2024年04月26日
Seed Accelerator Program(シードアクセラレータープログラム)を運営するOpen Network Lab(以下「Onlab」、読み「オンラボ」)は、2024年4月16日、第28期Demo Dayを開催しました。採択された5社のスタートアップが多くの投資家や事業会社の皆様を前にPitchしています。Onlab卒業生の5社もAlumni Pitchに登壇し、現役時からの事業のアップデートを報告してくれました。本稿では各社のPitchを振り返りながら、第28期Demo Dayの受賞企業を紹介します。
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最優秀賞/Best Team Awardを受賞したのはverbal and dialogue(バーバル・アンド・ダイアログ)株式会社。経産省の出向起業等創出支援事業の採択を経て、写真を撮影するだけで完了するAI工事写真アプリ「Cheez(チーズ)」を開発しています。
プラント・建設業界は、工事に関連した写真の提出が法令で義務付けられています。その数は1工事現場あたり10,000枚にも及ぶのだとか。この工事写真の整理をアナログで対応すると、およそ90時間という膨大な時間がかかってしまいます。この作業をDXしていくのが「Cheez」です。
Cheezは工事現場で必要な写真を撮影するだけで、画像識別AIを用いて自動で工事写真台帳を作成できるサービス。なおCheezのAI写真システムは特許を取得しています。ある大企業の現場で3ヵ月間実証導入をしたところ、台帳を作成する時間は93%も削減されました。これは年間の人件費2880万円分に相当します。正式リリースは2024年5月の予定であるものの、事前の実証導入をした現場すべてから導入希望の声が届いており、問い合わせも数百社から来ているそうです。
Cheezの収益モデルは3つ。まずは工事案件ごとの課金。プラント業界はメンテナンス工事が法令で義務付けられているため、継続した収益も発生する見込みです。さらにプラント工事は法令で5年間のデータ保管義務が課されており、これに対しても課金をしていきます。また元請け・下請けを合わせたコミュニティ単位での導入が可能な点もCheezの魅力。verbal and dialogue社は工事写真DXを皮切りに、他業務や他業界、海外展開なども見据えます。
オーディエンス賞(観客による投票で選ばれる)を受賞したのは、慶應義塾大学医学部・理工学部からなるアカデミアチーム8ILLION (ビリオン)。開発するのは、脈を測るだけで軽度認知障害(MCI)を発見する仕組み「SENSUS(センサス)」です。
国内だけでも患者は約700万人、社会的コストは14.5兆円と、認知症は大きな社会課題となっています。認知機能はMCIという、いわゆる軽度認知障害と呼ばれる状態を経てゆっくりと進行しますが、実はこの進行を妨げる治療薬は既に開発済み。しかしながら、本人に自覚症状がない、検査は保険適応外で20万円程度のコストがかかる、一部の検査は痛みを伴うといった事情もあり、当該治療薬は普及していません。この課題を解決するのが、MCIの早期スクリーニングを実現するSENSUSです。
SENSUSは脈を測るだけでMCIを発見できるシステム。脈から脳波を推定し、MCIに特徴的な信号の有無を調べます。一般的なスマートウォッチを使うため検査費用が低く、自覚症状がなくても計測可能で、来院も不要です。これまで8%だった診断率を30%まで引き上げることを目標としています。査読付き論文や特許などの実績を活かして開発を進めており、現在約75%の精度を、1年以内に90%まで上げることを目指し目下開発中です。MCIだけでなく、神経系など早期スクリーニングが有用な他疾患への実用も見込んでいます。
クレイ・テクノロジーズ株式会社が開発するのは、スタートアップを対象としたグローバルにエンジニアを採用・管理するためのプラットフォーム「Qlay(クレイ)」です。
海外エンジニア採用の難しさは想像に難くありません。ソーシングに時間がかかり、候補者の見極めは難しく、かといってエージェントを使えば高額な手数料が必要になります。各国ごとに異なるコンプライアンスにも対応しなくてはなりません。これらの難題を一挙に解決するのがQlayです。
QlayはAIを用いて海外エンジニアをソーシングし、技術力・言語力のテストを実行。その結果に基づいた採用や適正判断も実施します。採用するスタートアップに代わって各国の社労士や弁護士と提携し、雇用後のアドミン業務も一括管理。Qlay自身が自らのサービスを使い、6ヵ月で9人のトップレベルの工科大学卒業生の採用に成功しました。Qlayの初期のターゲットはスタートアップですが、ゆくゆくはSMEやエンタープライズの大型案件を開拓していく算段です。
営業マンとして活躍していた株式会社MentaRest代表の飯野さんは、ある日突然メンタル不調に陥ってしまいました。その経験を活かして開発したサービスが「MentaRest(メンタレスト)」です。
国内では気分障害の患者数が年々増加。精神疾患における経済損失は11.2兆円と大きな社会課題となっています。企業にとっても、従業員の突然の休職や退職は大きなダメージになりかねません。多くの企業はメンタル問題を未然に予防したいと考え、ストレスチェックや1on1を実行する一方で、従業員は昇進や昇給、評価を気にしてしまい、本音を語るのが難しいというケースも少なくないようです。MentaRestはこのような課題に取り組みます。
MentaRestを使えば、ユーザーはメタバース空間の中で、アバター姿のまま、匿名でカウンセリングを受けられます。ビデオチャットよりもメタバースにおけるアバター姿の方が自己開示スコアが140%高まったという研究結果もあるようで、この仕組みの有用性がうかがえます。MentaRestの特徴は一般的なカウンセリングと異なり、特に不調を感じていない方の利用を促進し、パーソナルトレーニング的に使っていただくことができる点。特別な機材は不要で、PCやスマートフォンから利用が可能です。既に導入されている企業・利用者からは高い評価を得ています。
MentaRestは今後、ハードルの低さとエンタメ性の高さを活かし予防領域×企業向けという独自のポジションを取り、メンタル不調の方へのサービス提供に加え、研修プログラムの提供やメタバース空間ならではのAIを実装したキャラクターを使った24時間対応の仕組みを構築していく予定です。
チャットアプリ統合型NFTツール「キリフダ」を開発するのはsynschismo(シンシズモ)株式会社です。
ブロックチェーン技術を使ってユーザーのあらゆる体験をオンチェーン(ブロックチェーン上で行われる取引や処理)に刻み資産化することで、企業とユーザーの双方に新しい価値を提供。企業には自社ブランドの世界観を活かした販促マーケティングを、ユーザーには新しいプラットフォームコミュニティを実現します。
キリフダを使えば、誰でも簡単にNFTの発行が可能となります。設定に最低限必要なのはNFTの名前と画像だけ。発行したNFTのURLはLINEでユーザーに届けます。とはいえNFTの保有にはウォレットが不可欠であり、秘密鍵の管理、メッセージ機能の不存在、ウォレットが散在してしまうといった様々な課題に対し、LINEアカウントで一元管理することで解決します。
NFTを取得したユーザーは、自身の行動をブロックチェーンに記録できるように。これにより、従来はサブスクリプションサービスなどのアプリごとに分断されていたユーザーデータが、プラットフォームやアプリなどの各種サービスを横断して立体的に把握・分析することが可能になります。
synschismoのミッションは「誰もが愛を通じて、様々な選択肢を与えられる世界を作る」。プラットフォーム依存の現状から脱却し、ユーザー中心主義の世界へ移行を目指します。現在LINEで展開しているキリフダですが、今後はスマホやSNSにも拡張し、ユーザーデータのオンチェーン化を促進していく予定です。
Demo Day当日には、Onlabの卒業生5社がAlumni Pitchとして登場。卒業してからのアップデートを報告してくれました。
海外の大型イベントでは、ドローンショーをみる機会も増えてきました。そんななか国内でドローンショー広告サービスを展開するのが、Onlab 第25期採択の株式会社レッドクリフです。ドローンショーで使われる機体の国内最大数をレッドクリフが更新し続けています。
レッドクリフは全国の大型屋外イベントと既に複数年契約を締結し、Made in JAPANのアニメーションを世界に提供するというグローバル・マーケティングも手掛け始めました。ドローンショーを毎月定額で飛ばし放題のサブスクプランもリリースし、成長に拍車をかけています。
Onlab 第25期採択の株式会社セクションLが提供するのは、インバウンド観光客をターゲットとしたホテルチェーン「SECTION L」です。
コロナ禍以前、インバウンド観光客の宿泊期間は長期化傾向にありました。この機を捉えセクションLは長期滞在型の高価格帯のサービスアパートメントを手掛けます。ホームライクなホテル空間づくりとして、すべての部屋にキッチンや洗濯機を配置し、また北欧の高級家具ブランドなどを取り入れ、ホテルの非日常感を演出。ホテルアセットを直接保有せず、人材やホテル運営ノウハウ、ブランドを機関投資家に提供するビジネスモデルを採用し、コロナ禍にはホテル運営効率化SaaSの開発も進めました。
SECTION Lでは、ゲスト同士が交流できるコミュニティイベントも開催。ゲスト同士がお土産を交換し、お互いの疑問を解決する様子も珍しくないそうです。このような運営が、ゲストの長期滞在を促します。2027年には、自社運営の飲食施設や自社開発のアプリを通してゲスト同士が交流できる「SECTION L Flagship(仮称)」の開設も決定。観光GDPの底上げに寄与していきます。
Onlab 第26期採択の株式会社Alpaca.Lab(アルパカラボ)が運営するのは運転代行アプリ「AIRCLE(エアクル)」。ユーザーが現在地と目的地を入力するだけで、最適なドライバーとマッチングできるサービスです。
同社によれば、配車代行において配車を確定するまでの時間は5分、待ち時間は60分もかかるそう。しかしAIRCLEを使えば、それぞれ30秒、9分にまで短縮。ドライバーにとっても、適正料金の提示、審査基準の明確化、過度な価格競争からの脱却などのメリットがあるサービスとなっています。
AIRCLEのビジネスモデルは売上に対する手数料。現在は地方行政やテレビ局と提携しながら拡大を図っています。またAlpaca.Labはグレーゾーン解消制度を利用して、普通運転免許で他人の車を運転し収益を得たり、小型EVでユーザーに駆けつける仕組み「AIRCLE ONE」も構築。「商業ドライバーの民主化」に拍車をかけます。
Onlab HOKKAIDO 第4期採択の株式会社komham(コムハム)が提供するのは、同社が開発した生ごみを高速分解する能力を持つ微生物群「コムハム」と、それを使った「スマートコンポスト」です。
一般的なコンポストは、生ゴミの約50%が堆肥として残り、処理には数週間が必要です。コムハムの「スマートコンポスト」なら堆肥は最小2%、1〜3日程度の時間しかかからず、ソーラー発電による自動駆動、廃液発生なし、生ごみ投入量・温室効果ガス排出量の計測・管理が可能といった特徴も備えています。コムハムとスマートコンポストなら、CO2排出量が実質ゼロになるのも、利用者には嬉しいポイントです。
スマートコンポストは現在量産化を進めている最中で、今春に納品開始予定。まずは小中規模事業者へ導入し、その後大規模事業者の既存プラントへのコムハム添加を目指しています。国内1.5兆円、海外5000億ドル(77兆円)という巨大な生ゴミ処理市場に攻勢をかけ、世界中で持続可能な分散型の生ごみ処理インフラを構築していく算段です。
Onlab 第26期採択の株式会社Spatial Pleasure(スペイシャルプレジャー)は、交通領域のカーボンクレジットを進めるスタートアップです。カーボンクレジット事業に取り組む企業が自然領域に集中する中、同社は交通領域でのカーボンクレジットに取り組み、市場の覇権を狙います。
交通領域のカーボンクレジットの方法論がこれまで全くなかったわけではありません。しかし既存の方法は京都議定書時代に考案されたもので、アナログなアンケートや写真の利用など、データ利用がないことが前提となっているのです。Spatial Pleasureはアナログな交通領域のカーボンクレジット業務をDXしていき、同時に透明性も高めていきます。
具体的には、交通量や道路情報といった公開情報(または独自調査情報)と、GPSや車種情報といった事業者保有データを組み合わせ、炭素排出量を計算。クレジットのバイヤーとも連携しながら、カーボンクレジットの流通を図ります。
またSpatial Pleasureは国内だけではなく、インドネシアを中心とした東南アジアでも事業を展開中です。既にJakarta Smart CityとのMOUを締結したり、大手財閥と脱炭素化推進に関するパートナーシップ契約を提携し、GPSデータを使ってジャカルタの渋滞解消を進めてきました。「将来的には交通だけでなく、都市領域のカーボンクレジットも担っていきたい」と、Spatial Pleasure代表の鈴木さんは意気込みます。
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Onlab第28期のDemo Dayは、工事写真台帳アプリ「Cheez」を提供するverbal and dialogueの最優秀賞受賞で幕を閉じました。
また、前回に引き続きイベント運営におけるカーボンニュートラルを目指し、ESGの取り組みを行いました。国内初サステナブル紙パックウォーター「HAVARY’S」やAfter Partyでのリユース容器シェアリングサービス「Megloo(メグルー)」の採用など、持続可能な環境への配慮に取り組んでいます。
ご参加いただきましたスタートアップ各社、ご来場の皆さま、誠にありがとうございました。
(執筆:pilot boat 納富 隼平 編集:Onlab事務局)