2024年02月27日
デジタルガレージが運営するアクセラレータープログラム「Open Network Lab Seed Accelerator(以下「Onlab」、読み「オンラボ」)」は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に2010年4月にスタートし、これまで数々のスタートアップを支援・育成してきました。
Onlab 第26期生でありbooost health株式会社(以下「booost health」、読み「ブーストヘルス」) 代表取締役の芳賀 彩花さんは、新卒で入社した大手外資系コンサルティングファームで多くのビジネスパーソンと働く中で、周囲から信頼を得る優秀な人材がバーンアウトし、突然会社に来なくなるケースを幾度となく目の当たりにします。症状が深刻化する前の介入がない実態を課題と考え、2022年にbooost healthを設立。芳賀さんに、事業を立ち上げた当時のエピソードやOnlabのプログラムで得た気づき、メンタルヘルステック企業として日本国内外でどのようなポジションを確立したいのかを伺いました。
< プロフィール >
booost health株式会社 Founder & CEO 芳賀 彩花
2012年、東京大学文学部社会心理学専修課程卒業。 2017年、IESE Business School MBA卒業。 マッキンゼー&カンパニーにて戦略策定、 オペレーション改善、企業変革に約8年従事。経営コンサルタントとしての経験を経て「日本の働く人々をもっと心身ともに健康にしたい」という課題意識からbooost healthを創業。
Contents
― booost health社の事業概要を教えてください。
私たちは企業向けにメンタルヘルステックのサービスを開発するスタートアップです。従業員のストレスケアや問題対処力の向上を支援するWeb上のメンタルケアアプリや、心理師や資格を持つコーチによる介入を行うサービス「BOOOST(ブースト)」を提供しています。未病予防と成長に特化し、デジタルツール ✕ 人のハイブリッドでセルフメンタルケアを支援する、新しい形のメンタルヘルスケアサービスです。
従来のメンタルヘルスケアサービスでは、彼らがメンタルの不調を訴えて初めてカウンセリングを行う「事後対応」が多かったんです。不調になってから産業医に繋げるのでは解決にならないし、未病(発病には至らないものの健康から離れつつある状態)に介入できないと考え、私たちは一般的なストレスチェックやカウンセリングとは異なり、従業員のメンタルヘルス不調の予防的介入を専門としています。また、不調防止にとどまらず、エンゲージメントやストレス対処力の向上に特化しているのも強みです。
― BOOOSTをご利用になっているお客様は、どのようなご状況の方が多いですか?
金融機関にWebアプリのベータ版を試験導入として2ヶ月間お使いいただいたところ、従業員のコンディションに約20%の改善が見られました。現在は未病予防の元気な方を対象にしているので、ほとんどの方は心身ともに健康な状態で働いています。ただ、お話をじっくり伺っていくと「プロジェクトで成果を出したいけれど、どうしたらいいんだろう」「職場の人間関係をどうやって上手くやればいいんだろう」と不安を感じている方、「実は仕事にやりがいを感じられない」と悩む部長職の方やシニアの方たちもいます。次のステップに進むために、モヤモヤした気持ちをどうしようかと苦悩している方が多いですね。
従業員では、若手の方はストレスを感じやすく、その対処法を知らない傾向があります。中堅の方は「もっと成長して出世したい」と意欲を持ちながらも上司や部下に挟まれてストレスを感じている方と、「特段の成長は望んでいない」とストレスをさほど感じていない方の二極化のパターンがあります。私たちは特に成長や更なる成果を出したいと挑戦するビジネスパーソンを支えることを目指しています。
― 芳賀さんがbooost health社を立ち上げるまでのご経歴をお聞かせください。
母が心療内科医として心身医療に携わっている影響を受け、小さい頃から「人の心はどう動くのか」に関心を持っていました。大学で社会心理学を学んだ後、新卒で外資系コンサルティングファームに入社し、途中で海外MBAの期間をはさんで計10年間在籍しました。コンサルタント時代、さまざまな企業のビジネスパーソンと働く機会に恵まれましたが、周囲から期待され、責任感を持って実績を積んできた方がメンタルの不調に陥ってしまったり、ある日突然来なくなってしまったりしていました。日本ではまだカウンセリングを受けることに馴染みがなく、そこまで深刻だとも思っていない傾向があります。
このようなメンタル不調やうつ病に対する具体的なケア、症状が深刻化する前の介入がない実態を課題だと考え、自分でサービスを立ち上げる決心をしました。コンサルティングファームの最後の半年間はメンタルヘルステックの市場を調査しながらどんなモデルで事業を立ち上げようかと模索し、退職後の1年間は業務委託をしながら事業設計や仲間集めに時間をかけ、2022年にbooost healthを設立しました。
― 芳賀さんがOnlabプログラムに参加した背景をお聞かせください。
事業の方向性を模索していた頃、弊社CTOがある書籍を読んで「アクセラレーターに参加したスタートアップとそうではないスタートアップでは、こんなに成功率が違う」と話しているのを聞き、アクセラレーター自体に興味を持ちました。また、Onlabの卒業生で副業事故防止サービスを提供するフクスケの代表小林さんや、長期滞在型ホテル「SECTION L」を運営するセクションLの代表北川さんから「Onlabプログラムは実践的な内容ばかりで非常に勉強になった」「あらゆる場面でプロの方が来て相談に乗ってくれた」「フルタイムで全面的にサポートしてくれた」と伺い、私たちの事業を後押ししていただけそうだと確信して応募しました。
― Onlabプログラムではどのような気づきを得られましたか?
特に駆け出しの私たちには、スタートアップ界隈の共通の認識やお作法に始まり、ファイナンスや人材採用、広報・PR、ストックオプションなど、事業の立ち上げに欠かせない数々のナレッジを得ました。自力で学ぶのは大変だけど起業家として知っておかなければならない分野や、ネットで検索しても出てこないノウハウもたくさん教わりました。
また、プログラム期間中にカカクコムの方にメンターになっていただいたことも強いですね。BtoBの顧客視点から忌憚のないフィードバックを頂けたことも大きな収穫でした。さらに、同じ第26期のスタートアップには、事業フェーズをだいぶ進めている方がいて、一番アーリーの私たちはじかにアドバイスを頂いたり、プログラムに取り組んでいる姿を間近で拝見したりしながら「事業が進むとこうなるんだ」と学びました。
― Onlabプログラムから得た学びで、事業やサービスに反映させたことはありますか?
Onlabプログラムに参加したばかりの頃、私たちのプロダクトはMVP(Minimum Viable Product。顧客に必要最小限の価値を提供できるプロダクト)で、パワーポイントを使ってテストを行っていましたが、次の事業フェーズではGoogleスプレッドシートにコーディングしてアプリのように挙動させるなど、10月のローンチまでかなり参考にさせていただきました。
何よりも、学びによって大きく方向転換をしたのはピッチです。メンタルヘルスはまだ日本では馴染みがなく、プロダクトも分かりやすいビジネスモデルではない。メンタルヘルスに関心を持っていただけたとしても「従業員が不調になった時に対処すればいい」と捉える企業が多いのが現状です。Demo Dayの本番のステージでいかに課題やBOOOSTの魅力、未病予防の重要性を分かりやすく伝えるのかを、カカクコムのメンターやOnlab事務局の方々にアドバイスを頂きながらピッチの完成度を高めていきました。
― メンタルヘルスに対し、日本の企業にはどのような課題があるとお考えですか。
メンタルヘルスケアサービスは数多く存在するものの、私たちが重要だと考えている未然予防にはまだ適切なソリューションがありません。「ストレスがあるのは分かったけれど、どうしよう」と先が見えないケースが見られ、根本的な対策に至っていないんです。また、アメリカのメンタルヘルスケアサービスは日本よりも何十年も進んでいて、最近でもメンタルヘルステックのスタートアップも続々と現れています。彼らはカウンセラーマッチングがメインで、ユーザーがプラットフォームに並んでいるカウンセラーから好きな人を選んでカウンセリングを受けられます。日本ではカウンセリングを受ける側も提供する側も市場が成熟していないのでアメリカのビジネスモデルのようにはいきません。いかに日本の従業員やエンドユーザーに受け入れられるサービスを作るのかが課題です。
― booost health社はこの傾向にどのようにアプローチしていますか?
昨今では、スポーツアスリートも身体を鍛えて技術を磨くだけでなく、メンタルコーチをつけてモチベーションをマネジメントし、競技力や練習の質を高め、本番でパフォーマンスを発揮していますよね。これは企業で働く方々にも当てはまると考えていて、従業員の能力や健康を高めるためにメンタルヘルスは重要な取り組みである旨をブランディングしています。また、そもそもBOOOSTは、認知行動療法という心理療法をもとに作られています。ユーザーの思考プロセスに焦点を当て、事実と考え・思い込みを分離し、バランスの取れた見方に変えていく段階をツールに落としてアルゴリズム化し、ネガティブでスピリチュアルなイメージを払拭することを心がけています。
― booost health社のメンバーについて伺います。現在、どのような方がジョインしていますか?
フルコミットではCTOと私と正社員の方、業務委託ではエンジニアやデザイナー、プロジェクトマネージャー、コーチとしてご参画いただいている方。加えて、アカデミアに向けてメンタルヘルステックの論文化や効果実証を進めている方がいます。
― さまざまな雇用形態や職種の方が集まっていますが、各自が組織でパフォーマンスを上げるためにどうしていますか?
2023年末にデジタルガレージのミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)の策定支援を受け、自社のMVVを作りました。メンタルヘルスは社会的課題があるもののすぐに儲かるものではないことから、1人1人の事業に対する思いや価値観を聞き、チームとして一緒に働けるかどうかを判断しています。業務委託の方には強制していないものの、オンボーディングの際にbooost healthが目指すことを明確にお伝えしていますね。また、全員に対しては、自分自身が真っ先に考えて最初に走り出すような主体性を持とうと握り合っています。
― 今後の採用計画として、どのようなポジションを募集していらっしゃいますか?
開発分野の強化に伴い、エンジニアのメンバーを増やしたいと考えています。BOOOSTではWebアプリを使いながらコーチと月に一度面談するんですね。完全にデジタルで実施していた時期もありましたが、ユーザーがすぐに飽きて退会したり、内容が浅くなったりした背景から「人の介入は不可避だ」と。コーチとの面談や、コーチから毎週届くメッセージでユーザーの満足度が高いので現在も継続していますが、テックカンパニーとしてはコーチの介入を自動化することを目下の課題としています。
― booost health社のこれからの事業戦略をお聞かせください。
まず、BtoBで未病予防が確立されるメンタルヘルスケアサービスを目指したいと考えています。ゆくゆくは上場企業のスタンダードのように「優良企業と言われているところでは従業員の未然予防ケアが入っている」という共通理解を構築していきたいし、それを牽引するサービスにしていきたいですね。さらに、アジアでは日本と似た考えや価値観を持っていると思っていて、儒教や仏教といった宗教や思考、文化の背景から、中国や東南アジアではメンタルヘルスケアがそう簡単には根付かないだろうと見ています。日本独自のメンタルヘルスケアサービスというポジションを得たら、アジア諸国に持っていきたいですね。アジア諸国でも日本と同じように「元気でも定期的にカウンセリングを受ける」というアメリカのような文化や習慣にはまだ柔軟に対応しきれてない傾向はあると思います。
― これからOnlabプログラムに応募しようと検討しているスタートアップに向けたメッセージをお願いします。
アクセラレーターに参加するかどうかでスタートアップの成功率が変わったというのはリアルに実感していますね。Onlab事務局にはフルタイムでサポートしてくださる方がたくさんいらっしゃって、ハードの面やスタートアップとして知っておくべき知識、また、教えていただけなかったらずっと知らないままであろう専門性の高い分野を学べました。3ヶ月という期間でマイルストーンが区切られていて「事業やサービスをこうしていきたいけれど、背中を押してほしい」を明確に持っているスタートアップには、その名のとおり「アクセラレーション」になることは間違いないので、ぜひ挑戦することをお勧めしたいです。
(執筆:佐野 桃木 写真・編集:Onlab事務局)