2022年12月09日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップをサポートしてきました。今回ご紹介するのは、長期滞在型ホテルのオペレーターとしてアップスケール(高価格帯)カテゴリーのホテルブランド「SECTION L」を運営する株式会社セクションL(以下「SECTION L」)です。同社はOnlab第25期生で、Demo Dayでは審査員特別賞も受賞しました。
コロナ禍で一気に需要が消失したインバウンド観光客ですが、2022年から徐々に回復の兆しを見せています。観光だけでなく、ワーケーションや、留学・駐在のための一時宿泊など、日本に10泊程度する長期滞在ニーズも高まってきました。しかし日本には、それらの受け皿となるホテルが少ないとSECTION Lは語ります。
日本に足りない長期滞在ホテルとは。その課題とは。その需要を満たすために開発したSECTION Lのサービス内容とは。利用者の体験向上にテクノロジーを使う理由とは。SECTION Lの多和田さんと北川さんにお聞きしました。
< プロフィール >
株式会社セクションL 取締役 多和田 真弥
1990年沖縄生まれ、沖縄育ち。米コーネル大学ホテル経営学部卒。新卒はEYにて事業再生やM&A業務に従事。その後、不動産サービス会社のSavillsにてホテル売買仲介やアドバイザリー業務、EGWアセットマネジメントにて外資系ホテルのアセットマネジメント業務に従事し、2020年に大学時代の友人である北川とSECTION Lを創業する。SECTION Lでは主に不動産及びファイナンスを担当している。Onlab25期生。
株式会社セクションL 取締役 北川 旭洋
1993年徳島生まれ、北京育ち。米コーネル大学ホテル経営学部卒。新卒はBCGにて、日系製薬会社のロビーイングや日系保険会社の新規事業立案のプロジェクトに従事。民泊新法施行に伴い、Expedia Groupの民泊ブランドHomeAway(現VRBO)の立ち上げに参画。2020年に大学時代の友人である多和田とSECTION Lを創業する。SECTION Lでは主にブランドの開発とマーケティングを担当している。Onlab25期生。
― まずはSECTION Lについて教えて下さい。経営陣4人で起業されたんですよね。
北川:
SECTION Lが運営するSECTION Lは、全室キッチン&ランドリー付き、高品質なサービス&デザイン、自社開発のテクノロジーといった特徴をもつ、自社ブランドの長期滞在型ホテルです。
多和田:
経営陣の4人は、もともと滞在施設の事業を行うスタートアップで一緒に働いていました。そこから4人で独立し、SECTION Lを立ち上げています。
北川:
学生時代から、長期滞在できるアップスケール(高価格帯)カテゴリーの宿泊施設は、欧米では普及しているのに日本では市場がほとんどないよねという話をしていたんです。
多和田:
これから旅行と仕事に境目が無くなっていく中で、どこでも働けるような環境が必要になってきます。仮に自分がインバウンドの立場だとして、宿泊したいと思える施設がないとは以前から感じていました。日本ではまだ目立ったプレイヤーがいないし、ならば自分たちで作ろうと思って、4人でSECTION Lを立ち上げたんです。
― SECTION Lを創業したのは2020年2月。新型コロナウイルスの危機が迫っている時期でした。影響が大きいであろうホテル業での起業に不安はなかったのでしょうか。
多和田:
もう起業しようと決めていたので、止めるという選択肢はありませんでした。なのでこのタイミングでの起業はたまたまです。苦しい時期での創業になったのは事実ですが、だからこそプロダクトについて考える機会は自然と多くなりましたし、結果的にパンデミック下でも生き残れるような強いサービスになりました。なのでもう怖いものはありません。
― では当初描いていた構想と、今の事業に大きな乖離はないんですね。
多和田:
当初の計画から比べると今の事業には大きく変化はありません。ただ、資金調達の過程で事業がぶれそうになった時期はありました。例えばコロナ禍だったこともあって、「ホテルではなく住宅の管理をやってはどうか」なんて話もあったんです。ただ私達の強みはホテルへの知見だと再認識して踏みとどまりました。
後述しますが、SECTION Lはホテルの管理システムを内製しているので、それを他社にSaaSとして販売してもいいんじゃないかという話も出ました。確かにそのほうが投資家受けはよかったのですが(笑)。ただそれだって簡単なことではないし、自分たちの強みが活かせるわけでもない。色んな話がありましたが、結局最初のプランに落ち着きましたね。
― 先ほど「長期滞在できるアップスケール(高価格帯)カテゴリー」のホテルがなくてSECTION Lを作ったという話がありました。詳しく教えて下さい。
北川:
従来のホテルは、長期滞在には適していません。例えば食。1週間ならともかく、毎日ホテル食や外食は辛いですよね。洗濯物も溜まりますし、仕事をするスペースも十分ではありません。長期滞在なら民泊という手段もありますが、行ってみないとサービス水準がわからない。またサービスアパートメントは法律の関係で30泊以上からしか予約できず、10泊程度が多い欧米豪からのインバウンドニーズを満たせません。
多和田:
そこでこれらの課題を解決する長期滞在型ホテル「SECTION L」を開発しました。デザイン性に優れた部屋、仕事もできる環境、テクノロジーも使ったUX/UIの提供などを特徴としています。部屋には長期滞在に必要なキッチンや洗濯機なども配置しました。一般的なサービスアパートメントは大人数が泊まれるようにベッドをたくさん置くことも多いのですが、SECTION Lはリビングスペースと寝るスペースをちゃんと区別して、自宅のように生活できるようなレイアウトやデザインにしているのも特徴です。
北川:
SECTION Lのターゲットは出張・ワーケーションや、主に欧米豪からの観光で日本に来る方、富裕層の留学生などです。外国人駐在員が家を見つけるまでの間に利用するケースや、海外を拠点にしていている日本人が一時帰国した時の仮住まいにするというケースもあります。
多和田:
SECTION Lを使っていただくお客さまの多くは、デザインや新しいものに触れたいと感じています。SECTION Lは競合や民泊に比べると、決して安くはありません。その分部屋のクオリティやデザインにはかなりこだわっていますし、ブランディングでもポップなイメージづくりを心がけています。
北川:
コミュニティ設計もSECTION Lの特徴です。近くのお店を案内するホテルは多いと思いますが、我々は、飲食店や公園、銭湯、お土産が買えるお店など、おすすめするお店すべてにスタッフが足を運んで関係を構築しています。他にも毎週ハッピーアワーやランニングイベントも開催。物件の中だけではなく、滞在中の24時間全体が良い体験になるように気を配っています。そこまでしているホテルオペレーターはなかなかいないのではないのでしょうか。
― SECTION Lはテクノロジーの利用も特徴の一つに挙げていますね。
多和田:
テクノロジーは大きく3つの場面で利用しています。まずはフロントでの利用。InterSectionというソフトウェアを用いて、受付にあるタブレットで無人チェックインなどができる仕組みです。次に、お客さまが滞在中にフロントとメッセージをしたり、イベントを確認したり、他のゲストとメッセージングしたりといったこともできるようになっています。最後にそれらを統括するアプリを開発し、自動部屋割りなども可能としました。またこれらに他社開発のスマートロックを組み合わせ、SECTION L全体での体験向上に繋げています。
北川:
テクノロジーは体験向上だけでなく、ホテル運営の効率化にも寄与しています。テクノロジーを駆使したりオペレーションを工夫することで、SECTION Lは従来のホテル比で人件費を最大80%削減しました。キャッシュレスに伴う日々の締め業務削減やペーパーレスも達成できています。
とはいえ、ロボットホテルのように、誰にも会わない環境にはしたくありません。なのでスタッフはお客さまとしっかりコミュニケーションをとるようにしています。人がやらなくていいところは機械に任せて、スタッフはお客さまとのコミュニケーションやサポートに集中できる仕組みにしているんです。
― SectionLは今、何拠点開業しているのでしょうか?
多和田:
2022年12月に3拠点目を開業しました。2023年上半期に既に5つのホテルの開業が決まっています。2〜3年スパンの、土地から開発案件の話も最近進んでいます。まだ具体的な話があるわけではありませんが、中期的には海外にも拠点を構えたいですね。地理的・文化的に近いということもあって、まずはアジアとオーストラリア、ニュージーランドでの開業を目指しています。
― SECTION LはOnlab 第25期に参加、Demo Dayでは審査員特別賞を受賞しています。経営者4人は元々ホテル業界の出身で、SectionLもホテル関連のサービス。一見Onlabに応募するようなステータスには見えませんでした。なぜOnlabに応募されたのでしょうか。
北川:
SECTION Lを不動産投資家や銀行、デベロッパーなどのステークホルダーに「優秀なスタートアップだ」と、認知してもらいたかったんです。特に我々がいるのは不動産業界は、IT業界よりはるかに保守的な業種です。そんなときに「あの会社の名前聞いたことある」「メディアに出てる」と思ってもらえたら、はるかにビジネスがやりやすくなります。とはいえ、そういった広報的な視点のやり方はよくわからないし、伝手もありませんでした。そこでOnlabに入って、そういった視点を学ぼうと思ったのです。
多和田:
僕たちは、業界の事情がわかっている方にサービスを説明することにはあまり苦労しないんです。一方で、そうでない方へサービスを説明すると、どうも理解されないことが多かった。それをなんとかしたいと思っていたんです。なのでOnlabに入って最初に苦労したのは、自分たちを説明するキラーフレーズの設定でした。
北川:
そんなことを課題に掲げながら、アクセラレータープログラムの期間を過ごしました。Demo Dayは業界に詳しくない方にもピッチしますが、その成果が審査員特別賞に繋がったので、受賞できて嬉しかったですね。
― 業界外の方にサービスがわかってもらえなかった原因はなんだったのでしょうか。
北川:
一言で言うと、自分たちのターゲットユーザーではないが故にペインポイントの理解が難しかったのです。確かに、日本人の多くは長期の海外滞在をしたことがありません。そういった方々に長期滞在型のホテルの話をいきなりしてもわかってもらえない。それが原因でした。
多和田:
長期滞在経験者が少ないので「ものすごくニッチなことをやっている会社」と捉えられてしまうことが国内では多かったんです。一方で海外だと長期滞在は珍しくないので、海外の方にプレゼンするほうが簡単でした。日本人に「長期滞在向けのホテルです」と説明しても「それは何なんですか?」「サービスアパートですか?」「民泊ですか?」といった疑問を解消することから説明しなくてはならないので大変だったんです。
北川:
つまり長期滞在者のペインポイントやサービスコンセプトがわかってもらいにくかったということですね。そこをどう言語化して説明するかが課題でした。Onlabではさまざまな方に様々なアドバイスをいただきながら、サービス説明やプレゼンを磨いていきました。
Onlabにはサービス分析するためのいくつかのテンプレートがあります。例えばユーザージャーニーと感情の起伏の分析ツールを使って、そこからアイディアを得ていました。これは非常にいいエクササイズでしたね。
― 最終的にDemo Dayのピッチをしたのは北川さんでしたね。
北川:
ピッチの準備はかなりきつかったです。Demo Day前の1週間は月曜から金曜まで毎日、朝と夜にレビューの時間があるのですが、このレビューが結構リッチで、反映に反映を重ねて、どんどんピッチ資料が良くなっていきました。中身についての指摘ももちろんなのですが、「課題は黒いスライドにして、サービスを明るめのスライドにするとコントラストがわかるようになる」といったピッチテクニックもOnlabのメンターの皆さんに教えてもらいました。たくさんピッチを見ているから、色んな引き出しがあるんだなと感心したのを覚えています。この1週間は本当に大変でしたが、一番楽しい時期でもありました。
― 自社紹介やプレゼンの仕方を学びに来た結果、審査員特別賞でした。当初の目標は達成できたのでしょうか。
北川:
そうですね。「SECTION Lのピッチが一番感動した」「なんとなくいいサービスだとは感じてたんだけど、最初はサービスがわかりにくかった。でもプログラムを経て、良さがやっと人に伝わる形になっていた」と審査員から言葉をいただいた時は目標達成したんだと思い、嬉しかったです。他にも(株式会社カカクコム 執行役員の)髙松さんはトラベル業界の先輩ということもあって熱心に応援してくださって嬉しかったですし、モチベーションに繋がっています。
― 最後に、今後の意気込みを教えて下さい。
多和田:
ホテルのオペレーターはみんな「効率的に運営をします」と言いますが、現代では効率的に運営しないと生き残れません。効率的なのは当たり前なんです。SECTION Lはデザインとコミュニティという付加価値を加えていきます。私達はブランドの価値づくりに重きを置いているので、それによって、SECTION Lに泊まりたい、繋がりたいといった方を増やしていきたいですね。
北川:
私たちのビジネスは、多くの異なる文化への理解と尊重が鍵だと思っています。社員も今は12ヵ国以上の超ダイバースなチームとなったので、ボーダーレスなコミュニティをSECTION Lが実現できればと思います。そして「快適な住空間、現地に溶け込む安心感、誰もが住み続けたくなる旅先」をより多くのゲストに提供していきたいです。
(執筆:pilot boat 納富 隼平 撮影:taisho 編集:Onlab事務局)