2020年11月18日
< プロフィール >
株式会社Oh my teeth 代表取締役CEO 西野誠
1994年生まれ。学生時代に物流スタートアップ「オープンロジ」にて創業期を経験。新卒でワークスアプリケーションズに入社し、大規模基幹システムの開発業務に従事。2019年10月、株式会社Oh my teethを共同創業。代表取締役CEOに就任。日本初の歯科矯正D2Cサービス「Oh my teeth」をローンチ。2020年11月時点で希望者は3,500名を超える。Onlab第21期のDemoDayにて、最優秀賞「Best Team Award」とオーディエンス賞「Audience Award」をW受賞。
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。2020年で10周年となるOnlabは、今までに数々のスタートアップをサポートしてきました。
今回は、自宅でできる次世代の歯科矯正サービスとして注目されている、Onlab第21期の株式会社Oh my teethの代表、西野 誠さんのお話です。Oh my teethは、これまでの歯科矯正が持つ課題「高価格」「通院の手間」「継続の負担」を解決するために誕生した、新しい歯科矯正D2Cサービスです。
Onlabに参加したきっかけやプログラムから得られた経験等を、代表取締役CEOの西野さんにオンラインでインタビューしました。
Contents
― Oh my teethについて教えてください。
Oh my teethは自宅でできるオンラインのマウスピース矯正サービスで、従来の歯科矯正とは違う3つの特徴があります。まず、値段が安いこと。これまでは歯科矯正に90〜120万円かかるのが一般的でしたが、Oh my teethでは相場のおよそ1/3程度の安価な金額で提供が可能です。2つ目は通院しなくて良いこと。通常の歯医者さんでは、ユーザーは2〜4週間に1回は診療所へ通わなければならない。Oh my teethではオンラインで歯を診療して、ユーザーとLINEアプリを介して24時間コミュニケーションが取れるため、最低通院1回を実現しています。3つ目はユーザーを孤独にしないこと。実は、マウスピース矯正はダイエットと一緒で、完全に自己管理型のメンテナンスなんです。ユーザーは1日20時間以上もマウスピースを装着していなければならないし、食事の度につけ外しをする日々が半年間、長い方は2年間も続きます。途中で挫折することなく治療を続けてもらえる仕組みでユーザーのモチベーションを維持します。
― モチベーションのコントロールは大変だと思うのですが、Oh my teethではどんなフォローをしていらっしゃるんですか?
「理想の身体を作るためのマンツーマントレーニング」を実現しているライザップのように、ユーザーに寄り添ったサポートをしています。例えば、ユーザーには未来の歯並びを見せて「こういう綺麗な歯並びにするために、今がんばりましょう!」とゴールを明確にしたコーチングが一番効果的なんです。社内では“矯正版ライザップ”と呼んでいるんですが、このLINEのページでパーソナルコーチのサポートを受けることで、20時間以上装着するハードルを超えられるように工夫しています。必要なのが、日々の申告。ライザップでいう「昨日◯◯を食べました」みたいな感じで、毎日の装着時間をパーソナルコーチに報告します。さらに、装着時間を週次でレポーティングしています。また、ご自分の歯並びがいつどのように動いていくのかというシミュレーションをいつでも確認いただけるようにしています。2020年11月現在、これを実施している企業や医療法人は、弊社以外にどこにもいないと思っています。
― 独自性の高いサービスを実現するために、矯正専門ドクターやエンジニアといったメンバーをどのように集めたのですか?
共通の友人・知人をたどって、事業のビジョンや方向性に共感したメンバーをリファラルで採用しています。彼らと話してみると、従来の歯科医の診療のあり方に違和感を抱いている若手の矯正専門ドクターやエンジニアが多いんです。現在、歯科矯正はだいぶコモディティ化してきて、透明のマウスピースも3Dプリンタを使って安価で作れるようになったのに、ユーザーがまだ90〜120万円も払わなければならない。私たちはその課題をテクノロジーで解決したいと考えています。
― 西野さんが歯科矯正の領域で事業を始めようとしたきっかけを教えてください。
私自身、人前で話す時に自分の歯並びが気になって手で隠していたんです。そこで、歯科矯正を受けようとしたら90万円以上かかるし、長期間通院しなければならないという現実を目の当たりにして、自分で新しいサービスを作ろうと決心しました。
治療費が高い、通院しなければならない、継続させなければならないといった歯科矯正に伴う3つのペインを元に、矯正専門のクリニックで歯科衛生士として働いていた共同創業の奥さまに協力していただき、DIY感覚で3Dプリンタを使ってマウスピースを自作してみたら、想像以上に安くできたんです。そのエビデンスを持って現場の実態を把握するべく、歯科医に「なぜこんなに高いんですかね」と尋ねていきました。ところが、「200万円した昔に比べたら半額だから安いはず」「どこの歯科医院でもそうだから」という要領を得ない回答ばかり。こんな実態はおかしい、自分でこの顧客体験を改善してみせるという思いがこみ上げてきました。
実はOnlabのプログラムには4回応募しているんです。前回Batchの選考も現在と同じビジネスで応募しましたが、アイデアが具現化されておらず不採択になってしまい、それから半年の間、実績をコツコツ積み上げていました。Onlabのプログラムに応募し始めたのは3年前から。当時は教育の領域で特に受験業界にペインがありそうだと見越して、大学受験生をターゲットにしたアプリを作っていました。大学生が就活する時に大学のOB・OGを訪問するサービスは当たり前になってきていますが、同じように、高校生が大学を選ぶ時に志望校で活躍している大学生とマッチングして、彼らが納得できる進路を見つけるきっかけを設計したかったんです。ちょうど大学入試改革の話も盛り上がっていたタイミングで。Onlabの最終選考まで行って結局落ちてしまいましたが、現在も当時一緒にやっていたメンバーが、事業をピボットして教育系のインスタメディアの運営や学習塾向けのSaaS型英語学習教材の開発を続けています。
Onlabを知ったきっかけは、Onlab卒業生であり、キャンセルしたい宿泊予約を売買できるサービスを運営する「Cansell」の山下さんです。リリースされてすぐに、私はこのCansellを使って、通常1泊約120万円する椿山荘のスイートルームが10万円で泊まれるプランを見つけて、友達4人で2万円ずつ出して泊まったことがあったんです。めったに味わえない体験の余韻に浸りながら、チェックアウトしてすぐに、Facebookで山下さんにDMしたところ「オフィスに遊びにきていいよ」と返事をいただき、山下さんが当時入居していたOnlabのコワーキングスペースにお邪魔したことがありました。当時は起業しようとは全く考えていませんでしたが、「もしOnlab生になれたら、卒業生スタートアップの皆さんのように世の中に名を馳せられそうだな」と密かに妄想していました(笑)。
― 前回応募された時、Oh my teethはどのような状態だったのでしょうか?
まだまだ課題の解像度が甘かったですね。「歯科矯正は価格が高い」というのはユーザーも課題として挙げていたものの、それだけでは本質的な解には結びつかなかった。当時はたまたま近場を歩いていた一人の女性にインタビューして「歯科矯正はしたいけれどお金がない」と返ってきた答えを全てのユーザーが持つ本音だと捉えてしまっていた、そんな状況でした。
― なるほど。そして今回採択となり、Onlab期間中にユーザーをどのように明確化していったのでしょうか?
最初は、Oh my teethのターゲットユーザーは男性ではなく、見た目の美しさや審美歯科などに関心を持つ女性だと決め打ちしていました。原宿に歩いているような若い女性です。それで、今思うと安易ですが原宿のWeWorkに入っていたりしました(笑)。「歯並びで悩む女性の割合は高そうだから狙っていこう」と。実は、歯科矯正のサービスやコンセプトは男性ユーザーにも刺さるかもしれないと薄々考えながらも、男性には全くインタビューしてこなかったので、Onlabのプログラム当初、メンターの方々には「そのペルソナって本当なの?」と仮説の解像度とペルソナの甘さを見破られて指摘されてきました。そこで、Oh my teethの無料歯型スキャンの参加者やOh my teethで矯正中の男性50名以上にヒアリングしていきました。
― 男性ユーザーへのヒアリングをした結果、どんなペインが浮き彫りになりましたか?
最も多かったのは「忙しくて歯科矯正ができない」という声。もちろん、治療費が高いというお悩みもありましたが、それを深堀りしていくと、手間がかかって面倒そうというイメージに行き着くユーザーが多かったんです。そこで、私は「面倒じゃないサービスを作る」と確信して、通常3,000円から5,000円ほどかかることが一般的な初診を無料にしたり、予約完了までの導線を極限までシンプルにするなど、最初のハードルを下げることを念頭に機能開発を進めていきました。
その後、「30分で済む完全予約制の無料初診」というコンセプトを打ち出し、実際に待たず、滞在時間が30分以内となるように接客時のスクリプトやオペレーションを徹底的に磨いたり、営業手法を効率化したりしました。実は、私たちは歯科業界出身ではないチームなので、ある意味そこが強みでもある。外からの視点を持つ私たちは、旧態依然とした現場オペレーションの無駄を見つけやすいので、まずは徹底的に観察することから始めました。ドクターには日頃のオペレーションを行ってもらって、発生する作業とその所要時間を全て記録する。「ここを効率化できないか」「この動きは必要か」「ここではこの操作しながらこれを説明しよう」と具体的に提案しながら、現場のオペレーションを改善していきました。
― 「当たり前」にメスを入れていく中、メンバーとはどんなコミュニケーションを取っていらっしゃいますか?
先ほどの初診体験をアップデートしようというテーマがあったとすると「初診30分を達成しよう」という具体的なゴールを伝えるのではなく、「自分が満足できるものを作ってほしい」としつこく伝えるようにします。例えば、セールスチームには、自分がユーザーとしてWebから予約、歯型スキャンの一連の体験を通して困るポイントがないか・UXにバグがないかを発見してもらって1つ1つ潰してもらっています。また、サービスが確立した現在も週次でスプリントを回していますが、Onlabのプログラムに参加して以来ずっと続けているので、細かいバグの修正も入れると累計100回以上はサービス内容をアップデートしています。
Oh my teethには副業として携わっているメンバーが多いので、今あるリソースで何から着手するのかがとても重要になります。週1で全員集まって「一番クリティカルなのはどの課題か?」と優先順位をつけて各自にトライしてもらっていました。すべての課題を同時に着手することはできないからこそ、この「クリティカルな課題に注力し、それ以外は一切やらない」という進め方はこのチームに合っていたのだと思います。Onlabでは隔週毎にOfficeHourという事業の進捗を発表する場があるのですが、Oh my teethは必ずクリティカルな課題を見つけて何かしらのアクションが繋げられている、とメンターの佐藤さんから評価をいただけたのは嬉しかったです。
― Onlabのプログラムに参加したからこそ、気づけたことはありますか?
たくさんありましたね。特に、手厚いメンタリングを何度もしていただいただけでなく、「まさにそんなご経験のある方に相談してみたかった!」というメンターの知り合いの方を頻繁に紹介していただき、壁打ちの機会を提供していただきました。アセットも人脈も含め有り難かったと思います。おかげで、経営者としての事業成長に対する考え方や代理店との上手い連携方法といったテクニカルな話を伺う機会に恵まれました。
― Onlabのプログラムを卒業してから、現在はどんな状況にいらっしゃいますか?
ターゲットの特定や、現場のオペレーションの効率化はだいぶ固まってきています。ビジネスモデルも確立し、どのくらいのお金を投下したらどの程度の売上が立つかの科学すること、いわゆるPSF(Problem/Solution Fit)の検証も終わっています。次のフェーズでは、キャパシティを増やすためと、面で押さえるために新店舗の立ち上げを見据えています。サービスの特性上、ユーザーには必ず一度歯型のスキャンに来て頂くことが必要なのですが、現在は都内(表参道)にある旗艦店でブランドの世界感やユーザー体験をしっかり作り込んで行きたいと思っています。さらに今後は、Oh my teethを扱える提携先クリニックを増やさなければいけないとも考えています。
― 日本では歯並びに対する意識がまだ低いと聞きますが、実際はいかがですか?
以前に比べると歯に対する意識は高まってきていると感じています。最近では自撮りする機会が増えているので、撮った写真をInstagramに載せる時、歯の部分が加工できないことに気づき、治して綺麗にしたいという新たなニーズも聞くようになりました。また、昔に比べて身だしなみや衛生面のレベルも上がって、特に10〜20代の方では虫歯の数も減っているので、歯医者さんが儲からないと嘆く話があるくらいです(笑)。
― 今後、新規ユーザーをどのように増やしていくのですか?
おかげさまで、この1年間で累計ユーザー数は3,500名を超えました。引き続き新規ユーザーを月次で数百名増やしていきたいと考えています。幸運なことに、数々のクリニックを抱えている大きな医療法人からも事業提携のオファーをいただいており、年内には関西への進出も決まっています。2021年にはOh my teeth導入クリニックも倍々で増やしていき、一気に事業を拡大させていきます。日々、地方ユーザーからの「はやくXXでも利用できるようにしてください」という声が増えているので、期待に応えていきたいです。
― Oh my teethで低価格の歯科矯正が可能になったら、競合がライバル視してきたり、自分のユーザーを取られたと思ったりしませんか?
それは起こりうると思います。私たちは3〜6ヶ月間の短期で歯並びが治るような軽度〜中度の症例をメインに扱っていて、もちろん、一般的な矯正歯科にはできるけれど、Oh my teethでは対応できないケースも多い。これからはユーザーの症状に合わせて、お互いに送客できるようになると良いと考えています。競合となる歯科医の先生には、私たちが最新のマーケティングに強いことと、Oh my teethに来るユーザーからの送客が見込めることを分かっていただけたらと考えています。そもそも、一般的な矯正歯科だと顧客を奪い合ってしまうので、不適合の患者さんを送っても対処できなくて嫌がられてしまうんです。
― 西野さんの経歴や起業の原動力とは何でしょうか?
私自身は新卒で大手ソフトウェア開発企業にいました。現在とは業界は違うものの、そこで仮説思考や問題解決の力を鍛えられました。当時は起業するとは夢にも思わなかったですね。元来、私は起業したい!という思いより、世の中の凸凹をテクノロジーで解決することとApple社の製品のような「ワクワク感」ある新しいプロダクトを作りたいという思いが強いです。Oh my teethではどちらも実現できる可能性に満ちている。自分が創り出したサービスをユーザーに届けることで、世の中の負を解決していく。それが私の原動力になっています。Oh my teeth利用者から「Oh my teethのおかげで思い切り笑えるようになり、自信を持てるようになりました」といった声を聞くと、起業してよかったと心から思えます。
― 大手企業を退職して起業することに、迷いや不安はなかったのですか?
ありませんでした。昨年2019年5月に前職を退職した後、定額制住み放題サービス「ADDress」を活用して全国各地を転々としていました。実際に会社を辞めてみて、思っていた以上に普通に生活はできましたね。急にご飯が食べられなくなる訳でもないし、挑戦しても意外と守られている、リスクないなということに気づきました。今もまだ道半ばで大変な時もありますが、起業して死ぬことはないし、楽しんだもの勝ちだと思っています。
― 最後に、これからOnlabのプログラムに参加したい方や起業する方へメッセージをお願いします。
プログラム中は受け身ではなく、自ら進んで動かないとダメです。Onlabに参加したから企業が成長するといったベルトコンベアのようなことは起こらない。自発的にアクションして知識を身に付けていく覚悟や姿勢が必要だと思います。また、以前の私は、Onlabのプログラムに採択されてプログラムに参加することがゴールになっていましたが、4回目の今回やっと参加できたのは、Onlabに採択されることよりも、事業が多忙を極める中、もう一歩先の目的を見据えて事業にのめり込んでいたからだと思います。一方、Onlabでは積極的にメンターに質問したり、こういうことに挑戦したいと求めたりすれば、引き出しも人脈もたくさんあるので、フル活用することをおすすめします。
事業がローンチしてから1年足らずで累計ユーザー数が3,000名を超え、SNSでも人気インフルエンサーの間で大きな話題になっているOh my teeth。自撮りしてInstagramに挙げる時、目の大きさや肌の色は変えられても、歯並びは変えられない。そんなニーズで歯科矯正をしたいという人は増えているそうです。Onlabに何度もチャレンジし続けたことで、様々な発見や気付きがあった西野さん。プロダクトへの思いや世の中の負に対する問題解決の思いは止まることなく、次世代の歯科体験を作り上げていくと期待しています。皆さんも新しい身だしなみのカタチをさっそく取り入れてみませんか?