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話す力を数値化。「伝え方教育」を広げて誰もが自分らしく生きる社会を創る「kaeka」|Meet with Onlab Grads Vol.38

話す力を数値化。「伝え方教育」を広げて誰もが自分らしく生きる社会を創る「kaeka」|Meet with Onlab Grads Vol.38

Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップをサポートしてきました。今回ご紹介するのはOnlab第25期生、株式会社カエカ 代表取締役の千葉 佳織さんです。

Onlab 第25期 Demo Dayでオーディエンス賞を受賞した千葉さんは経営者や政治家、ビジネスリーダーをはじめとした、伝える力を伸ばしたい方を対象とした伝え方トレーニングサービス「kaeka」「kaeka pro」を運営しています。事業を立ち上げたきっかけは千葉さんが高校1年生の時に弁論部(7分間の日本語スピーチ競技)へ入部したこと。屋外で発声練習している時に同級生たちから「かっこ悪い」と笑われた悔しさから努力を重ね、全国大会で3回優勝し内閣総理大臣賞を受賞しました。周囲の反応が「かっこいい」に変わったリアルなゲームチェンジの体験から現在のkaekaに至るまでのプロセスや「伝え方教育」で実現したいことをオンラインで伺いました。

< プロフィール >
株式会社カエカ 代表取締役 千葉 佳織

15歳から日本語のスピーチ競技、弁論をはじめる。2011年から2014年までに内閣総理大臣賞椎尾弁匡記念杯全国高等学校弁論大会など3度の優勝経験を持つ。慶應義塾大学在学中にBS番組でキャスターを務め、卒業後は新卒で入社したDeNAで代表取締役や登壇者のスピーチライターの業務を立ち上げ携わる。2019年株式会社カエカを設立。経営者(上場企業やIPO前)や政治家(国会議員・首長・地方議員)などを対象とするスピーチライティングやスピーチトレーニングを手掛ける。また、社会人を対象とした伝え方トレーニングサービス「kaeka」の運営を行う。これまで3000名以上に講演活動とトレーニングを行っている。2021年世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズメンバーに選出。2023年1月に話す力を数値化し強みと課題を見つける「kaeka score」をリリース。

「話す力」を数字で振り返り、お客様のお悩みを解決する「kaeka」

― kaekaの事業概要について教えてください。

私たちは話す力を数値化してお客様の課題を解決する伝え方トレーニングサービス「kaeka」を展開しています。社会人の方をはじめ、経営者の方や政治家の方の伝え方でどこが強みでどこが課題かを見極め、オリジナルのカリキュラムを提供することで悩みを解消しています。

― 「kaeka score」ではお客様の言語力や構成力、話し方の特徴量を可視化して伝える力を客観的に把握できるサービスですが、どのように数値化していますか?

kaeka scoreは私たちが実際にお会いしたことのあるお客様のご意見や課題をもとに作っています。私たちは話す力を「内容」と「話し方」の2つに分けて点数化しています。「内容」では言語力や構成力といった内容構築の部分を、「話し方」では表現力、いわゆる身体の動きや声の性質を表しています。

「内容構築」はプロット(PLOT)、ファクト(FACT)、ストーリー(STORY)、コア(CORE)の4つに分けています。まず「プロット」は話の筋を整える力です。話の最初と最後に整合性があるか、この順序で話すことに意味があるかを診断しています。次に「ファクト」は事実を扱う力です。ニュース記事を要約して話せるか、営業資料から重要な情報を抽出して相手に分かりやすく届けられるか。3つ目の「ストーリー」は自分の思いを伝える力です。自分の経験やエピソードを簡潔に話せるか、胸の内を明かせるか。最近ではビジョンを語る力もリーダーに求められていますね。4つ目の「コア」は確信を伝える力です。例えば営業でお客様が本当に買いたいと思ってくれているか、コアメッセージが相手に届いているか、もともとの目的を達成できたかを測っています。

「話し方」では音声情報と動作情報に分けています。声に関しては大小「VOLUME」やスピード「SPEED」、高低「PITCH」、間の確保「PAUSE」、「えー」「あのー」などの無意識に出てしまう言葉の削減「FILLER」。動作に関しては視線を効果的に使う「EYES」や表情をつくる「FACE」、ジェスチャーを活用する「HANDS」、姿勢を正す「BODY」、立ち位置を変える「LEGS」などを学習いただけます。現在、このkaeka scoreでは、話す力の数値を明確化させた7要素をはじめ、全14項目を学習できる状態を実現しています。他の7要素はレッスンを受講することによってご自分の強みや課題を見極めることができます。

― 「伝える力」に欠かせない条件や構成要素はどれくらいかけて完成させたのでしょうか?

2019年12月に創業してから2年かけて指標を作成しました。当初はスピーチの学校として運営していましたが「スピーチはあんまりしないけれど、日頃の会議で話したり数名に向けてプレゼンしたりするのが上手くなりたい」というお客様が多く、伝え方そのものにニーズがあることが分かりました。そこで、2022年の夏に「伝え方トレーニングサービス」として「一対一」でも「一対複数」でも汎用できるサービスへシフトしていきました。

― お客様にはどのような方が多いですか?

kaekaは10代から60代までの方々にご利用いただいています。受験を頑張りたいという学生の方から、もっと伝え方を鍛えたいという大学教授の方が同じ場所で学んでいます。特に管理職やリーダー職、昇格・昇進を目的にしている方、転職したい方が多いですね。一方、kaeka proでは経営者や政治家の方を中心にご利用いただいています。具体的には、経営者では上場企業の方やIPOを直前に控えている方、政治家では国会議員や首長、市議会議員、区議会議員の方です。

― 全体的にお客様はどのようなお悩みを持っていますか?

話すことが苦手だとおっしゃる方が多いです。「仕事ができるのに話す時になると自信がなさそう」と言われた方や、過去に失敗した経験がトラウマになって自信を持てない方、他者から「話し方を何とかしてほしい」と言われて学び始めた方もいらっしゃいます。意外かもしれませんが、話すこと自体は嫌いでも苦手でもないという方や「自分がこれまでやってきたことを体系化してやり直したらもっとプロフェッショナルになれるのではないか?」とチャレンジングな姿勢で受ける方も多くいらっしゃいます。

弁論の全国大会で3回優勝。背景に「かっこ悪い」と笑われた悔しさがあった

― 千葉さんは学生時代から「伝えること」に携わっていると伺っています。

弁論に出会ったのは高校1年生の時でした。お恥ずかしいお話なのですが、先生が「弁論部に入って全国大会で優勝したら国内トップの私立大学に推薦で行ける」と教えてくれたので入部したんです。当初は部員が3名しかおらず、屋外で発声練習をしていると笑われました。「弁論ってかっこいいのに…」と悔しさをバネに努力し続け、高校3年生の時に全国大会で優勝しました。結果、合計3回優勝して内閣総理大臣賞を受賞すると周りの反応が変わっていきました。「かっこいい」「実は私もやりたかったんだよね」と。このように伝え方の学習に励んだことでゲームチェンジを実現したことが現在の事業の基盤になっています。

― 千葉さんは大学を卒業後、株式会社DeNAに入社しますが、ご自分で事業を起こそうと考えた背景は何だったのでしょうか?

DeNAに入った当初は小説投稿サイトの企画を担当しました。その後は人事部で新卒採用を行いながらDeNA初のスピーチライターの業務を立ち上げて、イベントや採用で登壇する社員を育成したり社長のスピーチを執筆したりするなど多岐に渡って取り組みました。その間もこれまでの人生で「伝え方」に助けられてきたという思いを拭いきれず、やりたいことを白紙に書き出してみたところ、出てきた言葉は伝え方やスピーチ、プレゼンでした。所属する組織に留まらず、多くの人に「伝える力」の価値を届けられたら日本社会をより良くすることができる。「失うものもないし、一度挑戦してみよう」と株式会社カエカの起業に至りました。

Demo Dayは社史に一生残るイベント。ピッチの練習に悩む同期へ話し方を伝授

― 千葉さんがOnlabへ参加した背景をお聞かせください。

当時、私たちは自己資金で自社を経営していましたが、今後の事業拡大に向けて投資家を探していました。知り合いの起業家の方からデジタルガレージの佐々木さんをご紹介いただいた時にOnlabについて伺いました。ちょうど私はスタートアップには何が必要なのか、また、最先端の事業に挑戦する同期の皆さんと並んだ時に自社の強み・弱みがどこにあるのかを把握したかったので迷わずOnlabへエントリーしました。

― 当時、事業はどのような段階にありましたか?

事業の立ち上げから約3年が経過していたのですでにお客様はいらっしゃいました。どんなお客様が私たちのサービスにニーズを感じているのか、どんな課題解決をしたいと思っているのか、それらを解決できているのかは把握していましたが、少人数でサービスを回していました。例えばkaeka scoreの企画段階では、社員や学生インターンと一緒に「こういう指標があるよね」と議論しながらGoogleスプレッドシートに手入力をしていました。伝え方トレーニングを構築する時も、実際にプログラムを受けながら意見を出し合ってはゼロから作り直すといったトライアンドエラーを繰り返していました。

― 当時からお客様のペインは絞られていましたか?

はい。ただ、お客様から頂いたご意見をもとにサービスの質をもっと高めたいと思っていました。お客様は何を学びたいのか―。話す内容を構築したいのか、話し方を改善したいのか、自己分析をしたいのか、あるいは自信を得たいのか。これらを細分化したらより広範囲に対応できるのではないか、と。kaekaは市場があって生まれたものではなく「こういうものがあった方がいいよね」という意識から生まれているので、Onlabのプログラムを通してお客様のニーズを深めていく必要性を実感しました。

― 3ヶ月間のプログラムを経てどのような変化がありましたか?

Onlabを卒業する頃には弊社独自の人材育成プログラムによってスピーチトレーナーが4倍に増え、kaeka scoreの実装も終えてより多くのお客様にご利用いただけるようになりました。新設した校舎へ来てくださるお客様の体験設計を見直したり、スピーチトレーナーが増えたタイミングでサービス形態を一新したりしました。

― Onlabで印象に残っているエピソードがあったらお聞かせください。

何と言ってもピッチの磨き込みですね。自社はスピーチやプレゼンを生業としていますが自分が事業の可能性を信じすぎているが故に「全く興味のない方にどうやって説明するのか」という客観的な視点が欠けることがありました。Onlabでどんな順番で何を話さなければいけないのかをはっきりとご指摘いただけたことが最大の収穫でした。

― Onlabのプログラム中、同期のスタートアップの皆さんとはどのように過ごしましたか?

同期の皆さんとはリアルでお会いした時に一番交流できました。事業の成果を発表するだけでなく「ここはやっぱり難しいよね」を赤裸々に語り合うことで同志としての関係を構築できたと思います。また、オンラインでシャッフルランチを開催していただいた時、Onlab卒業生の方々も集まってくださったのですが、私が持っているような課題を解決して活躍している先輩からアドバイスを頂くことができました。お客様の「何々をしたい」よりも「何々をしたくない」を見つけるための姿勢や「UIを改善する時にこの要素を強めてこの要素を弱めたらこんな数字の変化があった」という具体的なエピソードも聞かせていただいたりしました。

― 同期で建設業の見積業務をSaaSで最適化する「GACCI」を展開する若本さんから「ピッチの練習で悩んでいる時に千葉さんがアドバイスしてくれた」と伺っています。

Demo Dayの前日にリハーサルがあったのですが、会場は広いし大きなスクリーンがいくつも並んでいるので、発表者は目線の動かし方やマイクの通り方に気をつける必要があるとひと目で分かりました。リハーサルを終えた同期の皆さんが「どうやって話そう・・・」と会場の後ろで不安を感じている様子を見て「Demo Dayはそれぞれの会社の歴史に残る瞬間だ」と確信したので、一人ひとりがいきいきと発表できる場にしたいと思いました。そこで、私は仲間に「動き方はこうして、話し方は声の高低のギャップやスピードをこうするといいですよ」とお伝えしていきました。

カエカで活躍するのは新しい価値を創る人、相手ありきのコミュニケーションを取れる人

― kaekaの近況について教えてください。

kaeka scoreはkaekaやkaeka proを受講しているお客様のみに提供していましたが、一人でも多くの方にご利用いただくために2023年1月18日から一般公開していきます。kaeka scoreでは、2,980円をお支払いいただくとパソコンで口頭試験が受けられるようになっています。AIと専門の採点官による採点が行われ、1週間以内に診断結果が送られてくるのでご自分の話す力を数値で見ることができ、強みと課題を把握できます。

また、法人向けコースの販売準備も進めています。2023年4月からは業種や企業規模、受講する方の職種に応じて最適なトレーニングプランを作成できるので、例えば50〜60名の営業職の方が一斉に受講し、受講者全員の話し方を分析して一人ひとりに合ったトレーニングを組み、どれくらい成長したかという指標を設けて効果検証していくことも可能になります。

― 現在はどのようなメンバーが集まっていますか?

現在、正社員や業務委託のメンバーを含めて20名います。やる気がある人をはじめ、伝え方を重視してきたバックグラウンドがある人や、伝え方で自分が変わった実感がある人が多いです。私と同じように弁論大会へ出場した経験がある人やアナウンサーのキャリアがある人、塾講師や研修講師、教員だった人などが活躍しています。

kaekaチームメンバーの皆さん

― 会社のミッション、ビジョン、バリューとの合致に加えて、どのような採用条件がありますか?

今後も新しい価値を創ることや、まだ見えないものへ貪欲に向き合い続けることを楽しめる人にご入社いただきたいです。伝え方教育はまだ確立されておらずブルーオーシャンなのでいかに可能性を信じられるか、いかにそれを楽しいと思えるかを重視しています。

また、相手ありきのコミュニケーションを取れることも大事ですね。kaekaは伝え方においてはお客様からシビアに見られるのでサービスを体現する必要があります。「言いたいから言う」という独りよがりではなく「相手がこの言葉を受け取ったらどう思うだろうか」「どんなふうに伝えるのが最適解だろうか」と考えられる人やそのように努力し続けられる人と一緒に仕事をしたいです。弊社の営業メンバーには伝え方トレーニングのアシスタントとして関わっていただき、カリキュラムへの理解を深めています。ゆくゆくは職種関係なく全員がkaekaの研修を受けて個々の強みやテイストを把握し合っている状態を目指しています。

さまざまな年代に「伝え方教育」を組み込んで新しい世界を創りたい

― 今後の事業のロードマップをお聞かせください。

C向けで培ったものを、今後はB向けにも展開していきます。なぜ両方に注力するかというと、B向けはペインが明確で効果に貪欲になっていただけるから、C向けはムーブメントを作るものであり、世の中の価値観を変えられるかもしれないと考えているからです。その上でテクノロジーの使用頻度や領域、質を高めていきます。現在、kaeka scoreではお客様の課題と成長過程の可視化がメインですが、今後はこれまでヒトが行ってきた「アウトプットへフィードバックする」「効果を測定する」をテクノロジーによって完全に自動化し、お客様が継続的に学習できるようにしていきたいです。

同時に、ターゲットも広げていきたいと考えています。現在は社会人向けにサービスを提供していますが、最終的には全世代の学習環境を構築していきたいです。まず大人に重要性を理解してもらい、幼児向け、小学生向け、大学生向けといったさまざまな年代にサービスを広げていくことで、義務教育に「伝え方」という学習を組み込む世界を仕掛けられたらと思います。

― 伝え方一つで相手に与える印象や情報量、熱意などが変わるので継続的に学習していくと、個々の生きる上での選択肢や「嬉しい」と思える機会を増やすきっかけにもなると思いました。

アメリカでは「Show and Tell」という自分にとって大切なモノやトピックを大勢の前でプレゼンする文化が根付いていたり、伝えるスキルを養うカリキュラムが義務教育に組み込まれていたり、企業でもトレーニングを取り入れていたりします。一方、日本は戦後から教育体制がほぼ変わらず、学校でも企業でも個人の伝え方よりも組織一体となることや場の空気を読む姿勢が重んじられる傾向にありますよね。多様性を尊重するようになった今日では「伝え方って大事だよね」という流れに変わってきているので、そのカルチャーを築く第一人者でありたいです。

kaekaはオーディエンス賞を受賞。右は審査員のカカクコム 代表取締役社長 畑 彰之介

― 最後に、Onlabへ応募しようとしているスタートアップの皆さんへのメッセージをお願いします。

今回、スタートアップという形態になってから初めてOnlabに参加しましたが、あらゆる分野でスタートアップに必要な知識を持っていないことに気づかされた有意義な機会になりました。「考えるよりもまずは行動しなさい」と言われるこの起業文化において、基礎や土台を知らずに悩む方は多いと思います。Onlabでメンターから的確なアドバイスを受けた時に視野が広がっていく感覚があって、それが現在の自分を支えてくれています。また、毎日120%の全力投球をしているとどうしても事業に対する客観性が乏しくなっていきますが、適切なインプットがあったおかげで多くの方々に自社サービスの魅力や挑戦を伝えるピッチに繋がっていきました。あらゆるフェーズにいるスタートアップにとってこのOnlabというプログラムは欠かせないと身を持って体験したので、ご興味のある方はぜひご参加になることをお勧めします。

(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)

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