2021年01月29日
Open Network Lab(以下、Onlab)は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。Meet with Onlab gradsでは、過去10年間でプログラムに採択され、その後も活躍を続けるOnlab卒業生たちのリアルボイスをお届けします。
Onlab19期で最優秀賞に輝いた株式会社TRiCERA(以下「トライセラ」)。アートの越境ECである「TRiCERA.NET(以下「TRiCERA」)」を運営しています。海外に比べて国内の市場規模が小さいアート市場では、海外への販売もアーティストの生き残り戦略としては非常に重要です。その点TRiCERAは、アートの越境販売ができるプラットフォームで、プロモーションから販売までを代行してくれる、アーティストにとって便利なサービスです。
TRiCERA立ち上げにあたっては、創業者の井口さんがグローバル物流を担ってきた経験や、彼の人生における挫折が礎となっています。今回は井口さんに、TRiCERAのサービスや起業までの経緯、そしてOnlabで学んだことについてオンラインインタビューでお話を伺いました。
※以下、「トライセラ」は会社、「TRiCERA」はサービスを指すものとします。
< プロフィール >
株式会社TRiCERA 代表取締役社長 井口 泰
大学卒業後、老舗音響機器製造業に入社、アジアパシフィック統括本部にてキャリアをスタートする。ドイツ最大手医療機器メーカーに転職、医療機器の受発注に従事、プロジェクトリードとしてシステム導入に尽力する。2015年、世界最大手スポーツカンパニーに入社。2017年には日本の直営店舗サプライチェーンを統括するマネージャーとなり、グローバルプロジェクトに参画、日本国内においても複数の新規プロジェクトを立ち上げ実行する。2018年11月1日、株式会社TRiCERAを設立する。
トライセラが運営するのは、アートの越境ECである「TRiCERA.NET(以下「TRiCERA」)」です。このプラットフォームに国内外のアーティストは自身の作品を出品し、日本はもちろん、海外にいるコレクターが作品を購入できます。2021年1月時点で80カ国以上約2,500人のアーティストが参加しています。
TRiCERAはアート業界で言うところの「プライマリー(一次流通)」のサービス。ECの補完としてTRiCERA MUSEUMというギャラリーも運営しているので、アーティストは、従来に比べて幅広い販売機会を得られます。さらに、作品と購入者の出会いの場を広げるために作品解説やオウンドメディアなども運営しています。
井口:世界のアート市場は約7.5兆円。一方で国内は約3000億円の市場です。日本は圧倒的にアートのマーケットが小さいんですね。そのためトップアーティストはギャラリー経由で自身の作品を販売できますが、その他のアーティストは、これからECの活用が必須となります。
Amazonや楽天をはじめ、あらゆるものがECで販売される時代。当然アーティストもECでの販売を考えます。しかし自分でアートを、まして海外に販売するにはいくつかの課題があるのです。
まずは販売のための知識や経験の不足。そもそもアーティストとしては、広告やSNSに対応する時間があるくらいなら、作品に集中したいというのが本音かもしれません。また国内の市場から海外へ販売しよう思っても、多言語での作品説明や価格交渉が必要となります。購入者が海外ともなれば、国際物流や決済方法も課題となるでしょう。TRiCERAは、これらの問題をすべて解決してくれる仕組みとなっています。
井口:そもそも事業運営上「越境」という言葉を使っていますが、実を言うとこの言葉は全然好きじゃないんですよね(笑)。正確には「クロスボーダー」ではなく「ノーボーダー」だと思っています。越境ではなく、そもそも境なんてないということですね。
越境するしないというよりは、販売者と購入者がいて、それは各々1人の個じゃないですか。結局アートの販売という行為は、個人と個人の繋がりだと思っています。そのお手伝いをTRiCERAでしているんです。
TRiCERAでは、アルゼンチンのアーティストがドイツのお客さんに販売したり、アメリカからフランスに売れたりという事例は珍しくないといいます。そういう意味でTRiCERAは、越境というよりは、グローバルの個対個を実現できる世界観を描いています。
井口:そもそも国内より海外の方が向いているアーティストもいるんです。アートではないですが、たとえばこんまりさんは、日本よりもアメリカに活躍の場を移して大成功している。アートでも同じようなケースはあるはずだし、そういう事例をTRiCERAでたくさん作っていきたいんです。
アートのグローバルECを展開するTRiCERAですが、実際にアート商品のグローバル配送(例えば、梱包や税関手続き)が簡単ではないことは、想像に難くありません。しかも、国際物流の経験がある人材も少なく、物流ノウハウを未経験から補うのは大変だと井口さんは語ります。ではTRiCERAはどのように国際物流の仕組みを構築しているのでしょうか。何を隠そう、井口さん自身が国際物流の専門家だったのです。
井口:もともと私は、ナイキやシーメンスといったグローバル企業でサプライチェーンを担当していました。なので物流は得意分野なんです。アートの国際物流は非常に大変ですが、逆に言うと、グローバル物流ができるのは、TRiCERAの強みでもあります。
先程も直接アルゼンチンの税関に電話して、「この荷物どうなっているの」と交渉していたんですよ。税関は役所なので付き合い方というのがあります。こうやっていろいろな交渉ノウハウを駆使しながら、絶対税関を通すんです(笑)。
ナイキ等で国際物流の経験を積み、トライセラの起業に至った井口さん。しかしなぜ「アート」をビジネスの舞台として選んだのでしょうか。それを紐解くには、井口さんの14歳という若き日に触れなくてはなりません。以下の図は井口さんが作成した自分史なのですが、15歳のときにグラフがガクッと下がっているのがわかります。ここで本人曰く、ジェットコースター人生であるという、ある挫折を味わったといいます。
井口:私は11歳から14歳まで子役として活動していたんです。残念ながらお亡くなりになられた、大杉漣さんとNHK教育テレビの連ドラである回のダブル主演をしたりしていたんですね。ただ、芸事って本当に才能の世界なんです。ここで自分より圧倒的な才能がある子役を知って、挫折してしまいました。僕は芸事でしたが、アーティストも似た構造だと思っています。上位1%を、99%の屍が支える構造です。
圧倒的な才能の前に芸事を諦めた井口さん。しかし今度はプレイヤーではなく、アーティストが成功する手伝いをしたくなったと語ります。1%の才能ある人はもとより、本来は諦めなくてもいい、99%を支えることに、道を求めたのです。
芸事をしていた井口さんですが、なぜアートに行き着いたのか。その答えはナイキでの経験にあるそうです。
井口:ナイキはイノベーティブな会社で、今でも一番好きな会社です。当時、次世代幹部教育プロジェクトというのがあって、ナイキの本社があるポートランドで研修を受けていたんです。ポートランドはアートが盛んな町で、自然とアートの話も盛り上がりました。そうすると自然に日本のアートマーケットに思考が及びますよね。「なんで日本のアートマーケットはポートランドほど盛り上がっていないんだろう」って。「これはなんとかした方がいいんじゃないか」と。
そんなとき、ナイキ創業者のフィル・ナイトの誕生日会にたまたま行って、話をする機会がありました。「こういうことを考えているんだよね」って言ったら「Just do it!」…とはさすがに言われませんでしたが(笑)、それが独立のきっかけになったんです。
では具体的な事業はどうするか。井口さんは考えを深め、オークションなどのセカンダリー(二次流通)マーケットではなく、プライマリー(一次流通)にスタートの軸足を置くことを決めます。これも井口さんの原体験から導かれたことでした。
井口:アートが好きだったら、セカンダリーの仕事をしていたと思います。だってセカンダリーの方が、作品の質が高くて注目度も高いですからね。
僕はアートももちろん好きなのですが、一番大事にしたいのはアーティストだと思っています。これは先程お話した、自分の挫折経験から来ているんだと思いますが、結局人が好きなんですよね。だから応援したくなるんです。
役者やアーティスト、いわゆる表現者って起業家よりも大変なんですよ。だって、NHKに出演した僕が挫折するぐらいなんですから。それくらい大変な世界。それをお手伝いできたら嬉しいと思って、TRiCERAで勝負してみようと思いました。
TRiCERAはサービスローンチ直後から購入者が集まり、順調な成長を予感させました。しかし成長資金を得るための資金調達は難航。そんな中Onlabの存在を知ったと言います。
井口:資金調達をしていた時、いろんな方に連絡を取っていたんです。その中の一社がOnlabでした。ただ当時はDGI(現 DGベンチャーズ /編注:Onlab運営会社であるデジタルガレージのCVC)とOnlabの区別がついていなかったんですよね(笑)。それで担当の方から「Onlabはアクセラレータープログラムだよ」と教えていただきました。
実は当時トライセラは、別のアクセラレーションプログラムにも採択されていたんです。ただOnlabの説明を受けた感じだと、そちらとは全然違うなと。「へえ、Onlabって手厚く支援してくれんのや」と思ったのを覚えています。
資金調達活動をしている中で、戦略策定に不安を覚えていたこともありトライセラはOnlabへの応募を決め、その人柄とアーティストに対する思いで順調に選考は進み、2019年トライセラはOnlab19期への採択を決めたのです。
話が前後しますが、トライセラはプログラムが終わった後もOnlabからの支援を手厚く受けています。アクセラレータープログラム自体は3ヵ月間ですが、その後も望めば支援が続くのもOnlabの特長です。
井口:プログラム中もそうでしたが、卒業後の支援の方が、内容も濃く印象に残っています。プログラム後にメンターの方に資金調達や戦略策定を手伝っていただいて、もうとっくに卒業しているのに、支援が手厚くて助かっています。
とはいえ、もちろんプログラム期間中もいくつか重要な経験をしています。特にピッチについては思い入れがあるようです。
井口:PitchCAMPという鎌倉の合宿は大変でした。ひたすら事業についての言語化とピッチの練習をしましたね。シンプルに重要なことを伝える、文字情報を詰めすぎないでいらないものを削ぎ落とすの繰り返しでした。僕の場合、以前はイメージ的なスライドや単語の文字だけを載せて、口頭でカバーするようなピッチスタイルだったんですが、それだと相手の頭には残らないんです。どうしたら相手に理解してもらえるか、という点でストーリーを作るのは大変でしたが、学びが多かったです。結局、合宿は朝の6時まで徹夜して、とある同期のスタートアップのメンバーが僕のプレゼン資料を見かねて、手伝ってくれてたりもしましたね(笑)。ここで作った資料は、未だに投資家向けのプレゼン資料の基本になっています。
ピッチ資料も完成し、デモデイもそのまま迎えたのかと思いきや、そこにも一筋縄ではいかないストーリーがあったそうです。
井口:今だから笑って話せますが、デモデイの3日前にプレゼンの練習をしていて「そんなんじゃデモデイに出ても逆効果になるだけだから出さないよ」とメンターに言われた時には本当に怒りが湧きました(笑)。とは言ったものの、実際ピッチのスクリプトが頭の中に入っていなかったのも事実なんです。自分の練習の時の音声を録音して、車の中でずっと繰り返し聞いていたのを覚えています。
本番は自分でもかなりいいピッチができたのではないかと思っています。その時にふと思い出したんですが、子役時代も本番になるとすごい気持ち良くなっていい演技ができるなと。もちろん練習の甲斐があってですがプレゼンはなりきる演技に似ているのかもしれません。
資料も用意でき、ピッチもしっかりできたという井口さん率いるトライセラは、19期の最優秀賞に輝きます。元々資金調達先を探していたところ、たまたまOnlabを知ったトライセラ。プログラム中、そしてプログラムが終わった後も、自分から積極的にコミュニケーションを取り、Onlabメンターの支援を受けながら、成長を続けています。最後に、Onlabに参加した感想と、同じ起業家の方へのアドバイスをお聞きました。
井口:Onlabのアクセラレータープログラムは、トライセラにとってのターニングポイントとなりました。出会えた人たちとの関係は今でも貴重だし、プログラム後のフォローアップも含めて、事業に対しての解像度が上がっています。
Onlabの素晴らしいところは起業家に寄り添って、情熱や事業に対して常に100%協力してくれるところ。アートも事業も同じだと思いますが、やはり根本は人。そこにフルコミットで考えられる人がいるかどうかで会社やサービスは変わってくると思います。Onlabにはそういう人たちが集まっている。これがOnlabの一番大きな財産だと感じます。迷っている方は、まずはOnlabの門を叩いてみてはいかがでしょうか。
(執筆:pilot boat 納富 隼平 写真:taisho 編集:pilot boat、Onlab事務局)
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