2023年07月05日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップをサポートしてきました。今回ご紹介するのはOnlab第26期生、株式会社eMoBi(えもび)代表取締役CEOの石川 達基さんです。
Onlab 第26期 Demo Dayで審査員特別賞を受賞した石川さんは、直径10km圏内の観光地での移動をスムーズにすることで観光客に非日常的な体験を味わってもらいたいという思いから、電動トゥクトゥクを活用したレンタルサービス「えもび」を提供しています。観光スポットが分散していると散策するには遠く、公共交通機関の混雑は避けられないといった観光客のお悩みにフォーカスし、鎌倉を拠点に小型電気自動車(以下、小型EV)の開発や離島の抱える移動問題の解決に取り組んでいます。そんな石川さんにeMoBiを設立した背景や、Onlabに参加して変化したこと、中長期的に挑戦したいことを伺いました。
< プロフィール >
株式会社eMoBi 代表取締役CEO 石川達基
ラ・サール高等学校卒業。東京大学文科一類入学後、2019年11月から1年間、電池ベンチャーにて東南アジア二輪三輪市場のリサーチャー業務を担う。ベトナム・インドの電動バイク事業者への営業も経験。東京大学法学部在学中、2020年12月に株式会社eMoBiを創業。3人乗りEV(電気自動車)のレンタルサービス「えもび」を提供する。
Contents
― この度は Onlab 第26期 Demo Dayで審査員特別賞の受賞、おめでとうございます。eMoBiの事業概要について教えてください。
ありがとうございます。eMoBiはファブレスメーカー(生産を行う施設を自社で持たない企業)として、電動トゥクトゥクを活用した3人乗りの小型EVの企画から製造、観光地でのレンタルのサービスまでを手がける、垂直統合型ビジネスモデルを持つスタートアップです。小さな車体なので公共交通機関の混雑や渋滞する道路を避けて効率的に移動しやすく、最高時速50kmで誰でも安心安全に運転できることが特徴です。現在は鎌倉をはじめ、福岡や壱岐、武雄、串本など全国8拠点でサービスを展開していて、主に観光客の方にご利用いただくために駅やホテルに発着点を絞っています。
― 小型EVの事業を始めた経緯をお聞かせいただけますか?
大学2年生の時、電動バイクのバッテリーを作るベンチャーでインターンしたことがきっかけです。電動バイクのメーカーにバッテリーを売っていたことでマイクロモビリティに面白さを感じたんです。同時に、バッテリーのキラーコンテンツになる最終製品が世の中に少ない現状ではバッテリーのビジネスができないと痛感し、一緒にインターンしていた日高とeMoBiを創業しました。
また、私の父は不動産業の経営者で、いつか父が亡くなったら継ぐんだと頭の片隅にありました。私はもともと弁護士を志望していましたが、地元鹿児島で個人ディベロッパーをしている父がビルを建てて飲食店のテナントを募集したり、最近ではフォトスポットを作ったりして「街づくり」に携わっているのを見て、面白そうだと思ったんですよね。その影響で、eMoBiではモビリティを通じて街づくりにアプローチしています。
― 小型EVをレンタルするお客様にはどのような方が多いですか?
時期や観光地によって異なりますが、長期休暇期間で最も多いのは20代前半の女性です。私と同世代の20代や10代の方が2〜3人で学校の卒業旅行や観光をえもびで楽しむことが多く、全体の約半数を占めています。次いで、モビリティが好きな中年の方や、あちこち回るのはつらいというご家族連れの方にもご利用いただいています。10代〜20代前半の方はTikTokやInstagramのリールを見て、上の世代の方は観光地での移動手段をGoogleで検索してえもびにたどり着いてくださることが多いです。
― 実際にえもびをご利用になった方々からはどのような声が上がっていますか?
「先週車の免許を取ったばかりです」「ずっとペーパードライバーでした」という若い女性から「ゆっくり走りながら行きたいところを回れて楽しかった」とご好評いただいています。実は私自身、小型EVの事業を創っていながら車に興味がなく、運転も苦手でした。私が生まれ育った地方は車社会で、車を運転しなければならないプレッシャーがあって。この小型EVだったら電動自転車の感覚で簡単に運転できます。安全に運転したい方やレンタカーに苦手意識のある方、公共交通機関だけでは回りきれないと悩む方に、私たちのソリューションが刺さっているんだろうと思います。
― Onlabのプログラムへご参加になった経緯をお聞かせください。
CIC Tokyoが開催する「環境エネルギーイノベーションコミュニティ」に参加した時にOnlab ESG担当の方から第26期生を募集している旨を教えていただいたんです。eMoBiはちょうど資金調達を開始しようとしていたし、自力で事業を成長させる難しさに直面していたのですぐに申し込みました。
他社のアクセラレータプログラムに参加したことはありましたが、イベントも任意参加だったし、いつも何かを得られたわけでもなく終わっていましたね。Onlabはやっぱり違って、スタートアップの育成も投資も全て伴走してくださるので、耳の痛いことも親身になって教えていただいたし、メンターの園田さんも常に目にかけて温かく寄り添ってくださいました。
― 2020年12月にeMoBiを設立した当時はどのようなご状況でしたか?
「このモビリティはいける」と手応えを感じていました。Luupの電動キックボードが渋谷の街を走ったり、Teslaの電気自動車も見かけたりしていたし、コロナ禍で外出できなくなったタイミングで「移動を変えられるんじゃないか?」と。南房総市の観光協会とたまたま営業が繋がってご導入いただいて最初に売上が立った時、どの観光地でも移動手段に課題を抱えていることを知って、さまざまな場所で広げていきました。
当時はとにかく車を調達しなければならなかったし、メンテナンスをする必要もあってお金がありませんでした。車を調達したら売って貸して銀行口座にお金を戻して、を自転車操業的にやっていました。それがつらくて、約1年半は目の前のお客様に向き合えませんでした。鎌倉で営業所を構えた2022年12月からは腰を据えてお客様の声を聞きながら、こんな方向で広げよう、深めようと動いていくうちに資金も必要になりました。そんな時にOnlabにご縁を頂いたんです。
― Onlabのプログラムに参加して気づきや学びになったことはありますか?
最初はえもびのサービスを「楽しいよね」で始めましたが、Luupの電動キックボードのシェアリングサービスなど、広げるタイプのインフラ系モビリティサービスに影響されて、スマートな交通サービスという仕立てにしていました。ところが「それだと面白くないですよ」とメンターの松田さんからご指摘を頂いたんです。過去に、同じように実用性だけで売りに行って失敗した事例があるし、収益も得られないからやめた方がいい、それよりも楽しさを売った方がいい、と。おかげで肩の荷が下りて、楽しさを売る方向でグロースする方法を考えるきっかけになりました。
また、同期生のスタートアップがいたこともいいプレッシャーになりました。事業ステージが進んでいる会社や、プログラム期間中に大型の調達を行った会社、ユーザーが何万人もいる会社と実にさまざま。同期生から「ファイナンスをこう考えている」「チームはこうなっている」「CFOと喧嘩した」「こうしたら地獄を見た」とリアルな話を聞けたことは、社会人経験がなく我流で進めるしかなかった私には大きな学びでした。
― Onlabのプログラムを経て、同期生のスタートアップとは絆が深まりましたか?
はい。オンラインでの開催だったこともあってリアルに会うことは多くありませんでしたが、中間地点で成果を発表するHalf Goal Dayからインタラクティブにコミュニケーションする機会が増えました。プログラムが終了した現在もLINEグループで連絡を取り合っています。同じ車というくくりでは、アルパカの棚原さんは利用者と運転代行業者を繋ぐ配車プラットフォーム「AIRCLE」を展開していますが、ニッチな市場で順風満帆にスケールできそうだけどキャップを感じていること、大手企業が参入してきたらどうするのかという課題に直面していることを伺って、eMoBiとしての事業戦略も考えされられましたね。
― eMoBiは2022年12月に鎌倉で営業所を開設しましたが、直近ではどのようなことに挑戦しようと考えていますか?
鎌倉は年間2000万人もの観光客が訪れる大きなマーケットなので、ここでえもびのビジネスモデルを確立させたいですね。また、ハードウェアのクオリティが安定しつつあるタイミングで離島での展開も計画しています。離島には何万人もの観光客が来るのに移動手段が船しかないので、えもびがあれば簡単に島内を回れるようになります。この離島での試みによってeMoBiのキャッシュフローの地盤を固めつつ、小型EVのクオリティを更新しながら広げていきたいです。
一方、鎌倉では、江ノ島に行く観光客は鎌倉駅からそのまま江ノ電に乗ることがほとんどで、えもびを使っていただくにはハードルがあります。離島だったら港の事業者と組んで小型EVを置いておけば認知度100%近くを見込めますが、鎌倉で江ノ電やJRと組むのは大がかりになるし、どこに小型EVを置かせていただいて認知度を上げていくかを設計したり、「ただの移動サービス」を超えてどんな価値を提供していくかを言語化したりする必要があります。
加えて、小型EVの貸出拠点を鎌倉駅限定にしなくてもいいと思っています。例えば、大船駅からえもびに乗って鎌倉を観光できるようになれば横須賀線の混雑を考えなくてもよくなるし、朝比奈インターチェンジでイオンの敷地をお借りしてえもびを置けるようになれば、横浜方面から車で来る方はそこで乗り換えて鎌倉エリアを周遊できるようになります。このように沢山の入口を作って、鎌倉でえもびが100〜200台走っている状態を目指しています。
― 実際にえもびを拝見すると小回りが利くし、騒音がないし、時速50km以上出ない安全性も担保されていて感動しました。お客様や地元の皆さんの声を聞きながらアップデートをしていますか?
はい。コンテンツ自体は変わっていませんが、ロットごとに改善して音を小さくしたり、バッテリーを航続距離がより長い、安全性の高いものに変えたりするなど、ロケーションやビジネス構造、オペレーションに合わせてハードウェアをリニューアルしています。歳を重ねて大きい車を買う必要性を感じていない方からは「買い物して荷物が多くなった時に乗ってみたい」「小型で便利そうだからえもびに乗り換えたい」、修学旅行で鎌倉に訪れた先生からは「生徒のグループ行動を見回るのにピッタリだ」と移動手段のオプションに入れていただいていることも有り難いですね。
また、営業所をローンチした土地の皆さんとの関係構築も大切にしています。鎌倉は観光都市なので外部から来た観光事業者へのご理解はありますが、私たちも観光協会登録をして積極的に自治体さんを訪ねたり鎌倉出身の大家さんに土地の文化やルールを確認したりしています。
― eMoBiの組織についてお伺いします。現在はどのようなメンバーがいらっしゃいますか?
私と日高、後藤の共同創業者がコアのメンバーです。加えて大学や高校の後輩や年齢の近い知人がインターンとしてSNSを運営しています。また、大手企業で技術を担当していた方やと法人営業をしていた方にフルコミットで、参画していただいています。
現在、沖縄や瀬戸内の離島でのローンチに向けて、横展開できるパッケージにアップデートしている最中ですが、ソフトウェアで製品を作るのとは違って沢山のディビジョンがあるんです。開発する人とメーカーとやりとりする人が違うし、メーカーもバッテリーと車で違って無限に職責が必要で、その整理に奔走しています。
そんな試行錯誤の中、事業フェーズやタスクで必要な技能が異なるので「ふわっと人を巻き込む」と創業当初から決めていて、タイミングに合わせて業務委託としてジョインしていただいています。C向けのサービスでは何が起こるかが分からないし、今は正解を当てにいかないといけないので、ライトな組織と私たちコアメンバーがいるスタイルで走りきるつもりです。
― eMoBiで働く皆さんがモチベーションを維持する工夫をお聞かせください。
スタートアップの皆さんが行っているような「Slackで毎日ビジョンを投稿する」などはしていませんが、一人ひとりとマメにコミュニケーションを取っています。また、eMoBiではみんながこの事業の可能性を信じて挑戦しようと士気を高めてくれているので、「面白いことをやる」という軸をぶらさないようにしています。
― フェーズによってお客様のニーズやプロダクトが変わる中、メンバーの皆さんとはどのように対応していますか?
ソフトウェアと違って小型EVでは「徹夜で直せば明日から使えるようになる」とはならず次のロットで変更されるのは半年後、1年後に及びます。そこで技術と現場が話し合っていかに落としどころを付けるかは私自身の課題です。私はどちらの話も分かるので頭の中で「こうしよう」が決まりますが、双方が背景や状況を理解し合っていないと進まない。いかに風通しのいい、みんなが情報を共有できるコミュニケーションを設計するかを練っています。
― eMoBiの中長期的な事業戦略についてお聞かせください。
中期的には「楽しさ」に重きをおいたサービスで収益化を図ります。例えば、Timesのカーシェアリングは全国の主要都市で車を配置して、スマホやIC式会員カードを使えば24時間いつでも貸出や返却が可能なので合理的ですが、私たちは「付加価値型」を推進していきます。たいてい、観光地では巡る場所を2〜3点決めて「あとはどうしようか?」という方が多いので、えもびはインタラクティブに「ここに行きませんか?」といった情報を提供していきたいです。小型EVを提供することで「移動のハードル」を下げて、楽しい経験と思い出を作れるようなソフトウェアを提供することで「観光地での意思決定のハードル」を下げたいんですよね。
イメージとして、ディズニーリゾートのアプリを開くと、エリアマップに全てのアトラクションやレストランの概要や混雑状況が掲載されています。ホテルや自宅でお土産を受け取れたり、そのお土産の在庫もリアルタイムで把握できたりします。個人的には一番スマートシティに近いかな、と。ディズニーランドとディズニーシーはどちらも直径1km前後で、どこでも15分でアクセスできるようになっています。実際に、チケットを買ったら閉園時間までできる限り多くの場所を回ろうとするじゃないですか。観光地でもそれと同じ状況を作りたいんです。
移動のその先にある「街のスマート化」をエンタメ文脈で切り取って進めていくことが、eMoBiが挑戦することです。観光地の情報も移動手段も乏しいところで、えもびのソフトとハードの両面を提供したらスマートシティのような新たな仮想テーマパークを観光客向けに作れるんじゃないか、と。
長期的にはバリ島をはじめ、カンボジアとタイでバイクの延長のような運転しやすい乗り物としてリリースを考えています。東南アジアではバイクをファミリーカーとして2〜3人乗りしていて、富裕層がレクサスに乗っています。でも、インフラが整っていない環境で、中間層がこれからどんどん豊かになって車に乗り始めたら、ガソリンも電気も足りないので大変なことになります。だからといって東京のような都市開発をすると人口が減った時、どうなってしまうのか。そこで、数人で乗れるコンパクトかつ日常生活で欠かせない乗り物だったら需要があるのではないか、と想像しています。海外では日本のバイクといったらホンダかヤマハ。このジャパニーズブランドを活かして大きく挑みたいです。
― Onlabへの応募を検討しているスタートアップの皆さんへメッセージをお願いします。
スタートアップの界隈では「アクセラレータプログラムに参加すると時間を取られて自分の事業に集中できない」というアクセラネガティブ論を耳にしますが、Onlabは間違いなくいいアクセラレータプログラムです。事業の立ち上げや資金調達などで苦戦しているならサクッとエントリーすることをオススメします。
プログラム期間中は小型EVのデザインやDemo Dayのピッチ練習で何度もメンタリングしていただいたり、期間後も、Web3事業担当の方に車の調達でNFTが使えないかを相談したり、まさにオーダーメイドで寄り添ってくださいました。卒業後の今もずっと甘えさせてもらっています(笑)。また、投資担当の方と距離が近くて「お金が足りなくなったらいつでも言ってね」とカジュアルに声をかけてくださるのは起業家からすると心強かったですね。
(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)