2023年09月22日
Open Network Lab(以下、Onlab)は、2010年4月より「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に「Open Network Lab Seed Accelerator」をスタートし、これまでに数々のスタートアップをサポートしてきました。そのOnlabに、10年以上も前となる2012年に参加していたのが、現場向けビジネスチャット「direct(ダイレクト)」を開発する株式会社L is B(以下「L is B」 )です。
L is B(エルイズビー)がOnlabに参加当時取り組んでいたサービスは、世界で50万ダウンロードを記録したアプリでした。しかし外部APIの変更により、その事業は頓挫するというHARD THINGSを経験。この一連の経験は、L is B代表の横井さんの経営哲学になっているようです。また、横井さんはdirectの開発を進めるにあたり、現場に足を運ぶことの重要さを力説します。
横井さんに、これまでのL is Bの歩みと、そこから得た経営哲学をお伺いしました。
< プロフィール >
株式会社L is B 代表取締役社長CEO 横井 太輔
大手ソフトウェアメーカーで営業、社長室、商品開発を経験したのち、独立。2010年9月株式会社L is Bを創業。世界50万ダウンロードを記録したTwitterアプリ「Feel on!」の開発を経て、ビジネスチャット「direct」をリリース。2023年4月現在4,000社以上の企業で採用され現在も拡大中。
Contents
― L is Bが提供するdirectについて教えてください。
L is Bは、現場向けビジネスチャット「direct」を開発しています。現場のスタッフ同士で手軽に連絡を取り合ったり、現場と事務職の間でリアルタイムに意思疎通をしたり、文字のやりとりだけでなく、現場で撮影した写真や図面ファイル送信や、タスク管理、日程調整などができるサービスです。
ビジネスチャットと聞くと、SlackやTeams、Chatworkなどを思い浮かべる方も多いと思いますが、directは立って働く「現場」の方々をターゲットにしている点に特徴があります。
導入企業は2023年8月時点で4,000社を超え、ゼネコン、サブコン、プラント、電力、通信インフラ、鉄道、運輸、物流、不動産、流通、アパレル……本当に幅広い業界の現場で使われてきました。また、ミスタードーナツを傘下に抱えるダスキン様や、人気ブランドを展開している大手アパレルの株式会社TSI様、テレビ朝日報道局のすべてのグループ系列といった大企業、専修大学様などの大学にも導入していただいています。
directは自治体でも導入が進んでいます。全国1,700自治体のうち1,100自治体が導入している自治体専用のビジネスチャットツール「LoGoチャット」というサービスを株式会社トラストバンクが開発しているのですが、L is BはそこにシステムをOEM提供しています。実質的な中身はdirectとほぼ相違ありません。また信用金庫のセントラルバンクである信金中金が「しんきんdirect」というサービスを運営していて、ここにも我々はOEM提供しています。
ご紹介した通り、directは幅広い業種に導入いただいていますが、特に強いのは建設業界です。日本のゼネコンの売上高上位20社のうち16社で導入いただいていますし、スーパーゼネコン5社のうち2社には全面導入いただいていて、万単位のユーザーに使っていただいています。建設業は発注を行う上流であるゼネコンがサービスを導入すると、下請けや孫請けなどの関連会社も同じサービスを導入することが多いということもあって、建設関係の方でdirectを知らない人はほとんどいないのではないでしょうか。
(編注:以下、建設業を前提にインタビューを続けます)
― 幅広い「現場」に導入されているんですね。今日は、現在に辿り着くまでの事業の変遷についても伺いたいのですが、Onlab当時、L is Bは今とはまったく違うサービスを展開していたと……。
はい。Onlabに採択頂いたた2012年には、X(Twitter)のツイートを解析して感情を特定し、タイムラインをイラスト付き漫画のように表示する機能を備えた「Feel on!」というC向けサービスを運営していました。英語版もリリースしたりと割と順調ではあったんです。ただあるとき突然X(Twitter)のAPIが仕様変更となり、これ以上のサービス運営が難しくなりました。この経験から、他社に依存したサービスではなく、自分たち独自のサービスを作りたいという思いを強めたんです。
それでサービスは閉じることになったのですが、当然お金は必要で、どうしようか困っていました。そうしたらFeel on!のいちユーザーだった方が、アプリを閉じるというニュースを見て連絡をくれて、「だったらうちのアプリを作ってくれませんか」と依頼してくれたんです。その方は本当に単なるユーザーで、それまでお会いしたこともありませんでした。元々、私たちには受託の経験がなかったのですが、その旨も正直に先方にお伝えしたら、それでもいいと。それで「要件定義書って何ですか」なんてことをいちいち教えてもらって、開発に取り掛かったんです。そのお客様には本当に助けられました。その方が所属しているのが、今も取引のある東日本電信電話株式会社(以下「NTT東日本」)様です。
当時NTT東日本様があるアプリを開発していたのですが、当時はUX/UIを意識したアプリ開発のノウハウも浅く、使い勝手をよくするために試行錯誤されていました。他方で僕たちが開発していたサービスは、ツイートというテキスト情報を絵にして分かりやすくしようとしていたもので、それが彼らの琴線に触れたとのことでした。それで僕らの知見をふんだんに活かした提案をしたら、そのまま採用いただけたんです。先述した「しんきんdirect」も、NTT東日本様から紹介していただいた案件ですし、この件以来、重要な案件を任せていただいています。
このような経緯もあり、今でもNTT東日本様の仕事は基本的にはお断りしません。困った時に助けてくださった方には絶対に恩を返さないといけませんからね。会社経営というものは自分ひとりでできるものではないので、周囲の方をどれだけ味方にできるかが重要です。人の道として間違うようなことをしてはいけないと、自分を戒めるようにしています。
― 大事なことですね。そこからどのようにdirectの開発に至ったのでしょうか。
このことをきっかけに「うちのも開発できる?」と複数の会社から連絡をいただいて、しばらくは受託の仕事をしていました。iOSアプリや工場ラインのシステムを開発したりと、あの時期は本当に色々なものを作っていました。
そんな生活をしていたらある会社から、「スマホを現場に導入したのだが、仕事に役立つアプリを作りたい」という相談を受けたんです。それで現場の方に話を伺ったら「プライベートでもLINEは使っていて、会社でも使えたらいいのに」という話が出てきました。でも個人に紐づいたLINEをそのまま仕事に使うわけにはいきません。だったら業務用のLINEみたいなものにニーズがあるんじゃないかという話になったんです。
でも僕は最初、この仮説に対して半信半疑だったんです。LINEでもFacebookのMessengerでも無料で便利に使えるものがあるのに、そんなものわざわざお金を払って使うかなと。それで空いた時間、試しにお客様と僕らとの連絡用チャットツールを作ってみたんです。そうしたらそのお客様は便利だといって、すごい勢いで使ってくれたんです。これがdirectの始まりでした。
ただお気づきの通り、今までL is Bはコンシューマー向けのアプリと、受託をやってきた会社です。SaaSプロダクトなんて開発した経験がないんですよ。ここでもまた、さまざまなお客様に教えてもらいながら開発する日々が始まりました(笑)。
それでなんとかβ版をリリースしたら、ものすごい反響で。メディアで取り上げられたり、皆さんが知っているような大きな会社から連絡がきて導入が決まったりして。「これはいけるぞ」と思いました。
― チャットから始まったdirectですが、今では機能がたくさんあり、頻繁にアップデートされていますね。
我々はTeamsやSalesforceといったサービスと競争しなくてはなりません。でも彼らはそんなに頻繁に大きな改修はしないですよね。なのでお客様の要望を聞いて、ひたすら改善を続け、かゆいところに手が届くようにすることが、僕らの強みだと考えているんです。L is Bには「9週間ルール」なるものがあり、9週間ごとに新機能を出したり、アップデートすることにしています。
― 「9週間」の内訳はどのようになっているのでしょうか。
そもそも、以前は6週間ごとのアップデートをおこなっていました。最初の1週間でお客様の要望を資料にまとめ、次の3週間で開発し、残りの2週間で試験をしてリリースの準備をする。それでまた次の6週間に向かっていたのですが、これだとちょっとエンジニアが窮屈そうだったんです。なので「価値ある1週間」と名付けて、学びの時間をもってもらうことにしました。この1週間は何をしてもよくて、本を読んでいてもいいし、外部のLTに参加するための準備をしても問題ありません。エンジニアはプロダクトのアウトプットばかり求められるので、インプットや他の時間をちゃんともってもらいたかったんです。
― お客様の声は大事ですが、逆に顧客の声を聞きすぎてもいけないという、一種のパラドックスに悩むスタートアップも多いのですが、それについてはどう考えていますか?
L is Bでは、1社から要望があったらすぐ開発するのではなく、同業他社や他業種でも本当にニーズがあるのか見定めてから開発するようにしています。
例えばdirectは2022年に「タスク機能」を実装しました。実はこの機能、リクエスト自体はかなり前からあったんです。ですが、3年ぐらい塩漬けにしていました(笑)。作ろうと思えば作れたのですが、そのリクエストをくれたのがかなり先進的な方で、他のお客様のニーズがついてこないんじゃないかと感じたのです。つまり多くのユーザーが本当に求めているのかという確信がもてなかったんですね。
ところが、リクエストを聞いて3年経ったころ、次第にこの機能を要望する声が増えてきました。それで実装したんです。実際、タスク機能は現在も多くのお客様に使われています。
とはいえ、リリースした当時から使われていたかというとそうでもありません。すぐに現場にヒアリングに行くと、タスク機能を使ってデジタル管理しようとしたものの、また紙での管理に戻していることが判明しました。その理由は、現場での共有がしづらいということでした。
話を深掘りして聞いてみると、以下のような事情でした。建設現場の方々は自社だけでなく、色々な協力会社の方と一緒に仕事をします。でも、現場の全員がdirectを使っているわけではないので、全員での確認事項があるときは、実は紙を使わなければいけなかったんです。とはいえ、directを使っているユーザーはデジタルでのタスク管理自体は気に入っていて、他社と現場で共有することにだけ困っていました。
その話を整理していたら「一旦デジタル化したタスクを、また紙に印刷すればいい」と閃いたんです。それでタスクごとにQRコードを付けて、それを読み込んだら印刷できるようにしました。ITリテラシーが高い方からすれば、一旦デジタルにしたものをまた紙に印刷するなんて不思議ですよね。でも現場のニーズはこれでした。この機能を付けたことで、タスク機能の利用率がグッと上がったんです。
― 現場に足を運んだからこそ、見つけた解決策ですね。
その通りです。お客様の要望を聞いて、机の上で考えただけで理解したつもりになってはいけないという教訓になりました。ある得意先の現場ではL is Bの席をいただいて、ほとんど常駐のような形でお客様の現場でのさまざまな課題に常に気付けるように努めています。
― 機能追加などのときに顧客の声だけでなく、定量的なデータで判断をすることはありますか?
はい。特に営業では定量的なデータでインパクトを示すこともあります。これは実際にあった事例なのですが、1,000人の大きな現場で、ある機能を付けると、毎日1人25分の時間が削減できることが判明しました。たった25分と思うかもしれませんが、25分×1,000人なら25,000分=約416時間。毎日これだけの時間が削減できたら、生産性は非常に上がります。こういったデータを算出して営業資料に掲載し、説得力を増すようにしています。
話を戻すと、お客様の要望を聞いて、他の方からも要望がありそう、かつ業務効率化に繋がりそうであれば、開発に取り掛かります。私は建設業に携わった経験がないので、必ず伝聞だけで判断せず、実際に現場をみて本当の悩みを判断するようにするのも大事ですね。
― 現場をみて、どんな機能を開発するか、アップデートするかの参考にしているんですね。直近ではどんなニーズに基づいて、どんな機能を開発しましたか?
お客様からのリクエストや現場の観察を経て、カメラアプリ「タグショット/タグアルバム」を開発しました。directとは別のアプリですが、連携が可能です。建設業は規制産業なので、当局に提出するための書類作成が非常に大変で、労働時間の7割が書類作成に充てられているとも言われています。写真を整理するのにも時間がかかるので、タグをつけられるようにしたり、簡単に書類に写真を添付できるようにしました。
また動画アプリもローンチ予定です。昨今、現場のマニュアルは紙ではなく動画で作成されていることも少なくありません。なので動画を撮影してクラウドストレージにアップするわけですが、サムネイルにもなっていなければ、視聴回数もわからないし、コメントも入れられないので、管理が不便なんです。なのでこれらの機能を備えたアプリを制作し、directの価値を高めようとしています。
― L is Bは、同じくOnlab卒業生の建設見積業務型SasS「GACCI」とも連携を進めていると伺いました。どういった意図でしょうか。
はい。実は今、directの2階部分を作ろうとしているんです。これを「現場DXのプラットフォーム構想」と呼んでいます。つまり、チャットを1階として、direct上で色々なアプリを動かせる2階を作ろうとしているんです。チャットを入口にして、色んなアプリと連携できれば、お客様のメリットになりますからね。この2階部分の機能は自社だけでなく、他社アプリも載せていきたいと考えています。自分たちだけですべてをこなすことはできませんからね。その一環としてGACCIと連携に向けて話を進めているところです。
今後もお客様の声を聞いて、現場に足を運んで、色んなサービスと連携して、今後もどんどんdirectの価値を高めていきたいですね。
(執筆:pilot boat 納富 隼平 撮影:taisho 編集:Onlab事務局)