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スタートアップのM&A成功に向けて知っておくべき7つのTIPs

スタートアップのM&A成功に向けて知っておくべき7つのTIPs

こんにちは。デジタルガレージ Open Network Lab(以下、Onlab)のファイナンス支援を担当している原大介です。Onlabでは、主にプレシードからシリーズA前後のスタートアップ向けに、財務戦略・資本政策に関するアドバイザリーを行っています。具体的には、各社の事業計画に基づく資本政策の立案・実行支援や、金融機関・専門家との連携サポートなどを提供しています。

私が支援する多くのスタートアップがそうであるように、アーリーステージのスタートアップ企業や起業家が直面している課題の一つが「資金調達が思うようにうまくいかない」ことです。

一方で近年、スタートアップのM&A(合併・買収)件数は年々増加傾向にあります(スピーダによれば、2023年127件に対して、2024年174件)。IPO(新規株式公開)を目指しながらも、M&Aを重要なイグジット戦略や成長手段の一つとして捉える企業が増えてきています。

本記事では、こうした潮流の中で、スタートアップがM&Aを戦略的に検討・実行する上で押さえておきたい7つの重要なポイントを解説します。

< プロフィール >
原 大介 株式会社デジタルガレージ Open Network Lab

2005年慶応大学卒業、公認会計士試験合格。2007年より新日本有限責任監査法人勤務。金融業や製造業等の様々な業務の監査に従事。2012年より2年間、アメリカ・シリコンバレーに出向、現地でアメリカ企業の上場を支援(3社)。2015年より、不動産ビッグデータを活用したコンサルティング会社および、ゴミを原料としたケミカルリサイクルを営む会社にてCFOを務める。エクイティのみならず、デットや助成金などの多様な資金調達手法に精通し、これまでの累積調達額は130億円を超える。現在は、Onlabにて、プレシードからシリーズA期のスタートアップを対象に、財務戦略・資本政策の立案・実行支援を担当。

1. 次の資金調達やIPOを諦めたら、M&A–ではない。

「IPOが難しいからM&Aを…」と考えるスタートアップからの相談は非常に多いのですが、IPOとM&Aはそもそも性質の異なるまったくの別物です。

例えば、バリュエーションの考え方ひとつを取っても違いがあります。IPOを目指す場合の資金調達では、IPO時の時価総額から逆算してバリュエーションを設定することが多いですが、M&Aでは、「投資額が何年で回収されるか」という視点で評価されることがあります。そのため、IPOを前提とした資金調達が上手くいかないからといって、M&Aに切り替えようとしてもスムーズに進まないことが多いです。

また、自分が買い手側に立って考えてみると分かりやすいかもしれません。事業が行き詰まっている状態=買い手にとっても魅力が薄い状態です。逆に、事業が伸びていて、次の資金調達も検討できる状態=買い手にとって魅力的な投資対象になります。

M&AはIPOに劣後するものではありませんし、逃げでもありません。あくまで、自社の価値を高める戦略の一つです。IPOに向けて突き進むのか、それともM&Aという道を選ぶのか。どちらかに決め打ちするのではなく、両方の選択肢を定期的に見直して、戦略的に意思決定していくことが重要です。

2. M&A成功にバックオフィスが不可欠な理由

2点目として、M&Aにおいては、軽視されがちなバックオフィス体制が非常に重要になります。スタートアップの買収先の多くは上場企業であり、買収後はその子会社として、上場企業が守っているルールを遵守する必要があるからです。

例えば、M&A(合併 買収)後は以下のような対応が求められます:

  • 決算は月次で締まっていますか?
    決算日後45日以内の決算短信公表(いわゆる45日開示ルール)に対応できる決算体制は整っていますか。月次の締めに2ヶ月かかる、年次にまとめて処理しているような状態ではそもそも買収の対象外となる可能性があります。
  • 予算と実績にズレはありませんか?
    予実管理も極めて重要です。上場企業は翌期の予算を開示し、売上高や利益に10%以上の増減など大きな変動があった場合には速やかに修正することが求められています。買収後のスタートアップも、上場企業の子会社として、きちんと数字が読める状態であることが必要です。
  • 労務管理と契約書は適切に管理されていますか?
    36協定や就業規則、各種契約書、さらに勤怠管理まで──基本的な労務管理の整備が求められます。これらが適切に結ばれていなかったり、管理が曖昧であったりすると、買収後の統合で思わぬトラブルを招くことがあります。

M&Aは、ある意味で「早期IPO」と似た側面があります。ただし、IPOでは上場に向けて厳格な基準を事前に満たす必要がありますが、M&Aの場合には異なり、上場企業グループにジョインした後、ルールを守れればよいという理解です。例えば、上場企業になるには取締役が3名必要ですが、M&Aで買収される場合は取締役は1人でも問題ありません。そうした意味で「早期プチIPO」と表現する方がより的を射ているかもしれません。

3. 資金調達同様、“買い手”をよく知ることが大事

先日、M&Aで会社を売却した起業家にインタビューしたのですが、印象的だったのは相手企業のことを徹底的に調べていた点でした。「そんな情報、どうやって調べるの?」と疑問に思う方もいるかもしれませんが、例えば、買収する側が上場企業であれば、IR資料の中で「どのような事業の企業を買収したいか」といった方針が記載されていることもあります。さらに、買い手候補企業のPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)の状況も確認できれば、

  • キャッシュリッチな会社だからM&Aの対価は現金で交渉できそうだな
  • 過去の売上の推移を見ると売上が頭打ち傾向にあるため、売上高の増加が重要なのかも

といった推測ができます。

実際の買収プロセスは案件により異なりますが、概ね以下のような流れです

  1. M&Aプラットフォームに登録(登録せずに直接交渉発生する場合もある)
  2. 買い手候補先との初回面談
  3. 買い手候補先からの意向表明(LOI)
  4. デューデリジェンス(DD)実施
  5. 契約書の調整・交渉
  6. 契約締結

自社のステージや状態によって、M&Aの各段階で注意すべき点が異なります。M&Aに関する情報は、YouTubeやポッドキャストにも多く存在するため、M&Aの実務や成功事例を学ぶために、積極的に情報収集してみるのもよいかもしれません。

4. M&Aを成功に導くには「時間に余裕」がカギ

エクイティ資金調達と同様に、M&Aにおいても「時間に余裕があること」が成功のカギとなります。時間も余裕もないと、買い手に足元見られ、不利な立場で交渉を進めることになりかねません。逆に、スケジュールにゆとりがあれば、冷静に状況を見極めながら、強気に交渉を進めることができます。

例えば、M&AかIPOに向けた資金調達かをどちらも選択肢として持てるスタートアップであれば、まずはM&Aの交渉に数ヶ月かかけて相手の反応を見ながら、IPOにシフトする判断もできるかもしれません。複数の選択肢を、現実的に比較・検討できる状況を作るためにも、時間的な余裕を持って動くことは大切です。

5. M&Aは最適解?自社の成長戦略を客観的に見極めよう

起業家は自身のスタートアップに強い思い入れを持つものですが、客観的な視点を持つことが大切です。例えば、日本のグロース市場におけるIPO初値時の上場時価総額は近年下落傾向にあり、IPO直前の資金調達ラウンドと比べて、大きなダウンラウンドになる事例も増えています。

他社事例を見てみましょう。同業他社がPSR(株価売上高倍率)3倍で評価されているのに、自社がPSR10倍で評価されると考える根拠は何でしょうか?(このロジックはPER(株価収益率)でも同様です。つまり、IPOが正解とは限らないということです。自社にとって「IPOが本当に最善か?最適な成長戦略は何か?」を定期的に自問自答してみましょう。

具体的な事例として、営業利益5,000万円ほどまでは見えているが、それ以降は成長が見通しにくい状況で、IPO準備を進めるべきかどうかの相談を受けたことがあります。その際には、IPOのメリットを説明するとともに、IPO準備には予想以上にコストや手間がかかる(社外取締役・監査役(会)の設置、監査法人・証券会社の契約など)と伝えました。その結果、彼はIPOをいったん諦め、リソースを自社の成長に集中することを決めました。最終的には、上場企業にM&Aされ、Exitを迎えました。

あらゆる選択肢を視野に入れながら、自社にとって最善の道を探りましょう。

6. M&A後のキャリアをどう描く?自分の将来像も考えよう

M&Aを検討する際には、会社という組織だけでなく、そこに関わる役員・従業員、そして創業者である自分自身のキャリアについても考える必要があります。役員・従業員は、M&A後に必ずしも退職するわけではありません。以前と変わらず働き続けることがあります。株主構成が変わり、親会社ができたり、CEOが交代したとしても、何よりもそのサービスが好きで、会社のビジョンや社内文化に共感して働いている人も多く存在するからです。

そして、創業者としても自身がどうしたいのか考えてみましょう。例えば、自社のサービスをさらにスケールさせたいという考え方であれば、M&A後も子会社の社長として事業を継続していくという道もあります。実際、日本の大企業に、買収されたスタートアップ企業の社長が、後に親会社の経営層として活躍する例も見られます。

また、子会社として存続し成長した先には「スイングバイIPO」のように、上場を目指すという道もあります。ただし、東京証券取引所(東証)は親子会社上場に慎重な姿勢があるため、実現には一定のハードルがあることを念頭に置いておきましょう。

一方で、このタイミングを「一区切り」と捉え、これを機会に違うことにチャレンジしたい、あるいは上場企業の子会社でモニタリングを受けるのが性に合わないという人もいます。これは良い・悪いではなく、あなたのスタイルに合っているかという話です。このような場合には、M&Aの交渉段階で、自分が退くことを選択肢に入れて交渉に臨み、後任の育成や引継にも責任をもって積極的に対応すべきでしょう。

よく「エクイティ調達は後戻りがきかない」と言われますが、M&Aも同様です。一度実行されれば、なかったことにはできません。その上で、契約前の段階で、M&A後の自身の役割や、キャリアプランを検討しましょう。

7. 葛藤があって当然。だからこそ考え抜く

資本政策に正解がないように、M&Aにも正解はありません。IPOを目指すためのエクイティ調達と、M&Aによるイグジットのどちらがいいのかも一概には言えません。

M&Aを選んだ場合には「IPOにしておけばよかった」と思うこともあるでしょうし、反対に、IPOを選んだ場合には「あの時M&Aしていれば」と、どちらの選択をしても「本当にこれで良かったのか」という葛藤は必ずあります。

でも、その迷いや葛藤も含めて、M&Aのプロセスの一部だと私は思います。少し変な言い方かもしれませんが、一生懸命悩んでください。本気で悩むことに意味があります。そして、悩んだ時には、一人で抱え込まず、M&Aを経験した先輩起業家や、専門家に相談することも有効です。

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最後に、M&Aには「正解」はありません。でも、決断は必ず自分で下す必要があります。そんな時、あなたを支えてくれるのは同じように悩み、挑戦している起業家の仲間だったりします。中には、実際にM&A経験者もいるはずです。

私たちOnlab運営チームでも、スタートアップ起業家向けに無料の事業相談会(Open Office Hour)を実施しており、M&Aや資本政策、経営戦略に関するご相談をいつでも受け付けています。また、M&Aの実体験を持つ起業家の声や、法務・契約上の注意点共有など、スタートアップ経営に役立つ勉強会やイベントも開催しています。
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(執筆:原 大介 編集:Onlab編集部)

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