2020年09月13日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。2020年で10周年となるOnlabは、今までに数々のスタートアップをサポートしてきました。
今回取り上げるのは、Onlab第16期に参加した株式会社LINK。LINKは高齢者や家族のあらゆるニーズや要望に応えることができる介護サービスを提供する「イチロウ」を運営するスタートアップです。従来の介護保険制度では、国で定められた法律や規制により、介護士やヘルパーが高齢者にできることが限られており時間内での最低限のサポートになってしまうことがしばしば。そこでLINKは、介護保険制度外で高齢者やご家族の満足度を高める品質の高い介護サービス提供に挑戦しています。
LINKがOnlabに参加したきっかけやプログラムから得られた経験等を、代表取締役の水野友喜さんにオンラインでインタビューしました。
Contents
― 水野さんの経歴をお教えください。
私は高校卒業後、介護の専門学校で介護福祉士の資格を取得して、20歳の時から、特別養護老人ホームで介護士として5年間働きました。その後、転職して、今度は施設長として老人ホームの事業経営立て直しの経験を積んで、30歳になった時に独立しました。本当は福祉の大学で介護を専門的に学びたかったのですが、あまり裕福ではない家庭環境もあり、「ゆくゆくは起業して、自分の手で稼げるようになりたい」と学生時代から考えていました。
― 独立・起業に踏み切る前後はどのような状況でしたか?
いざ起業するとなると怖くなって一歩も踏み出せず、家族や友人にも「やるやる詐欺」だと言われてましたね(笑)。そんな悶々とする日々の中で「人生でこれ以上の失敗はない」とようやく吹っ切れて、2017年4月に起業しました。当時は介護コンサルやケアマネージャー受託などの複数の事業を運営していました。
― 当時はどのような夢を描いていましたか?
地元の名古屋で起業して1年経った頃、自分が食べていける分のお金は稼げるようになり、「よし、これからはカッコいいスタートアップの経営者に脱皮しよう」と意気込んでいました。彼らって新しいことに挑戦していてキラキラしているし、モテそうだし、お金を稼いでいますよね(笑)。私も、ゆくゆくは地元に凱旋できるような経営者になりたかったんです。
ただ、当時の名古屋には、スタートアップに関する情報も起業家も少なかった。そこで、暇を見つけては東京に住む友人の部屋に泊まりながら、スタートアップ関連のイベントに参加していました。ある時、デジタルガレージが起業家向けのプログラムを開催していることを知って、駆け込むように応募しました。
― Onlabに参加当時は、どのようなサービスを考えていましたか?
日本の介護業界には介護保険法という法律があるのですが、それぞれの介護事業所がそれを現場のオペレーションに落とすのに難航していたため、当時の私は、介護コンサルタントとして各事業所へ支援をしていました。そんな中「Qiita」というプログラマー向け技術情報共有サービスのように、介護業界でも、誰もが法律の内容や正しい情報をネットでカンタンに検索できたら便利だろうと、介護事業所向けコンプライアンス支援サービスを考えていました。
私は「これは現場の課題を解決するサービスになる」と自負していましたが、とんでもない。初日のメンタリングで各メンターからあらゆる視点で足りない点を指摘頂いたのを覚えています。なかでも、カカクコムの村上さんからは「オペレーションの改善まで落とし込まないと意味がないよね。『調べるだけ』の時代はもう終わったよ」とアドバイス頂いたのは心に響きました。
― メンターから指摘を受けた後、どのようなアクションに繋げていったのでしょうか?
すぐに地元の名古屋に戻って、介護に携わる知り合いに、現場の課題をヒアリングしたり、アンケートを取ったりしました。すると、現場の仕事では紙やFAXがまかり通っていて時間がかかる、ペーパーレス化して業務効率化をはかりたい、という声が圧倒的に多かった。でも、私は、本当の課題は本人たちが気付いていないところにありそうだな、とひそかに思っていました。
Onlabに参加して2ヶ月半が経った頃、今度は、新たに介護事業者向けの教育支援サービスを手掛けようとしていました。介護保険法では毎月、介護事業者に勉強会を開催するルールがあるので、それを弊社が月額課金制で運営しようと考えたんです。
しかし「その解決策が介護の本質的な課題なのか」「勉強会を毎月開催することで介護業界が改善されるのか」と当時のメンターに言われ、確かに、勉強会を企画・運営することは他社でもできる。介護の現場に10年間携わってきた私だからこそ、本質的な課題を見極めてサービスを作っていくしかないと、日々必死でした。
― その後Onlab Demodayでは「暮らしのサポーターHare」というアイデアになりましたが、どのような経緯だったのでしょうか?
Onlabプログラムでヒアリングを通じて検証を重ねる中で、介護業界にあるあらゆる課題に気づくことはできましたが、腹落ちする解決法なのかモヤモヤしたままでした。そんな中、Demoday直前のOnlab合宿の時に、当時のメンターから言われた言葉が突き刺さりました。「介護業界の課題は、人材不足であって低賃金の職業であることであり、スタートアップとしてリスクをとって解決すべきなのは、そこなのではないか」これまでのモヤモヤが一気にクリアになり、現在の「イチロウ」の原型となる、介護保険制度の範囲外で品質の高い介護サービスを提供するというアイデアに辿りつきDemodayで発表することができました。
― サービスを開始するにあたり、どのような段階を踏んでいきましたか?
Onlab期間にずっと言われていた「課題と解決策の検証を回せ」は、その後もひたすら続けていました。ウェブサイトを作り「介護保険外専門のサービスとして介護士を派遣します」と広告を打ち、自ら介護士として現場に出向いて、ご家族にヒアリングする。メンターから「こんなサービスがあるよ」と具体的な事例を紹介していただいたおかげで、それをベンチマークとして仮説と検証を繰り返す習慣も付きました。
その後、自信を持って使ってもらえる品質の高い介護サービスを作ることを目標にしたいと、祖父の名前の一郎から「イチロウ」というサービス名にしました。
― お客様からの現場の声で、どのような気づきがありましたか?
実は、お客様がより良い介護サービスを選ぶのは、「介護する自分が楽になりたいから」だけではなく、「大事な家族に良い思いをしてもらって最期を看取りたい」という思いです。この2つの課題をバランスよく解決することが重要だと判明したんです。また、お客様が「今すぐに来てほしい」と言えば、介護士が現場に飛んできてくれるスピード感です。それ以来、介護の申込みをすると通常2週間、長い時で1ヶ月も待たされるところ、イチロウでは最短1日で介護士を現場に送るように改善してゆきました。
― そのほか、現場で見えた課題はありましたか?
介護サービスでは「サポートしてくれてありがとう」と言っていただける機会は多いものの、小さい問題はあります。現場にいるのは介護士と高齢者だけ。介護士の善意がお客さまとのトラブルにならないように、イチロウに登録する介護士には、質の高いサービスはもとよりプロの仕事をして頂くために定期的に面談し状況を把握して、問題が起こる前からの対策を徹底しています。
― Onlabで同期ができたことは、水野さんにどのような影響がありましたか?
Onlabに出会うまで、私は介護の業界しか知らなかったので、同期を介してさまざまなベンチャーの存在や実態を知りました。また、起業家の先輩と繋がったり、本で見かけるような著名な起業家が身近な存在になったりと、自分も頑張ればイケてる起業家になれる、と目標が現実に近づいた思いでした。
反対に、私からは介護業界がブラックボックス化している現状を同期に伝えました。外の業界からでは、介護の内側が見えづらいんですよね。なので、彼らから「特別養護老人ホームに新しいソリューションを入れたい」などの相談があったら、介護業界とのパイプを担うようにしています。
― 現在も同期スタートアップとは交流がありますか?
定期的に食事会を開催したり、近況報告をし合ったりしていますね。それに、新しい事業に孤軍奮闘していると、同じ立場の仲間がいることが本当に心強い。普段、社長として一喜一憂しないようにしていますが、上手くいかない時はやっぱり愚痴を言いたいし、良いことも悪いことも吐き出したい。それを分かり合える仲間は財産ですね。
― メディアなどで、介護業界で年収1000万円を稼ぐ介護士を輩出したいとおっしゃっていますね。
私は20歳から介護の現場にいますが、給料が安くてなかなか昇給していかないため、同期だった男性は皆、辞めているんです。国が定めた介護保険法によって介護士に出せる金額が決まっているから、キャリアを積んでも頭打ちになります。そこで、介護保険外のサービスを打ち立てたら、年収1000万円を稼げる介護士を輩出できるようになると考えています。
資格の有無にこだわるというよりも、介護士として着実に腕を上げている人材が高い給料をもらえるように、まずはトップラインを引き上げて業界全体を変えたいんです。イチロウでも、介護士がプロとして能力を発揮する姿を評価して給料に反映させています。
もちろん、介護士の資格を持っていなくても頑張っている人材もいますが、やっぱり資格保有者とは違う。例えば、特別養護老人ホームで仕事する場合は、先輩がいるから見て学べるし、仕事で困った時に助けてもらえますが、イチロウでは一人で現場に行かなければならないサービスですから。
― 今後、現在のイチロウはどのような進化を考えていますか?
現在、私たちは個々の介護士と契約していますが、介護士のコミットメントが弱かったりアクティブ率にもばらつきが出たりするのが課題です。今後は介護士の直接雇用も考えていますね。また、イチロウのような介護保険外サービスを運営する事業所も全国的に増えているため、彼らにイチロウのシステムを使っていただくようなサブスクリプションサービスを立ち上げてフランチャイズ形式にして、全国展開を実現したいと思っています。
国内の保険外市場のマーケットは8000億円と言われています。イチロウは名古屋を中心にサービスを展開しつつ、今後は東京や大阪などの主要都市の市場を合算すると約1200億円。今のやり方だと人力も時間もかかってしまうので、いかに効率的に突き進んでいくかを考えています。
― 全国展開に向けて、イチロウにはどのような人材が必要ですか?
事業をスケールするにはシステムを構築してくれるエンジニアが必要ですし、私は現場あがりの介護士なので、経営や事業開発で伴走してくれる人材がほしいですね。現在、弊社には8名いて、私がじかに優秀な人材を引き抜いたり、挑戦したい気持ちに共感してくれる人材が入社してくれたりしています。
― 最後に、イチロウというサービスに対する水野さんの思いをお教えください。
やっぱり、会社にはプライドが大事だと思うんです。20〜30年後には「今の介護の基礎を築いた会社」として名を馳せたいし、全国規模のインフラになるようなサービスを作りたい。そのためには本質をついた課題に基づいたサービスを世に出すことが大事。介護士の人材不足や、国が解決できない賃金改善に、私が立ち向かう。それがずっとモチベーションになっています。
介護業界の中にいるから見えていた目の前の課題に目を向けるのではなく、メンターからのアドバイスでその視座を一段あげることで、自分が本当に取り組むべき、本質的な課題に辿り着き、現在の事業をすすめている水野さん。サービスは日々改善がなされ、介護保険制度内ではこれまで体験できなかったサービス価値を作り、今日も多くのプライベートヘルパーが全国で活躍しています。そんなイチロウでは、現在チームメンバーを募集中。水野さんやイチロウチームが目指す介護現場を一緒に作り上げたいという方は、是非一度お話聞いてみてください!
< プロフィール >
株式会社LINK 水野 友喜氏
20歳から特別養護老人ホームで介護職員として5年間働き、その後5年間は老人ホームの施設長としてマネジメントを経験。10年間の介護経験を経て独立し、これまでの経験から介護保険外サービスへの大きなニーズを感じ、現在の保険外専門のマッチングサービスを展開している。