販路を開拓したりしています。
― 前職では、住宅設備機器メーカーのLIXILに16年間いらっしゃったんですね。
はい。大学院を卒業した後、2003年にLIXIL(当時はINAX)に入社して、国内外向けに衛生陶器を設計・企画してきました。その後、中国で新たに温水洗浄便座の開発拠点を設立するプロジェクトを立ち上げて、社長に「中国で必ず実現してきます」と宣言して2011年から中国の蘇州へ赴任し、LIXILが買収したアメリカの住宅設備機器メーカーと中国現地での開発組織統合をリードしてきました。3年後に日本へ戻ってきてからは、欧州やアメリカ、東南アジアに向けた商品開発をマネジメントしました。
― 大企業でのキャリアを経てWater X Technologiesを立ち上げたとのこと。もともと起業には興味があったのですか?
学生の頃は流体力学を学んでいた機械系エンジニアでした。そんな学生はたいていエンジニア思考が強いし、自動車製造業やBtoB製造業に就職して生産技術エンジニアになることが多いんですが、自分自身はあまりエンジニアには向いていないんじゃないか、いつかは自分でビジネスをやれたらいいなとぼんやり思っていました。
もちろん、前職では沢山の経験を積むことができたし、やりがいがあったのですが、生涯一社で勤め上げる感覚はなくて、並行してビジネススキルを学んで専門分野以外の知識を広げたり、副業でホームページを作成したりしていましたね。
― なるほど。起業への背中を押した出来事などはあったのでしょうか?
現在弊社に出資してくださっているシリコンバレーのベンチャーキャピタリスト、ゴールデン・ウェールズの代表吉川さんとの出会いですね。当初、私はLIXILを辞めたらエージェント経由で転職する予定だったんです。「中国にある温水洗浄便座の会社が新たに合弁会社を立ち上げるために人材を募集している」という一風変わった内容でしたが、とりあえず話を聞いてみようとお会いしたのが吉川さんでした。LIXILでやりたいことはほとんどやってきたという自負があったし、定年退職まで安定的にポジションが上がっていく状態になりつつあったので、生き方としてこれでいいのかと迷っていました。そんなタイミングで彼に出会ったので「定年退職が20年早く来たんだ」と思って2018年12月、40歳でLIXILを退職しました。
しかし、肝心の中国の会社からはこの話を見送りたいと言われて―。その時に持っていた私の選択肢は、その中国の会社の社員になって日本法人を立ち上げるか、 私自身が起業するかの2つでした。昔から何となく思い描いていた起業が現実になるタイミングなんだと思って2019年3月、起業に踏み切りました。
― 中山さんは2019年7月からOnlabへ19期生として参加します。当時、事業はどのような段階にありましたか?
起業して4ヶ月が経った当時、ユーザーはゼロ。「どうやって温水洗浄便座をBtoCで売っていこうか」と頭にあるアイデアをパワーポイントに書き出したレベルでした。しかし、事業を立ち上げるなら中国だと当時から思っていましたね。中国には温水洗浄便座のサプライチェーンが集まっているし、ほとんどの大手メーカーが中国で温水洗浄便座を製造しているから。また、中国の温水洗浄便座の潜在マーケットは2.5兆円と言われていて(2021年8月現在)、潜在マーケットに占める中国での温水洗浄便座の普及率は3%なので、これからますます伸びていくと考えていました。
そんな時、吉川さんの声かけもあってOnlabに応募したんです。恥ずかしながら、具体的な事業計画も商品もありませんでした。自分でも衝撃でしたね、40歳までサラリーマンとして過ごしていて、いざ起業してみたら「何から始めればいいんだっけ」「どうやってお金を作るんだっけ」と何も分からなくて。というのも、大企業の中で働いていると、当然のように細分化されたタスクで業務を行うので、自分ひとりでやるという文化がなかったのです。
― そのほかに起業して学んだこと、Onlabのプログラムでの気づきはありましたか?
Onlabで学んで衝撃的だったのは、リーンスタートアップという考え方です。参加していた当時、参考図書としておすすめしてくださった本を読み漁り、単語として理解したレベルでしたが、Onlabが終わった後、リーンスタートアップという検証方法で、事業の立ち上げで試行錯誤を繰り返していくうちに腹に落ちてきました。完璧な物を作ってから売るのではなく、コストをかけずに最低限の機能を持った試作品を短期間で作って売る、そして見込み客を集める。LIXILにいた頃はすでにチャネルが出来上がっていて、そこに手を加えて商品を出してしまえば売れていったので、この考え方には衝撃を受けましたね。
また、前職ではポジション的にも周りから厳しいフィードバックを受ける機会が少なくなっていたのですが、プログラム中、あらゆる視点で時には、自分よりも年下の人たちにズバズバと指摘されるので「すごい世界だな」と(笑)。それは決してネガティブな意味ではなく、自分にはビジネスパーソンとしてこういう知識・スキルが足りていなかったんだ、新しい考え方に変えていこうと現実へ向き合う貴重な機会になりました。
― ユーザーのニーズや課題の仮説検証はどのように進めていきましたか?
2019年当時は、マーケットでもある中国で進めていました。中国は家を購入したら自分で内装をカスタマイズするので、マンションを購入した人のところへ行って工事の様子を見せてもらったり、彼らにインタビューしながら課題を掘り下げたり、どんなワードが検索されているか検索エンジンの動向を調べて仮説を立てていきましたね。自社のメインターゲットにしている世帯年収が10万〜15万元(日本円で300万円前後)のユーザーを中心にヒアリングしていきました。
日本の住宅設備機器業界では大手数社が寡占していますが、中国では200〜300社と山のようにあって、「便座」をネットで検索すると6万件もヒットする。そんな中から「中国のユーザーはこういうことで困っているんじゃないか?」と仮説をいくつか立てて課題を吸い上げていき、中国ではトイレに沢山の機能が付いているのがストレスになったり、故障時の修理担当者の対応が悪かったり、メーカーそのものが消えてなくなってアフターサービスを受けられなかったりすることも分かってきました。
― 現在、事業はどのようなご状況でしょうか。
私たちが作っている洗浄乾燥便座「X-TREME」はまだプロトタイプの段階ですが、最終的には金型を作って量産していく予定です。どうやってユーザーを獲得して、市場に商品を受け入れてもらって、お金をいただけるかという上段を設計していますね。現在、私たちが掲げているテーマは「お尻を拭く苦痛から解放したい」です。トイレットペーパーがなくてもお尻を綺麗に洗って乾かせる商品を世の中に打ち出していきたいと考えています。
実は、トイレットペーパーがなくなるとユーザーにいいことが起きることが分かりました。例えば、中国では使ったトイレットペーパーを便器の脇にあるゴミ箱に捨てるんです。最近、中国の下水が整備されてトイレットペーパーを流せる地域は増えてきましたが、都市部だけでもまだ7割がこんな状態。トイレットペーパーの習慣をなくすだけで、中国では衛生面の課題を解決できます。
また、2020年に新型コロナウイルスが発生してトイレットペーパーが一時的に店頭から消えた途端、アメリカでは温水洗浄便座が急激に売れ始めたんです。日本のトイレメーカーにとって、アメリカは温水洗浄便座の認知・普及に苦戦を強いられてきた市場です。私自身も20年近くこの仕事に携わってきましたが、「お尻を綺麗に洗うこと」が商品価値だと信じ込んでいました。ところが、アメリカではユーザーが「トイレットペーパーを使わなくていい価値」を買っていたんです。違う角度で発見した価値をもとに、温水洗浄便座を新たにアプローチしていきたいですね。
― 日本ではどのようなニーズがあるとお考えですか?
日本にもトイレットペーパーを使いたくないユーザーがいるのかを調査したところ、腰痛でお尻に手が回らない、生まれつき小児麻痺で脚を広げにくい、在宅介護で高齢者のお尻を拭いているという方がいました。このようなお悩みはニッチではあるものの、想像以上に多くの方々がトイレットペーパーで拭くことに困っているのだと認識しました。
私の周りには弊社のプロダクトをほしいと言ってくださる方がちらほらいますが、Onlabで学んだとおり、ユーザーの「ほしいと思うレベル」と「お金を払ってまで使いレベル」には天と地の差があります。お金を払ってでもこの商品を買うという行動に至るような設計をしていきたいですね。しかも、温水洗浄便座は一生に1、2度買う程度なので、ユーザーの買い替えのサイクルに上手くはめていかないといけない。そこで、今は自社のランディングページを作って、私が住んでいるエリアから広告投資をしたいと考えています。ご依頼があればご自宅に訪問して、私が温水洗浄便座を設置していきます。
― 新型コロナウイルスが発生して以来、中国での活動はどのようになっていますか?
新型コロナウイルスでロックダウンされるまで中国で立ち上げの準備をしていましたが、現在は完全に日本にいますね。予期せぬ事態によって予定していた計画も吹っ飛んでしまったし、住宅設備機器そのものが売れないので回り道もしましたが、自社のビジネスを考え直す機会にもなりました。
また、コンサルティングで少しでも収入を得られるように、会社を設立してから細々と数社の方々とやりとりさせてもらっていましたが、それを拡大するためにあの手この手でランサーズなどを使って集客し、資料作成業務から請け負ってコンサルティングに繋げることもしました。これまでの社会人人生では会社の誰かがやってくれていたので、自分で何かを売ってお金をいただいて銀行口座に入金するなんてやったことがありませんでした。売るためには、ユーザーの課題を聞いて商品を作って提案するプロセスを繰り返すので、コンサルティングはリーンスタートアップの究極だとわかりました。このプロセスを振り返ると、Onlabでの学びがめちゃくちゃ今に生きていると実感しますね。
― 今後長期的に、Water X Technologiesではどのようなことに挑戦していきたいですか?
まず、温水洗浄便座を世界に広げていきたいです。こんな素晴らしいプロダクトなのに、世界の先進国でまだ普及できていないんです。良さが伝わるプロダクトを作ってコミュニケーションしていくことで、世界中のトイレをより衛生的で快適にしていく。これは私が諦めないかぎり、死ぬまで挑戦し続けたいと思っていることです。
次に、ユーザーの抱える「情報格差」を埋めていく取り組みをしたいです。ユーザーのニーズや状況に合わせて、どんな商品がいいのか、どんな価格が適正なのか、水道工事にはいくらかかるのかを明確に伝えていきたい。実は、この業界では昔ながらのビジネス構造が色濃く残っているんです。通常、ユーザーは代理店や水道工事屋さんを経由して便器や便座を受け取りますが、それがいいのか悪いのかも知らず、業者に言われるまま進めてしまうことが多いんです。正しい情報が世の中に知れ渡っていけば、ユーザーがもっと納得して商品を選べるようになると考えています。
― これからOnlabに参加しようと検討していらっしゃる方々へのメッセージをお願いします。
これから起業をしたいと考えている方に向けてお伝えすると、起業に必要な知識や指針、フレームワークは全てOnlabのプログラムで学べます。しかも、豊富な知識と経験を持つメンターの方々や同じ起業家の仲間もいるので、途中で迷うことがあっても解決しながら進められると思います。
大企業にいると組織ごとにアサインされた仕事をする方々が多いので、たった一人で起業の世界へ飛び込むのは不安になるかもしれませんが、「自分が思っているよりもできるはず」です。しかも、現在は1人で商品を作って、集客できる環境が充実しているので、昔と比べると起業のハードルは低くなったと思います。スタートアップには自分のユニークな価値を多くの方々に届けられる面白さがあるので、少しでも起業に興味を持ったり、今後のキャリアについて悩んだりする方は、是非やってみてはどうかと背中を押したいですね。やってみないと分からないことってあるじゃないですか。
私自身、大企業を退職して2〜3年経った今、初めて言語化できたことが多いんです。これまでは「何となくこれ変だよな・・・」と漠然とした迷いを抱いていましたが、今は「これが課題のはずだ」「こういうふうにしていこう」と明確に行動できるようになったことは、起業したからこそ味わえた成長。もし起業に挑戦していなかったらモヤモヤをずっと持ったままだったと思います。