2024年05月22日
Open Network Lab (以下、Onlab)は、日本初のアクセラレーターとして、2010年4月にスタートし、数々のスタートアップをサポートし、これまでにgiftee、FRIL、WIHLL、SmartHRといった、成長し続けるスタートアップを輩出してきました。そんなアクセラレータープログラムを運営する我々が多くの投資先を支援する中で、間違った認識が多いのが、投資家から出資を受ける際のプロセスです。そこで今回は「スタートアップのためのファイナンス基礎」として、Onlab投資先の複数社の顧問もされている法律事務所ネクシードの永井弁護士に解説いただきました。
< プロフィール >
法律事務所ネクシード 代表弁護士 永井 公成(Masashige Nagai)
早稲田大学大学院法務研究科修了後、司法試験に合格し、2010年に弁護士登録。法律事務所オーセンス入所後、株式会社デジタルガレージ及び弁護士ドットコム株式会社に出向し、エクイティ資金調達やM&A及びIPOの現場経験を積む。その後、城山タワー法律事務所での企業法務執務経験を経て、2018年に法律事務所ネクシードを設立、代表弁護士に就任。バルミューダ株式会社及びフォーバル・リアルストレート株主総会の社外取締役並びにベースフード株式会社の社外監査役を現任。スタートアップ企業の支援を中心に、企業への法務支援を積極的に行っている。
― 永井先生、本日はよろしくお願いします。まずは資金調達の方法とはどのようなものがあるのでしょうか?
資金調達の方法は、大きく分けて2つあります。一つは、①銀行等の金融機関から融資を受ける方法(デットファイナンス)。もう一つは、②投資家から出資を受ける方法(エクイティファイナンス)です。
①と②の大きな違いは、会社又は経営者が返済を行う必要があるかどうかです。
銀行等から融資を受ける場合には、得られる金員はあくまで借入金ですから、当然返済を行う必要があります。他方、投資家から出資を受ける場合には、“投資”という性質上、原則として得られた金員を返済する必要はありません。
さらに②投資家から出資を受ける方法は、大きく分けて2つの方法で行われています。
一つは、経営者が保有する発行済み株式を第三者に譲渡して対価を得る「株式譲渡」による方法。もう一つは、新たに株式を発行して対価を得る「新株発行」による方法です。
― 株式譲渡と新株発行の違いはどこにあるのでしょうか?
これら2つの出資を受ける方法には、得られる対価が誰のポケットに入るか(誰の資産になるか)、という大きな違いがあります。
「株式譲渡」による方法は、経営者が保有する株式を譲渡するため、その対価は経営者自身に入ります。他方、「新株発行」による方法は、会社が新しい株を発行するため、その対価は会社に入ります。
投資家としては出資する金銭を会社の事業に役立ててほしいと考えて出資することが多いため、新株発行の方法が用いられることが多いです。以下では、出資を受ける方法による資金調達の方法として広く用いられている「新株発行」について、これから詳しく見ていきましょう。
―「新株発行」で出資を受ける際のプロセスについて教えてください。
「新株発行」により資金調達を行う場合、会社は対外的な対応と内部的な対応を並行して進めていく必要があります。
対外的な対応としては、まず①投資家と投資条件について交渉を行い、次に②交渉結果に従った投資契約書(株式引受契約書及び株主間契約書等)の作成及び締結を行い、最後に③会社は投資家から出資金の払込みを受け、同時に投資家に対して株式を付与するというプロセスを経ることになります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
まず、会社は、①投資家と投資条件について交渉を行います。
一人の投資家から投資を受ける場合には、当該投資家との間で投資条件を検討すれば足りますが、複数の投資家から同時に出資を受けることも多くあります。その場合、会社は、投資条件の全体を仕切る投資家(「リードインベスター」といいます。※通常一番投資額の大きい投資家がリードインベスターになることが多いです。)と出資を受ける会社との間で投資条件(具体的には出資金額、発行株式数等)を決定し、他の投資家(「フォローインベスター」といいます。)がこの交渉結果の条件に乗る形で投資条件を決定していきます。なお、交渉の際には、会社側又は投資家側が契約条件を項目別に箇条書きのような形でまとめた表(「タームシート」と呼ばれます)を予め作成しておき、タームシートに基づき交渉を進める場合もあります。
― タームシートは、契約書にする前段階で主要な条件を整理したものということですね。
はい。ステージによっても異なりますが、シリーズA以降の投資交渉ではリードインベスターから投資の主要な条件をまとめた「タームシート」が提示され、タームシートのやりとりを通じた交渉で重要な点をおおむね合意した後で、契約書のドラフトが提示されるという段取りが行われています。次に、対外的な対応として、②交渉結果に従った投資契約書(株式引受契約書及び株主間契約書)の作成及び締結を行います。
投資契約書には、「株式引受契約書」と呼ばれる契約書と「株主間契約書」と呼ばれる契約書の2つを用意することが一般的です(二つの契約書の内容を「投資契約書」等の名称で一つの契約書にまとめることもあります)。投資家の希望を踏まえ、分配合意書を作成することもあります。これらの契約書を作成するうえでのポイントについては、後程説明いたします。
最後に、③会社は投資家から出資金の払込みを受け、同時に投資家に対して株式を付与して資金調達が完了します。
投資家は、投資契約の内容に基づき、会社に対して出資金の払い込みを行い、それに対して会社は、投資家に対して新株を発行し、新たな株主として株主名簿に登録することになります。また、会社が株券を発行している会社であれば、投資家に対して株券も交付します。
― 発行会社(スタートアップ側)が社内で対応すべきプロセスを教えてください。
「新株発行」により資金調達を行う場合、会社はこれまで説明した対外的な対応とともに、内部的な対応を並行して進めていく必要があります。
株式会社が新株を発行する方法として、第三者割当、株主割当、公募発行という3つの方法がありますが、この方法の違いは、“株式を誰に対して発行するか”という違いになります。株式の譲渡制限のある非公開会社の場合、ほとんどのケースが第三者割当という方法を採りますので、ここでは第三者割当について説明します。
第三者割当とは、特定の第三者に対して株式の割り当てを行う新株発行(増資)の方法をいいます。
会社が第三者割当による増資を行う場合、株主総会の特別決議(過半数の株式を有する株主が出席し、その3分の2以上の株式を有する株主の賛成を得ること)を経る必要があります(会社法第199条第1項、第309条第2項第5号)。なお、株主総会の特別決議において、「募集株式数の上限」及び「払込金額の下限」を定めたうえで、募集事項(株式募集に当たって定めなければならない条件)の決定を取締役会(取締役会非設置会社の場合は代表取締役等)に委任することもできます(会社法第200条第1項)。
ここでポイントとなるのは、株主総会の決議は必ず投資契約書の締結日以前にすることです。投資契約の締結を急ぐあまり、株主総会の決議を忘れてしまったり、契約締結日よりも後になってしまうことのないよう、十分注意しましょう。なお、株主総会の決議日と投資契約書の締結日は同日でも問題ないので、混乱してしまいそうであれば同日にしてしまうという対応も一案です。
― 臨時総会での社内決議も会社法に基づいた重要なタスクですね。
第三者割当行う場合、会社は、投資家に対して、募集事項等を通知し、それに対し投資家は氏名や引き受けようとする株式数等を記載した書面を会社に交付して申込みを行います(会社法第203条第1項、第2項)。
会社は、割当ての内容を決定し、払込期日の前日までに、投資家に対して通知をします(会社法第204条第1項、第3項)。最後に、投資家は、割り当てられた株式数に従い、期日までに払い込みを行うという流れになります。
この際、特定の投資家(複数名でも可能です)が第三者割当株式の発行によって新たに発行される株式の全部を引き受ける場合には、会社はこれら投資家との間において「総数引受契約書」を締結することで、上記の申込みや割当て通知等の手続きを省略することができるためこの形式が採られることもあります(会社法第205条第1項)。ただし、総数引受契約書を用いた資金調達を行う場合には、期限内に払込を行えなかった投資家が1名でも出てしまった場合、全員分の手続きがやり直しになってしまうリスクがあるので要注意となります。
なお、新株発行を行った場合は会社は払込期日から2週間以内に、発行済株式数や資本金増額等の変更登記を行う必要がありますので忘れずに対応をしてください(会社法第915条第1項)。
― 各投資会社によって投資プロセスや着金までの手続きは様々ですが、投資後の変更登記も忘れがちなので重要ですね。ありがとうございました。
(編集:Onlab事務局)