2020年05月20日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。2020年で10周年となるOnlabは、今までに数々のスタートアップをサポートしています。
そんな中、2019年7月から約3ヵ月間に渡って開催されたOnlab第19期に参加し、同年10月に行われたデモデイで、会場の参加者が選ぶ「オーディエンス賞」に選出されたのが、株式会社プレカル(以下「プレカル」)です。
プレカルが運営しているprecal(プレカル)は、薬局最大の事務作業である「処方箋入力」を効率化するサービスです。薬剤師による手作業で行われている処方箋入力を代行し、薬局事務業務の負担を軽減します。プレカルの代表である大須賀 善揮さんは、薬局や大学病院での勤務経験を持つ薬剤師。自身の経験からprecalのサービスを構想し、事業化に結びつけています。
起業のきっかけやプレカルのサービス内容や課題の詳細、今後の展開について、プレカル代表取締役の大須賀 善揮さんにオンラインでインタビューしました。
※以下「プレカル」は会社、「precal」はサービスを表すものとします。
― 大須賀さんの経歴について教えて下さい。
大須賀:私は大学を卒業後に薬局に勤務してました。大学病院やドラッグストアで薬剤師として働く傍らもともと趣味でやっていたプログラミング開発を活かして、薬局内のシステム開発などを担当していました。これは今となっては貴重な経験だったのですが、たまたまそのチェーン薬局にシス テムに詳しい人がいなかったこともあって、自分がそのシステム設計をさせていただいていたんです。その後友人と起業して薬局を経営していた時も、薬局内のWebシステムは自分たちで作りながら薬局運営をしていました。
― その中でどのようにプレカルの課題をみつけたのでしょうか?
大須賀:実はOnlabに応募した当時は、現在のprecalとは別のサービスを考えていました。toC向けのサービスで、薬局って同じ薬の処方してもらったとしても薬局毎に値段が異なるのですが、その値段の差を比較して提供するサービスを考えていました。ただ、その課題はユーザーにとってナイストゥーハブ(あったらいいサービス)であってペインではなく、ビジネスとしても誰がお金を払うのかが成立しないと気づいたのです。その後Onlabでメンタリングを受けていくうちにより深い課題を発見し、現サービスへとピボットに至りました。
― プレカルのアイデアに行き着くまではどのような変化があったのでしょうか?
大須賀:自分としてはとても意外だったのですが、Onlabはリーンスタートアップの思想で事業を進めていくので、ピボットすることに寛容でした。長年のアイデアや取り組みはじめていたとしてもピボットしていいんだ…と。もともと薬剤師だったのでそういうビジネスのフレームワークや事業の進め方の知識がありませんでした。そういう面でも事業における判断や決断の気づきをいただけて、自分の中のやり方に固執せず、様々な課題を模索するようになりました。
― 実際にプレカルの課題はどのように見つけていったのですか?
大須賀:振り返ってみたら、プレカルは7個目のアイデアでした。薬局経営をしている中で薬局内の課題は何かしらあるとは考えていましたが、一口に「薬局」と言っても、個人薬局とドラッグストアの薬局では、セグメントが違うので、課題も違かったのです。最初は個人薬局ばかりに話を聞いていたから、現在の課題に辿り着くのに時間がかかってしまいました。
大須賀:我々は体調を崩したり、怪我をすると病院に行きます。病院では処方箋を渡され、それを携え向かうのが薬局です。薬局では薬剤師が薬を出してくれるわけですが、薬剤師がどんなふうに仕事をしているか、覗いたことがある方も多いのではないでしょうか。薬局内の業務フローは大きく、処方箋の入力、薬の準備、薬の受け渡し、薬歴の確認と続いています。
大須賀:「処方箋の入力」は本来事務員が行ってもいいのですが、ドラッグチェーンストア等にある薬局にはそもそも事務スタッフがいないため、薬剤師が対応することも少なくありません。年間で8.4億枚も発行されている処方箋入力にかかっている時間は、1店舗あたり1日約4時間にも及びます。つまり薬剤師は1日に計4時間も、「対応しなくてもいい業務」に時間を費やしているんです。
本来使わなくてもいいはずのことに、薬剤師が時間を使ってしまっているという課題。これを解決するために登場するのがprecal。「薬局最大の事務作業」である処方箋入力をなくすための、遠隔入力代行サービスです。
precalはいわゆるOCR(Optical Character Recognition、紙等に印刷された文字を電子データに読み換える技術)を元にしたサービス。ここで疑問が生じる方もいるでしょう。そもそも処方箋には薬の種類や必要量等、限られた情報しかないはず。OCR技術が発達した昨今では、わざわざプレカルという処方箋専門のOCRサービスが必要ないのではないか。その答えを知るためには、薬剤師をはじめとした一部の医療関係者しか知らない、処方箋の課題を知らなくてはなりません。
大須賀:処方箋内容のデータ入力には「処方項目の複雑さ」と「入力方法の複雑さ」があります。処方箋には薬の種類や量等と特定の項目が記載されているのですが、その入力項目は40以上もあり、また病院によっても処方箋の形式が異なります。そもそもなぜ処方箋の形式が統一されていないのかというと、病院毎に処方箋発行のためのシステムが異なるのはもちろん、同じシステムでも処方箋をカスタマイズできるから。処方箋枚数を抑えることを優先する病院がある一方で、見やすさを大事にする病院もあるため、様々な種類の処方箋が存在してしまっているのです。
大須賀:課題の2つ目は「入力方法の複雑さ」。これは病院側ではなく、薬局側のシステムの問題です。薬剤師は処方箋の情報をコードで入力しています。例えば「1101」は朝食後、「1102」は昼食後、「1111」は朝食前といった具合にコードが存在し、これをシステムに入力するのです。もちろん薬のことなので、間違いは許されません。しかもこのコードも統一されているわけではなく、薬局毎にコードが存在しています。このコードの存在が、処方箋内容のデータ入力を難しくしているのです。
以上のような理由から、処方箋入力に特化した「precal」の開発が必要なのだと大須賀さんは繰り返します。
precalの利用方法は、以下のようなステップとなっています。
まず患者から処方箋を受け取った薬局の薬剤師が、スキャナーに処方箋をセット。スキャンしてプレカルにデータを送信します。プレカルの事務員がデータを受け取り、高性能のOCRを用いながら正しくデータを入力。患者用・薬局用のデータをプレカルが薬局に送信します。その間最短数十秒。薬局側では受け取ったデータの内容をチェックし、印刷して患者さんに渡します。
precalは薬剤師の監修で現場目線な開発を実践したことによる、複雑な処方箋フォーマットへの対応と既に約20,000病院分の処方箋テンプレートが準備できており、様々な処方箋に対応できるという優位点があります。
現在日本では約6万の薬局があり、年間約8.4億枚もの処方箋が発行されているそうです。その内ドラッグストア系の薬局は約1万店舗。precalはが最初に狙うのはこの市場です。ここをprecalがすべておさえられれば、precalは単純計算で年間約1.4億枚分もの処方箋入力をなくせます。国内薬局の人件費で換算するとその額は推計1,100億円と、大きな市場です。
β版をリリースしたあとの問い合わせは、ドラッグストア以外からの問い合わせも想定以上に多く、実際には1.4億枚以上の処方箋入力をなくせる可能性も出てきました。precalが寄与する効率化の大きさが垣間見えます。
またprecalで薬局から受け取った処方箋データは、現在OCRを使いつつも、一部人の手を介しているそうです。しかし裏側ではAIを用いた自動化の開発もすすめており「将来的にはAIの改善を進め自動化を一層強化していきたい」と大須賀さんは語ります。
薬局、ひいては医療現場の課題は処方箋入力に留まりません。今後は他の分野にも手を広げていく構想を描いています。
大須賀:この後のビジネス展開については、例えばファクタリング等、色々とできることはあるかなと考えていますが、まだ模索している段階です。とはいえ私達は医療従事者なので、医療をより良くする方向にはしていきたいと思います。
医療業界には技術的には可能でも、まだシステム化ができていない部分が多いと聞きます。業界を熟知するプレカルだからこそ、新たな価値を創り上げられる部分も、大いにあるはずです。
「薬局最大の事務作業」である処方箋入力から、薬剤師を救うべく動きだしたプレカル。記事執筆時点ではまだβ版ですが、今後どんどん進化を遂げていくはずです。薬局関係で気になった方は、是非β版を触ってみてください。
< プロフィール >
株式会社プレカル 代表取締役 大須賀 善揮
北里大学薬学部を卒業後、薬剤師として薬局、ドラッグストア、大学病院に勤務。2017年1月に介護施設専門の調剤薬局を運営する株式会社pharbを独立起業。2019年7月からは株式会社プレカルを立ち上げ、薬局における処方箋入力の事務作業を効率化するサービス「precal」を開発・運営している。
(執筆・編集: Onlab事務局)
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