2020年07月17日
2016年Onlab第12期の卒業生である、Trim株式会社(以下「Trim」)。在籍時から授乳室やおむつ交換台をすぐに探せる検索アプリ「Baby Map」を展開しています。
卒業後の2017年7月には、設置型のベビーケアルーム「mamaro」の製造を開始。商業施設やレジャー施設、医療機関をはじめとした各種施設への設置を進め、いまや重要な社会課題のひとつである、子育て支援の推進に力を注いできました。
2020年5月には、大日本印刷株式会社(以下「DNP」)とTrimの資本業務提携を発表。mamaroの販売拡大やサービス改善をさらに推進し、子育て世代の豊かな生活体験の創出に向けて、ますます事業成長を加速させています。
しかし、そうした順風満帆にも見える躍進の陰には、人知れぬ苦労がありました。「起業してから現在までは、苦労の連続でした」と語るのは、Trim代表の長谷川裕介さん。これまでTrimは、何度も経営の危機に瀕しており、その度に周囲の支えを糧に壁を乗り越えてきたのだといいます。そしてOnlab卒業生の支援チーム「Incubation Team」も、そんなTrimを支えた一員でした。
そこで今回は長谷川さんと、Onlab担当の松田信之、原大介の3名で、TrimのOnlab卒業後の約半年にわたる軌跡を振り返る対談を実施し、そのきっかけから、実際の取り組みや支援の先に見えてきたTrimの新たな展望までを語り合っていただきました。(起業から「mamaro」製造までのストーリーはこちら)
― Trimは2016年にOnlabを卒業した後も、Onlab Incubation Teamの支援を受け、事業成長にさらに勢いを増しています。支援のきっかけは何だったのでしょうか。
長谷川(Trim):Onlab卒業後はBaby Mapの運営だけでなく、2017年にmamaroをリリース。2019年5月にはmamaroの設置数が全国累計100台を超えるなど、着実に事業の拡大や多角化を進めていました。
ですが、その規模を維持したまま事業を継続するには、さらなる資金調達が必要になり、その件を相談したのがきっかけですね。
松田(Onlab):2019年10月のことです。ちょうどその頃にOnlab内に新しくIncubation Teamが組成されて、卒業生たちと面談を重ねている時期でした。
原(Onlab):長谷川さんとの面談のことはよく覚えています。1時間の面談のうち、55分はずっとTrimの事業が好調だという話をされていたので、「なんで相談しに来たんだろう?」と不思議に思っていました。そしたら、最後の5分間で「ところで、資金調達したいんですが…」と切り出すので「これが目的か!」と(笑)。それで後日、改めて面談をして、資金調達に向けて動き出すことになりました。
長谷川(Trim):正直なところかなり切羽詰まっていたので、前向きに話を聞いてくださったのは本当に助かりました。
― そこから実際にどのような支援を行なったのでしょうか。
原(Onlab):まずは投資家向けのピッチ資料を検討しました。それ以前にも、TrimはシリーズA(※)における資金調達を行っているのですが、あまり順調ではない印象を持ったので、事業の打ち出すポイントを見直す必要があるのではないかと思いました。それで分析を進めていくうちに、mamaroは「SDGsの実現に必要な社会インフラ」というポイントを中心にアピールするべきだと結論が出ました。
※シリーズA…企業の成長段階のひとつで、創業初期の顧客が増え始める時期を指す。VC等が投資を判断する際の指標として用いる。
長谷川(Trim):mamaroは筐体内にデジタルサイネージが設けられていて、そこに子育て世代向けの広告が流れるのですが、従来の資料ではその広告事業における収益性を中心に打ち出していました。しかし、そうした広告事業を展開するために大きな「箱」を製造するというのは、投資家側には非効率的にも見えてしまうのだと、原さんの指摘を受けて初めて気が付きました。
原(Onlab):私は前職で、リサイクル事業を行う会社のCFOを経験していたので、世間的なSDGsへの注目の高まりを肌で感じていました。mamaroはSDGsと相性がいいし、その文脈なら、より製品の魅力を発信できるのではないかと思いました。事実、修正を施した資料で、複数の銀行やファンドの方々にピッチを行ったのですが、非常に良い反応をいただくことができました。
長谷川(Trim):ピッチの反応は目に見えて良くなりましたね。また、銀行やファンドの方々だけでなく、事業会社の経営層の方にも好評をいただくようになったのは大きな収穫でした。ここ数年、SDGs に注目が集まるなかで、社会課題解決型の事業に強い関心を抱いている経営層の方は多いようです。mamaroはそうしたニーズにも応えることができるのだと分かり、自分では気付けなかった事業のポテンシャルを知ることができました。
クラウドファンディングプラットフォーム「FUNDINNO」を通して、目標の倍近い金額を調達することができました。
― そのほか、Trimに対しての支援で印象深かったものはありますか。
松田(Onlab):Trimへの支援は広範に渡っていましたね。事業計画の見直しや、私や原さんを含むOnlabチームのメンバーが、北は北海道、南は九州まで巡ってmamaroの販促をお手伝いすることもありました。
原(Onlab):Trimに関しては、デジタルガレージ社内の部署を超えて多くのメンバーが協力していますね。佐々木智也さん(Open Network Lab Evangelist)には、北海道での顧客開拓のために、地元の銀行や新聞社などを紹介してもらいましたし、広報面でもメディア記者への定期的なアピールなど支援していました。
長谷川(Trim):福岡への営業には、原さんに同行してもらいましたよね。自分が相談したら、「一緒に行きます」と即応してくださって。
原(Onlab):ありましたね。偶然、台風の日と重なって、ひどい目に遭いましたが(笑)
松田(Onlab):デジタルガレージは全国各地にネットワークを有しているので、そうした組織的な強みもTrimの支援には生かすことができたのかなと思います。
― Trimの今後の展望について教えてください。
長谷川(Trim):まずmamaroについては、IoTの側面を強化していきたいと思っています。mamaroにはモーションセンサ、人感センサ、温度センサ等が搭載されていて、それらから取得した情報を通信させることが可能です。こうした機能を拡充すれば、ベビーケアルームとしてだけではなく、「赤ちゃん用のリモート診療所」や「子どもの成長を見守る公共スペース」としても活用することができます。事実、いま地方では小児科医の不足が問題化していますし、将来的にはそうした課題に対するソリューションとなれるように、製品を進化させていきたいですね。
一方で、防災や減災にもmamaroを役立てられるのではないかと考えています。現在、全国の「道の駅」を防災拠点化するという取り組みが活発化しています。防災拠点にはもちろん幼い子ども避難してきますから、そうした方々の災害時におけるベビーケアやプライバシーの確保にmamaroが力を発揮するのではないかと。すでに数カ所には設置しているのですが、今後は防災・減災という観点から「道の駅」にmamaroを広げていきたいです。
また、こうしてmamaroを広げていくなかで獲得したユーザーとの接点はTrimの大きな強みです。この先、オフラインの接点をオンラインと連携させる施策も思案中ですし、ハードだけではなく、ソフトの面でも構想していることは数多くあります。
― 非常に希望に満ちた展望ですね。Onlabのお二人にお伺いしますが、Trimがここまで事業成長できたのは何故だと思いますか。
原(Onlab):Trimが上手くいった理由は、「良いプロダクトを作り上げた」という点に尽きると思います。ゼロにどんな数字を掛けてもゼロになるように、空疎なプロダクトにどんな支援をしても事業は成長していきません。しかし、それは逆にいえば、PMF(※)に到達できるプロダクトさえ作り上げれば、事業成長の余地はあるということです。Trimの場合、mamaroやBaby Mapといった市場や提供価値が明確なプロダクトを事前に作り上げていたからこそ、Alumni Incubation Teamの支援が追い風となって、大きな飛躍を遂げることができたのだと思います。
※PMF…Product Market Fit(プロダクト・マーケット・フィット)の略称。プロダクトの提供価値と市場のニーズが適合している状態のこと。
松田(Onlab):たしかに、仮に収益化ができていなくても、「これは!」という見所のあるプロダクトを持っていれば、私たちも非常に支援しやすいですね。そういう意味では、Trimとはお互いの強みを生かしあいながら、二人三脚で事業を成長させることができたと思います。アクセラレータープログラム後の、卒業生支援の成功例のひとつではないでしょうか。
― 長谷川さんがIncubation Teamの支援を受けて、良かったと感じる点はどこでしょうか。
長谷川(Trim):数え切れないほどありますが、やはり継続的に支援してくれるというのが最もありがたいですね。原さんや松田さんとは、多いときはほぼ毎日ミーティングをしていました。そうやって事業と伴走しながら、あの手この手でサポートしてくれるチームと出会える機会なんて滅多にありません。ほかの卒業生にも、気軽に相談してみることをお勧めしますね。
松田(Onlab):Incubation Teamは昨年組成されたばかりということもあって、まだ卒業生の間で広く認知されていません。もしこの記事を読んだ卒業生で、何か困りごとがあるなら、すぐにでも結構なので私たちに声を掛けて欲しいですね。
― 本日はありがとうございました!
< プロフィール >
Trim株式会社 代表取締役 長谷川裕介
1983年、神奈川県横浜市生まれ。大手広告代理店にてCD/プランナー/コピーライターとして10年間従事。カンヌライオンズなど国内外の賞を受賞。医療系ベンチャー企業へ転職後、CIOと新規事業責任者を経験。複数のアプリ開発を行う。母の他界後できなくなってしまった「恩返し」をしたいと、母親を助けるサービスを行うTrimを創立。授乳室・おむつ交換台検索アプリ「Baby map」運営から見えてきた「圧倒的な授乳室不足」の日本を変えるべく、完全個室のベビーケアルーム「mamaro」を開発し、現在に至る。
< プロフィール >
Open Network Lab 原 大介
2005年慶応大学卒業、公認会計士試験合格。2007年より新日本有限責任監査法人勤務。金融業や製造業等の様々な業務の監査に従事。2012年より2年間、アメリカ・シリコンバレーに出向、現地でアメリカ企業の上場を支援(3社)。2015年より、不動産ビッグデータを利用したコンサルティング会社・ゴミを原料としたケミカルリサイクルを営む会社でCFO。エクイティのみならず、デッドや助成金等の様々な資金調達手法に精通。現在までの累積調達額は90億円超。2019年11月よりDG参画。
Open Network Lab 松田 信之
東京大学院在学中に学習塾向けコミュニケーションプラットフォームを提供するベンチャーを共同設立。2008年4月より株式会社三菱総合研究所において、民間企業の新規事業戦略・新商品/サービス開発に係るコンサルティングを経験。近年ではスタートアップと大企業、自治体などを巻き込んだオープンイノベーション支援にも携わる。
mamaroの「ウイルス感染対策プラン」を提供開始
Trimは新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を受け、授乳・離乳食・おむつ替えなどに利用できるベビーケアルーム「mamaro」を1ヶ月無償で貸し出しする「ウイルス感染対策プラン」の提供を開始しました(2020年7月31日までの導入申込分が対象)。