2020年09月23日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。2020年で10周年となるOnlabは、今までに数々のスタートアップをサポートしてきました。
今回は、営業向けに開発されたクラウドIP電話「pickupon ピクポン」で注目されている、Onlab第16期のpickupon株式会社の代表、小幡 洋一さんのお話です。電話営業やインサイドセールスで架電した内容を音声認識によってテキスト化し、それをCRM・SFAに自動入力することで現場の入力コストや情報共有コストの削減に寄与しています。
Onlabに参加したきっかけやプログラムから得られた経験等を、代表取締役の小幡さんにオンラインでインタビューしました。
― ピクポンのサービスについてお教えください。
ピクポンは営業に特化したクラウドIP電話です。ピクポンを使って電話するだけで、通話内容が自動でテキスト化され、どのようなやり取りがなされているのかを記録することができます。さらにその内容がSalesforceやSenses、HubSpotなどのCRM(顧客管理システム)・SFA(営業支援システム)や、Slackなどのチャットツールへ自動的に共有される仕様になっています。電話を使う現場から挙がった「やりとりを記録するのは手間がかかる」「正確な一次情報が共有できない」という課題を解決するサービスとして、2019年9月にリリースしました。
― 新型コロナウイルスでのリモート環境で、新たにどんなニーズがありましたか?
新型コロナウイルスの前までは、スタートアップのインサイドセールスチームを中心にピクポンを導入していただいていましたが、コロナ禍になってからは「在宅勤務になって会社の代表電話に出られない」というお客様に向けた、リモートワークで使えるツールとしての需要も増えてきています。2020年4月には、Plug and Play Japan株式会社による「新型コロナウイルスに立ち向かう100のスタートアップ」に選出され、在宅勤務を支援するスタートアップとして紹介いただきました。
― ピクポンを立ち上げるきっかけとなった小幡さんの経歴についてお教えください。
私はもともと、古くは写真や映画といった複製技術のような、人々がこれまで扱えなかった膨大な量や質の情報を可能にしてきたテクノロジーに興味があって、常にテクノロジーとは何か、情報技術とは何か、また、それらが人類へいかに影響を与えてきたかを考えてきました。近年の例では、Googleの検索エンジンの出現によって、それまでは人が一生をかけても読み切れなかったような膨大な量の情報を、誰でも一瞬でデータから取り出すことができるようになりました。
ピクポンを立ち上げる前、私はWEB制作会社に勤務していて、テクノロジーの可能性に挑戦しようと社内で新規事業を考え何度も稟議を通そうとしましたが、なかなか実現しませんでした。「これは時間がかかりそうだな…」と悩んでいたところ、Onlabのアクセラレータープログラムの存在を知って、これなら断然実現が早そうだ、とすぐ応募しました。
― Onlabプログラムはどんな印象でしたか?
最低限のサービスや機能を持った試作品を短期間で作り、顧客の反応を見ながら彼らが満足できるサービスを開発していくリーン・スタートアップの手法がプログラムの中に散りばめられていました。また、常にスタートアップとしてのスピード感を求められたことも印象的でしたね。ユーザーが持つ課題の仮説を検証するのに、「関係者を紹介してもらって質問したら、明日までには分かるでしょ」と。1日で仮説・検証ができるスピード感は、スタートアップで働いたことがなかった私には想像を超えるものでした。
― Onlabに採択された時のサービス内容はどの程度まで固まっていましたか?
Onlabに応募した当時は、Slackを可視化するサービスと、議事録を作成するサービスの2つを考えていました。参加してからは、音声認識の技術を使って、対面のミーティングを録音してデータ化することで議事録の作成コストと情報共有コストを減らす、という現在のサービスに近い構想に設定して、対象ユーザーや課題も変えていきました。
― 対象ユーザーのピボットを繰り返したのはどのような経緯からですか?
議事録を作成するサービスを考えていた時、現場で議事録を作る機会の多いWEBディレクターやプロジェクトマネージャーにインタビューしましたが、彼らのペインにそこまで深さがなかったので、「これが本当に課題なのか?」と懐疑的になり、一度ゼロベースで考え直しました。ユーザーの持つ課題の深さに確証が持てなかったからです。
その後、営業のコミュニケーションシーンでの情報共有に課題をもつユーザーに設定して検証しました。営業という職種は、電話口や口頭でのコミュニケーションが発生するのに、それを記録する作業はとてもつらく、時間もかかりついつい後回しになってしまうか、何も記録、共有されないこともしばしば起こります。結果、現場のマネージャーは、組織全体の営業活動を可視化してデータドリブンで意思決定ができませんし、トップセールスが辞めたら営業活動のナレッジが何も残っていなかったという事が日常的に起こっていたんです。問題は営業チームだけにとどまりません。
「営業」は事業にとっては顧客との接点、インターフェイスです。顧客に情報を伝え(出力)るし、顧客から情報を受け取り(入力)ます。基本的には透明であるべきです。どう伝えるかも重要ですが、顧客が何に、どう反応するかを事業全体に透明にフィードバックする事がとても重要です。業務システムの64%の機能は実は使われていないといった話があります。顧客の反応を正確に捉えられなければ、事業やプロダクトは無駄な機能やサービスを作ります。しかし透明なインターフェイスであるためには膨大な共有コストがかかります。
私は、その課題に確信を持ち、対面のミーティングを録音してデータを分析する解決策を考えましたが、録音されるユーザーの心理的ハードルが高いという点がクリアできず、「深い課題はあるが、ソリューションの実現可能性が低く、これは本当の課題ではないかもしれない…」と悩みました。
そんな試行錯誤を繰り返した結果、対象ユーザーを営業領域から少しカスタマーサクセス寄りに変えて、シーンを対面から電話に変えました。電話の録音であればユーザーの心理的ハードルは低くなる。それを扱いやすいデータにする。私が挑戦すべき領域はここだという結論に至って、OnlabのDemoDayに立ちました。
― ユーザーのペインを重視したサービスにこだわる理由をお教えください。
私自身がペインを感じやすいタイプで、業務でも日常生活でも、できるだけ無駄なことをしたくないからなんです。同時に、テクノロジーの進化が人々の生活を大きく変えて、より多くの情報を扱えるようになるという点にチャンスが眠っているとも直感していました。
対面のミーティングを録音してデータ化する案は、メンターから反対されましたが、「営業領域だったらどうだろう」「カスタマーサクセスの電話だったらどうだろう」と、さまざまな切り口を投げてくれたおかげで、自ずと様々な仮説案が出てきました。一緒にディスカッションに付き合ってくれたメンターは発想が豊かで、すでに答えがあったとしても、私にそれを引っ張り出させて、正しい方向に導いてくれたんでしょうね。
― ピクポンの事業の基盤ができた後、どのように進めていったのでしょうか?
Onlabプログラム後も3ヶ月で身についたRunning Leanの手法で、初期ユーザーにヒアリングをしながら顧客のリストアップを始めました。大手営業支援ツール提供企業の公式ページにアクセスして、「導入事例」に掲載されているお客様へアウトバウンドとして問い合わせしていったところ、コンバージョンが9%返ってきて、なかなか良い反応でした。
ピクポンに興味を持って話を聞いてくれたお客様には直接ヒアリングしに訪問して、「完成したら使ってください」と、トライアルユーザーとして先行申し込みをしていただきました。
― Onlabのプログラム印象に残ったアドバイスはありましたか?
やっぱり、ユーザーの深いペインをつかむことの重要性ですね。本を読めばユーザーの課題やペインを定量的に計測する試みやノウハウが書いてありますが、しかし、そこには罠があって、偽物のペインをつかんでしまうことがあるんです。例えば、こちらが「これに困っていますよね?」と尋ねると、ユーザーもそうだと答えますが、それがどれほどの深さかは、ユーザー自身も分からない。
Onlabでは、そんな実体験を元にしたユーザーの深いペインを見つけた時の事例を教えてくれました。「SmartHRの宮田さんがある課題をユーザーに尋ねると、突然、驚くくらいのペインを語り始めた」というのもその1つです。他にも、実際にユーザーの深いペインを見つけた仲間や卒業生と直接話す機会を通じて、浅いペインの罠に気づけたことが大きな収穫でした。
― ピクポンの現状課題と、今後、どんなサービスにしていくかを教えてください。
最終的なゴールは、営業領域の方々をサポートするだけのツールとして考えておらず、もうひと回り大きいスケールで考えています。現時点でのピクポンのコンセプトは、発話でやりとりした情報が録音されて、文字で記録されて、情報共有ができること。でも、それだけでは満足できないんです。例えば、電話や対面のミーティングをした時、音声で記録されてから文字でも入力されていて、これだけで二重のコストがかかっていますよね。
現在、音声データだけでは、いつ、どこで、誰が言っているかが特定できないし、録音されているので検索ができない。文字データだけでは、ワードを検索できるし構造化されているものの、誰かが議事録を作成した途端、データに主観が入って一次情報ではなくなってしまう。つまり、どちらも一長一短なんですよね。
ピクポンはそれらをブリッジさせ、いいとこ取りをした第三のメディア(媒体)を作って、人々が意識することすらなく、体験(発話)を記録し、その情報を自分の日常的に使っているワークスペースへ自在に共有できる、そんな世界を実現させます。それができると、少し詩的な表現になりますが人は「記憶」のようなものを自在に共有・追体験することができるようになる。まるで神話の世界ですね。
― これから起業しようと考えている方へアドバイスをお願いします。
起業して損することは、何一つ思い浮かばないですね。資金や人材の不足で悩む人に言うとすれば、死ぬことはありませんから。子供の頃、牧場を経営していた父が、飼育している牛が突然死んで数千万円の借金を作っても、後日すんなりと返済しているのを見て、折れなければどうとでもなると学びました。何とでもなります。
もちろん、起業は成果が出ない時もありますが、会社員を続けているよりも、自分の思い描く未来に向かって直進できる。プロダクトやユーザーからのフィードバックを通して「こんな課題があるんだ」「自分はこういう挑戦をしているんだ」と知る瞬間が楽しいですよ。
Onlabに参加して良かったこととして、優秀な起業家や業界のトップランナーとディスカッションする機会が圧倒的に増えました。Onlab生が集まるコワーキング施設のOpen Network Spaceに行くと、Exitした先輩起業家が普通に歩いているんです。声をかけると時間を作ってくれて、領域の違う話でも鋭いフィードバックをくれた経験も、貴重ですね。
私たちはOnlab生としては落第生で、なんとかで参加できた鎌倉の合宿でメンターにダメ出しをされながら、直前で「ピクポンもDemoDayの舞台に立つ」と決まったんです。でも、このギリギリで立てたDemoDayを経験して「諦めないって、得だな」と痛感しましたね。
スタートアップには「もうダメかもしれない」と頭をよぎることなんて、ザラにあります。そこで、あのような経験ができたのは本当に強い、良かったと思っています。あの時DemoDayに立てなければ、今の事業ドメインでやり抜けていたかな…と思います。今も道半ばですが、「やればできる」という強い意思で事業を進めていきます。
< プロフィール >
pickupon株式会社 代表取締役 小幡 洋一氏
情報科学芸術大学院大学(IAMAS)にて、HCI(Human-Computer Interaction)や、身体拡張、メディアアートなどを領域横断的に研究。修了後、WEB制作会社に入社。大学院時代からの友人CAMPAÑA ROJAS José MaríaとのプロジェクトがOnlab第16期プログラムに採択されたことを機に、2018年2月にpickupon株式会社を設立した。2019年にセールス向けに開発されたAIクラウド電話をリリースする。
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小幡さんにとってOnlabは知識だけではカバーできない様々な落とし穴を回避するための貴重な時間だったのではないでしょうか?またメンターや先輩起業家とのディスカッションを通じて、締切のある状態で自身を追い込みながら成果や結果を出す経験も、事業を進める上で価値ある経験になったのだと思います。そんなピクポンでは現在、営業領域の人材を募集中。小幡さんやピクポンの仲間と一緒に、人類の進化に寄与するテクノロジーに挑戦したいという方は是非、一度お話を聞いてみてください。
(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)
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