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課題が深いところに事業領域を設定。MVP開発失敗を乗り越えた、薄毛診断アプリの進撃|HIX(ヒックス)|Meet with Onlab grads vol.23

課題が深いところに事業領域を設定。MVP開発失敗を乗り越えた、薄毛診断アプリの進撃|HIX(ヒックス)|Meet with Onlab grads vol.23

Open Network Lab(以下、Onlab)は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。Meet with Onlab gradsでは、過去10年間でプログラムに採択され、その後も活躍を続けるOnlab卒業生たちのリアルボイスをお届けします。第18期に参加した株式会社M-box(以下「M-box」)は、AGA(男性型脱毛症)の管理アプリ「HIX」(ヒックス)を運営しています。薬剤師として働いていたM-box代表の金澤さんは、元々別のサービス構想を持っていましたが、Onlabに採択されたのち、課題設定の甘さに気づき、ピボットを決意しました。

スタートアップが見るべきユーザーの課題とは、サービスのドメインを決める際にもらったOnlabメンターからの言葉とは、金澤さんにお話を伺いました。

< プロフィール >
株式会社 M-box 代表取締役 CEO 金澤 大介

武田薬品工業株式会社にて、マーケティング、営業等に従事。
同社退社後、株式会社キュアアップにて禁煙アプリの法人向けサービス立ち上げに参画する傍ら、家業の薬局・介護、介護福祉施設を経営。医療・ヘルスケア業界において、複数業態での経験を通じて、テクノロジーを使って患者さんに寄り添ったサービスを届けたいと考え、M-box創業。早稲田大学MBA修了。

薄毛の漠然とした不安や悩みをトータルでケアするアプリ

― まずは、HIXについて教えてください。

HIXはAGA(男性型脱毛性)のセルフケアを支援するスマホアプリです。ユーザーはスマホカメラで自分の髪の毛や頭皮を撮影し、問診に回答すると、画像診断と問診の結果から、その人に合った対策をガイドします。専用マイクロスコープを使って頭皮を撮影していただければ、さらに詳しい診断も可能です。また、アプリからカウンセラーにチャットで悩みを相談したり、医薬品を購入して対策することもできます。

左:HIXアプリと右:HIX Microscope
左:HIXアプリと右:HIX Microscope

― 薄毛の状況に対して、対策がパーソナライズされるんですね。例えばどんな回答が出てくるのでしょうか。

細かく分けると何種類もありますが、レコメンドする対策の方向性は大きく2つです。ひとつは、まだ薄毛がそれほど進行してない方向けに、ホームケアの方法をお勧めします。こういう発毛剤や育毛剤がオススメです、頭皮の状態が悪いならばこういうシャンプーがオススメです、といった具合ですね。

HIXアプリ 薄毛や頭皮の診断と問診、判定結果
HIXアプリ 薄毛や頭皮の診断と問診、判定結果

もうひとつは薄毛が進行している方向けのレコメンドで、クリニックでの治療をお勧めします。その際、クリニックでの処方内容や、治療薬にはこういう効果や副作用がある、という説明をしています。

― HIXは発毛剤やサプリメントといったプライベートブランド(PB)も出していますが、自社以外の商品も勧めているのですか?

商品提案は客観的な立場で、他社の製品も含めた中からユーザーに最適なものを勧める形となっています。正確に言うと、HIXではアプリ内で「商品名」ではなく、「成分名」(例えば、ミノキシジルのような発毛効果のある薬の成分)を勧めています。「自宅で予防するならミノキシジルが含まれている商品がオススメです」といった話をした後に、商品の選択肢の1つとしてHIXのミノキシジルの入った発毛剤もある、といったイメージです。

― HIXの診断と薬のレコメンドのどこにユーザーは価値を感じるのでしょうか。

薄毛に関わらずコンプレックス関連は広く同じだと思うのですが、病院やクリニックに行くのってすごく抵抗があるんですよね。お金や時間の影響も大きいのですが、やはり心理的な抵抗感が強い。実際、薄毛に悩んでいる方のうち、クリニックで治療を受けているのは10%程度しかいないとも言われています。残りの90%近くの方々は自分でなんとかしようとしているんです。そういった方々に自宅で本格的なAGA・薄毛対策ができるようにアクセス性を高めているのがHIXの価値だと認識しています。

またHIXのユーザーは、20~30代の方が多いのが特徴です。しかも診断結果をみても「まだそんなに気にする必要ないんじゃないかな」という方が多い。なぜこんな方々がHIXを使っているのか。それは将来の薄毛リスクに対して漠然と不安を感じていて、それを解消したい、誰かに「まだ焦らなくて大丈夫ですよ」って言われたいからだと思っています。つまり漠然と「もしかしてAGAが始まっているんじゃないか」という悩みに対して、専門的かつ中立的な立場からアドバイスが欲しいんですね。

そんな不安に対してHIXが「あなたの状況はこうです、こういう予防や対策をするといいですよ」とアドバイスすることに、HIXの価値があるんです。

株式会社 M-box 代表取締役 CEO 金澤 大介
株式会社 M-box 代表取締役 CEO 金澤 大介

― HIXのマネタイズはどのようになっているのですか?

大きく2種類のマネタイズ方法があります。1つはアプリやブランドサイトからHIXのPBの医薬品やサプリメントの販売。もう1つが提携クリニックからの紹介料です。

― 現在HIXではPBとしてミノキシジルの発毛剤を販売していますね。一般に発売されている発毛剤と効果は違うのでしょうか。

まずなぜHIXが最初にミノキシジルの発毛剤をプロダクトにしたかと言うと、現在の育毛・発毛系の成分の中で、臨床データとしても医学会の推奨度合いにしても、最も信頼性の高い成分だからです。じゃあHIXと、同じ濃度のミノキシジルが入っている商品を比べたらどうなるかというと、基本的に効果は同じです。HIXの付加価値は成分よりももっと他のところにあります。

まずはブランディングの1つとしてのパッケージ。商品開発をしているときにユーザーヒアリングをしたのですが、既存の商品はパッケージが「明らかに薄毛対策」といった感じで、使わない時は戸棚に隠していると言うのです。薄毛対策の商品は所謂コンプレックス商材ですから、それは理解はできます。ただ毎日使うものなので、商品に抵抗感は持ってほしくありません。そこでHIXではパッケージを薄毛対策商品のようにするのではなく、インテリアに溶け込むようなデザインにすることを心がけました。

HIX SUPPLEMENT
HIX SUPPLEMENT

またHIXのビジネスは、単にミノキシジルのPBを使ってくれればOKですよというモデルではありません。アプリを定期的に使うことでユーザーとの粘着性を高め、薄毛に対するトータルケアを実施。PBを使いながらアフターフォロー等のサポートもします。そのためアプリからカウンセラーに相談できたり、複数回診断している人は画像を比較できるようにもなっているんです。

とはいえPBのラインナップは増やしていきたいと考えています。その方がユーザーをサポートできますからね。次に考えているのは医薬部外品の育毛剤です。今販売している発毛剤は新しい髪を生やすためのプロダクトなのですが、育毛剤は今ある自分の髪の毛を太くしたり強くしたりする性質です。あとは薄毛に効くシャンプーがあったらいいですね。

Onlabに採択された直後に課題の質に気づく。ピボットを決意し次なる課題検証に

― 金澤さんは製薬会社や薬局薬剤師として働いていたと伺っています。どんな経歴なのでしょうか。

薬学部を卒業後、製薬会社でマーケティングや営業の仕事をしていました。起業しよう思ったのは、親の影響です。私の親は介護施設や薬局のチェーン展開等をゼロから築いています。自分もどこかのタイミングで同じように事業を立ち上げたいと、昔から漠然と思っていたんですね。

どんなビジネスをしたいという構想は当時まだなかったのですが、BtoCのビジネスにしたいなとは思っていました。製薬会社は患者と直接コミュニケーションを取ることは制度上できないので、ビジネスモデルとしてはBtoBtoCなんです。それよりはエンドユーザーに直接価値を届けたいと思っていました。

退社していきなり起業したのではなく、CureAppという禁煙治療アプリを開発する医療系ベンチャー企業で働きながら、実家の薬局や介護施設を手伝っていたんです。そんな中、薬剤師としての勤務経験を元に服薬支援サービスを作れないかと思いました。薬局から薬を持って帰った後で、薬の副作用や飲み合わせ等を心配する方が多いのに気づいたのです。だったら薬局と患者を繋ぐコミュニケーションプラットフォームを作ればいいんじゃないかと思いました。そのプロトタイプを引っさげてOnlabに挑んだんです。

― Onlabのことは元々知っていたのですか?

サービスのブラッシュアップをしていたときに、起業家の友達がアクセラレーションプログラムをオススメしてくれたんです。彼が挙げてくれた中の1つがOnlabでした。それで詳しく調べてみたら、輩出しているスタートアップは知っている会社が多いし、メンターの方々が豪華だったんですよね。自らを「日本版のY Combinator」だとしているのも気に入りました。そんな感じでOnlabのサイトを見ていたらちょうど募集期間中だったので、そのまま応募したんです(笑)。

― 当時Onlabとしては金澤さんの業界への知見や経歴、チーム等を鑑みて採択したのですが、採択されてからはいかがでしたか?

プログラムが始まって、かなり早い段階でピボットしたんですよね。それまで開発をしていたものも全て捨てました。

Onlabの最初のほうのメンタリングで、課題設定の甘さを指摘されたんです。「誰の」「どんな課題」なのか、ユーザーはその課題にお金や労力を使って解決するのか、といったことに上手く回答できませんでした。僕らの「薬局と患者を繋ぐコミュニケーションプラットフォーム」が解決する課題はOnlab風にいうと「質のいい課題」じゃなかったんですね。じゃあ新たな課題やサービスをどうするか。医薬品が製造されてから患者さんに届くまでのバリューチェーンの中で、どんなプレイヤーがいてどういう課題があるのかをチームで出し合って、ひたすらアイディアの仮説検証を繰り返しました。10個以上のアイディアを、ひたすら検証していました。その際、僕らの強みはヘルスケア、特にメディケーション(服薬によって病気や症状を治療すること)なので、この領域から出ないようにしていました。

― そこからどのようにHIXに行き着いたんですか?

いきなり薄毛に行き着いたのではなく、最初はもうちょっと広くパーソナルヘルスの課題が深いんじゃないかと思ったんです。男性だと薄毛やニキビ、多汗症等ですね。それでユーザーインタビューに取り掛かりました。

最終的に薄毛を選んだのですが、決め手は悩みの深さと市場の大きさでした。薄毛に悩んでいる方は、特に不安や症状の解消に多大な時間とお金をかけていることがわかったんです。加えて薄毛対策市場はマーケットが大きかった。メンターとパーソナルヘルスケアのどこを攻めるかという話をしていたときに「それは市場の大きなところだろう」と言われたんです。調べた結果、薄毛・AGA市場はニキビや多汗症など他のパーソナルヘルス市場に比べて圧倒的に大きかった。

加えて、パーソナルヘルスにしたもう一つの決め手は受診率の低さでした。ヘルスケアの守備範囲の中には、当然保険診療に関わるものもあります。病院に行ってからは保険診療の領域なので、僕らが強みを発揮できる領域ではない。一方で、まだ受診していない方々でも身体の問題を抱えています。だったら僕らは後者の課題を解決したほうがいいと感じたんです。パーソナルヘルスは受診率が低いぶん、ユーザーの課題が多い分野なので、これもHIXに力を入れるきっかけになりました。

― HIXを運営するM-boxは、当時3人のチームでしたよね。薄毛治療をドメインに決めたときは反対意見はありましたか?

割とすんなり決まりました。メンバーの一人は皮膚科医院を経営していて、僕と課題認識が一致したんです。パーソナルヘルスは皮膚領域の疾患が多く、AGAも皮膚科で治療する疾患の1つなので、ユーザの課題感がすぐにわかったんだと思います。エンジニアの松本は最終的には割と僕の意見を尊重してくれましたね。

頭では理解するも時間がかかってしまったMVP作りのジレンマ

― そうしてHIXに取り掛かったわけですね。開発に取り掛かってからは何か障害や失敗がありましたか?

スタートアップの初期プロダクトはMVP(Minimum Viable Product)、つまり必要最小限の機能だけを備えたものにするべきだ、と言われます。Onlabでも言われました。頭ではわかっていたんですけれど、いざプロダクトを作り始めると「この機能もあの機能も欲しい!」という思考になって、全然MVPじゃないものを作ってしまった。結果的に開発に余計な時間をかけてしまいました。例えば、HIXではユーザが自分の髪の写真を撮ってそれをアップロードして、それをAIが画像判定するんです。その技術をいきなり開発しちゃったんですよね。初期はユーザー数いないんだし、そんなの裏側で目視でやればよかった。そんなことがいくつかありました。

また薄毛対策という商材上やはり医学的に正しくて、信頼性のあるレコメンドが必要です。そのためには絶対に専門医師の協力が必要でした。私は薬剤師で、サポートメンバーに医師もいるのですが専門ではない。そこで専門医を探したんです。Onlabの方経由で有名なAGAクリニックを紹介してもらって業務提携をしました。

― Onlab期間中は他にどんなことをしていましたか?

期間の2/3はピボットのためのユーザーヒアリングや開発に費やしていました。開発と言っても結局期間中にサービスはできなくて、最後のデモデイではモックだけがある状態でした。なのでモックとスライド資料だけでピッチをしたんです。

2019年 Onlab19期Demoday当時の様子
2019年 Onlab19期Demoday当時の様子

個人的にはピッチはすごい辛かった。そもそも、僕自身が言語化が苦手だったのと、さらにプロダクトもトラクションも無い状態だったから、このままピッチなんてしていいのかという迷いがありました。「お前は頑固すぎる」とメンバーに言われたのを覚えています。スタートアップの経営者は夢を語るのが仕事だろうって。Onlabの方にも、「絶対に深い課題があるし、マネタイズできる市場もある。自信を持って説明すべき」と言われました。色んな方に支えられて、なんとかピッチを終えたという感じです。プログラム期間を通じて、背中を押し続けてくれたOnlabのメンターの方には今でも感謝しています。

― 最後に今後の課題や展開を教えてください。

現在は薄毛の方向けのサービスしかありませんが、他のパーソナルヘルス領域でもサービスやプロダクトを展開していきたいと思っています。コンプレックス商材には、正しい情報や商品と顧客の距離が遠いという構造的な課題があります。例えば薄毛予防をネット検索すると、わけのわからない情報や商材がたくさん出てくる。これを改善していくのがM-boxでありたいんです。

ですのでHIXは薄毛という領域からスタートしましたが、いずれは多汗症やニキビも扱いたいし、リアルなプロダクトをもっている強みも活かして海外展開もしたいと考えています。

とは言えもちろん、まずは薄毛対策を必要とされている方に、HIXというプロダクトをしっかりと届けたいと思います。