2022年03月04日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップを支援してきました。今回お話を伺ったのはOnlab第8期生、コネクテッドロボティクス株式会社 代表取締役CEOの沢登 哲也さんです。沢登さんは大学・大学院でロボット制御工学やコンピューターサイエンスを研究した後、新卒で入った飲食業で長時間勤務や肉体労働、低賃金の現場を目の当たりにします。「食産業のつらい仕事を楽にしたい」と決意を固め、マサチューセッツ工科大学発のベンチャーで産業用ロボットコントローラを手掛けた後、2014年2月にコネクテッドロボティクスを創業。数値化が難しいと言われロボット化が進まなかった飲食業界でロボットのソフトウェアを開発し、店舗でたこ焼きやそば、ソフトクリームなどを作るロボット開発し食産業の革新を目指す沢登さんに、コネクテッドロボティクスを起業した当時のエピソードや今後の展望についてオンラインで伺いました。
< プロフィール >
コネクテッドロボティクス株式会社 代表取締役CEO 沢登 哲也
1981年生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業、京都大学大学院情報学研究科修了。
東京大学在籍時、ロボットなどのテクノロジーに夢中になる。2008年、飲食店とテクノロジーによる新しい店舗の創造を目指して起業活動を開始。その過程で出会った外食チェーンにて新規飲食店の立ち上げと既存店舗の再生に従事。2009年、マサチューセッツ工科大学発のベンチャーソフトサーボシステムズ社でロボットコントローラ開発責任者を担当。2011年に独立後、産業用ロボットコントローラを受託開発。2014年、コネクテッドロボティクス株式会社を起業、代表取締役就任。設立当初は人工知能を駆使した通知アプリ「astero」を開発。2017年4月より調理ロボットの開発を本格的に開始。
Contents
― コネクテッドロボティクスの事業概要について教えてください。
コネクテッドロボティクスは2014年2月に設立し、当初はAIのアプリケーションを開発していましたが、2017年4月からは食産業向けのロボットシステムの開発をスタートし、ロボットアームを使ってたこ焼きを全自動で焼くという製品を皮切りに、ソフトクリームを作ったり食器洗浄を自動化したりするなどラインナップを広げています。私たちが挑戦するのは、これまで工場でしか使われることのなかったロボットを人手不足や重労働に悩む食産業へ提供していくことです。弊社はロボット会社と思われやすいのですが、ロボット自体を作るのではなくソフトウェア開発を強みにしており、ロボットコントローラとAIによってロボットアームをよりスムーズに、精度良く、賢く動かすことに注力しています。
― どのようなロボットシステムを開発していますか?
主に飲食店向けのロボットを開発しています。最初に開発した「たこ焼きロボット(OctoChef)」では、おいしいたこ焼きを作るために大阪の有名店に足を運んで職人の技を研究しました。たこ焼きを素早く回転させるために鉄板を振動させながら4本のピックで焼いたり、AIが鉄板を学習して絶妙な焼き加減を判断できるようになり、職人に負けないたこ焼きを実現しています。その他にも1時間で150人前作る「そばロボット」では、そばを茹でて水で締める一連の調理プロセスを自動化しており、JR東日本の駅構内にあるそば店で稼働しています。また「ソフトクリームロボット」はカメラや重量センサーなどを内蔵しており、ソフトクリームの規定量を正確に抽出しています。2021年11月から稼働している「フライドポテトロボット」は、約200度の熱い油でポテトを自動で揚げて1時間に約100食作ることができるため、従業員の過酷な労働の軽減に貢献しています。
― 主にどのような企業が導入しご利用になっていますか?
例えば、ソフトクリームロボットは全国各地から引き合いがあり、テーマパークやパーキングエリアなどに導入しています。フライドポテトロボットでは、2021年から福島県の南相馬市で人とロボットが協働する日本初のハンバーガー店として実証実験を行いました。また、そばロボットから派生した茹で麺機省エネシステムは、麺の調理に合わせてお湯の温度や水量を自動でコントロールする機能が付いた製品として誕生し、丸亀製麺を運営するトリドールで実証実験を行なっています。
― 実際に企業からはどのような反応がありましたか?
ロボットとの協働により人手不足が解消されたというお声を頂いています。例えば、そば店では、「従業員が熱湯を目の前に何時間も繰り返していた単純作業から解放されて心のこもった接客ができるようになった」「ピークタイム以外ではゆで麺機のスイッチがオフになって年間数十万円の省エネができた」と喜んでくださっています。また、ロボットのおかげで同じクオリティで商品・サービスを提供できるようになり品質の向上・安定を実現できたともおっしゃっていただいています。
― 2035年までに産業用ロボットの国内市場予測は9.5兆円に上ると言われていますが、御社の優位性や特徴は何でしょうか?
私は前職ではマサチューセッツ工科大学発のベンチャーや産業用ロボットコントローラの開発責任者を務めていたので、それらの技術的な知見を強みとしたロボットアームを使った作業に強みや独自性を持っています。通常、ロボットを動かす場合、ロボットメーカーのコントローラを使いますが、弊社はそれ以上の価値を創出するために自社でソフトウェアを作っています。また、私たちの特徴としては現場のニーズに対応するため、調整を含む開発期間をできるだけ短く、スピードを持って対応しています。既存のロボット開発以外にもお弁当に惣菜を盛り付けるロボットや食材を検品するロボットなど、新たな機能を研究して素早く実装しています。
― 2014年にOnlabで起業した当初は別のサービスでしたよね。どのような気づきや学びがあって現在の事業にシフトされたのでしょうか?
Onlabに採択された時は今とは異なる事業でした。当時は、AIを使ったレコメンドのアプリケーションを開発していました。しかし、ユーザー数も売上も伸びなかったので2015年には創業メンバーが次々と辞めていきました。今考えるとかなりハードな時期でしたね。その後の2年間はもともと大学で学んでいたロボットコントローラの受託などの仕事をしていました。
― なるほど。学生の時に学んできたロボット工学から飲食業界の課題にたどり着くには、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
実は両親が共働きで、私は学校が終わると祖父母の経営する飲食店に帰ってごはんを食べていたんです。その時お店に来るお客さんを見ながら「飲食店ってお客さんにエネルギーを与えていて素敵だな」「自分も大人になったら飲食店を経営しよう」と子供ながらに考えていました。その後、大学・大学院を卒業した後、飲食店経営の夢を叶えようと、まずはアルバイトとして飲食業の会社に勤め、新店舗の立ち上げも経験しました。ただ、フルタイムで働いてみると長時間勤務で肉体労働、しかも低賃金。言葉を選ばずに言うとまさに「労働力が搾取される世界」だったんです。沢山のお客さんに商売しようとする分、従業員が長時間働かなければいけない。食産業に潜む大きな課題を実感しましたね。
一度目の起業での失敗を糧に自分が人生をかけてやれるような事業をしよう、自分のパッションや使命感を考えるにつれ、飲食・食産業とロボットを掛け合わせることで従業員を楽にしたいという思いがだんだんと募っていきました。
そんな時、「Startup Weekend Tokyo Robotics」というスタートアップの実践イベントがあり、たまたまロボティクスがテーマだったので出場しました。実はその1ヶ月前、自宅でたこ焼きパーティーを開いたのですが、近所の子供たちが集まってきて「おじさんのたこ焼き、おいしいね」と喜んでくれたんです。しかし、数時間焼いていると疲れてくるんですよね。「ロボットで自動化したら、つらい仕事から解放されるのではないか?」と思いつき、たこ焼きロボットのプロトタイプを作ってイベントで披露したところ、大受けしたんです。これが弊社で調理ロボットを作るきっかけとなりました。一緒に働く仲間が集まってきたり、大手外食チェーンや大手小売りチェーンから導入をご検討いただいたり、メディアに取材していただくことが増えました。自分の原体験に根ざしたことと、社会に求められていることをする。内側と外側の2つの要請に応える重要性を実感しましたね。
― 沢登さんが起業家として大切にしていらっしゃることは何でしょうか?
まずは大きな夢を持つことです。世界や人類の歴史に良いインパクトを与えられることをする、または、そのムーブメントを引き起こす人間になる、と。もう一つは、日々やっていることを楽しむことです。起業家は大きな志を持ってチャレンジしますが、日々の仕事にはつまらないことや苦しいことが沢山あります。予期せぬ出来事が起きても、経験を積み重ねて目指す地点が高くなっていくと「ここでくじけちゃいけない」とタフになっていきます。
― コテクテッドロボティクス社で働くメンバーについて教えてください。
現在は33名ですが、今年中に約2倍の60名に増やす予定です。ロボットも量産体制に入ってきたのでスペシャリストやマネージャー、サポートメンバーを積極的に採用したいです。現在、30代半ばをボリュームゾーンとして40代、50代、18歳のインターン生と、非常に幅広い年代層の仲間が活躍しています。
弊社の社員は多国籍のメンバーが特徴です。ロボット・AIの広範な知識と技術を持つエンジニアも世界中から来ています。「食 ✕ ロボティクス」では、ロボットそのものが多様性の上で進化しているので、私たちも個々の能力を発揮して思わぬアイデアを生んでいきたい。ロボット業界では「コロンブスの卵」、つまりみんなが当たり前だ、簡単だと思っているけれど誰もやったことがなかったことが功を奏するんです。例えば、iRobotが発明した家庭用ロボット掃除機「ルンバ」は簡単な原理で動いています。他の企業ではロボット掃除機が家具にぶつからないようにトライアンドエラーをしていたのですが、iRobotは敢えてぶつかる仕様にして1兆円を売り上げました。このような逆転の発想でどこにも負けない強さや革新を可能にするのは、人材の多様性や「空気を読まない」力なんです。
― 規制概念にとらわれず、はみ出すセンスのある、責任感を持ってアクションできる人材をどのように見極めていらっしゃいますか?
「こうあるべき」を持たないようにしています。それが強すぎるとみんな画一的になってはみ出すことができなくなってしまいます。また、みんながみんな同じような人にならないようにしていますね。バランス良くはみ出す人や、はみ出た部分を軌道修正する人、みんなをサポートする人、学ぶことが好きな人、手を動かすのが得意な人といったように、組織では機能・役割が相互補完になっていることが重要だと考えています。弊社では「素晴らしいオーケストラを作る」というコアバリューに則り、一人ひとりの強い専門性や特技、性格を活かしながらハーモニーを作っています。
― 組織をつくる上で意識していることはありますか?
ミッションやビジョン、「自分たちは何者なのか」を明確にするだけでなく、それを進化させたり深めたりしています。常日頃からメンバー全員に「このビジョンはどういう意味だっけ?」と理解を深めようとしている姿勢を見せたり、行動を振り返ったりしています。私たちが挑戦することで、いかにお客様や社会、世界、ひいては歴史が良い方向へ変わっていくかを哲学者的に考えながら次のアクションを計画しています。また「Simple Visible Tangible」は弊社のコアバリューです。洗練を突き詰めた結果、私たちの仕事やメッセージがいかにシンプルに伝わるか、見てわかるか、触ってわかるかが重要だという結論に至りました。
― 今後、国内だけでなくグローバルにおいて食産業ロボットはどのようになっていくのでしょうか?
アメリカはファーストフードだけでなく、食品加工や冷凍食品などの食品加工業や、牛肉や小麦、コーンなどの農業でも絶大な影響力を持っています。アメリカで革新を起こして地球規模で食の基盤を構築することが私たちの主たるミッションなんです。また、アメリカにはロボティクスやクリエイターといった沢山の競合がいますが、ロボットは長期的に汎用化されていくでしょう。最近ではイーロン・マスクがヒューマノイド・ロボットを手掛けると発表しましたが、ヒト型では社会的ハレーションや反発も起きるので、社会進出・定着には最低20〜30年はかかると予想しています。一方、産業や用途に合わせたロボットアームや移動ロボットは世界各地で加速度的に浸透していくでしょう。中国ではコロナ禍になる前、配膳ロボットは数える程度しか動いていませんでしたが、2022年2月現在では1万台単位で売れています。
― 人とロボットが共存する未来に向けて、どのようなロードマップを描いていらっしゃいますか?
会社のミッション・ビジョンは、投資家の方々からフィードバックを頂き、当初の「調理をロボットで革新する」から「食産業をロボティクスで革新する」に変えました。世界的かつ人類的なインパクトを残す仕事をするならば、「調理」ではなくて「食産業」であり、単体の「ロボット」ではなくロボットを包接した「ロボティクス」だったんです。食産業のつらい仕事を楽にし、人々に健康な食べ物を提供し、食文化をより豊かにするという目標のもと、弊社は2030年までに国内だけでも1万台のロボットを食産業の中で動かしていきます。
また、2024年からは本格的に海外に進出し、日本と同じ台数のロボットを各国に売っていこうと計画しています。2030年以降はエネルギー問題がより深刻化しますし、ロボットも普及して価格が下落するだろうと予想しています。その暁には、人が住んでいる地場でロボットを使った農業や多工業、サービス業、飲食業が誕生しているので、一次、二次、三次それぞれの産業を融合した「六次産業」に本格的に取り組みたいですね。例えば、地場でとれた野菜などの農産物(一次産業)を近くの工場が加工し(二次産業)、近くの飲食店が料理して(三次産業)お客さんが食べる時、どのステップでもロボットが協調して働き手の高齢化や後継者不足、重労働を解決する「食のエコシステム」を形成する。食産業が健全になれば人々の生活のボトムラインを支えることができるようになるので、ゆくゆくはロボットを使ったデータベースを元にパーソナライズされた健康的な食事を作りたいですね。
(執筆:佐野 桃木 写真:taisho 編集:Onlab事務局)