2021年10月29日
Open Network Lab(以下、Onlab)は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。シリーズ「Road to Success Onlab grads」では、プログラムに採択され、その後も活躍を続けるOnlab卒業生たちのリアルボイスをお届けします。今回紹介するのは、バーチャルオフィスをはじめ様々な用途で利用される「oVice」のジョン・セーヒョンさんです。連続起業家であるジョンさんは、コロナ禍に閉じ込められたチュニジアで、リモートワークの不便さを実感。この課題を解決するためにoViceを創業しました。
バーチャルオフィスサービスとしては、既に日本だけでなく世界でも存在感を出しているoViceですが、その秘訣はユーザーが主体的に使うようなサービス設計にありそうです。リモートワークの課題、他社サービスとの差別化、oViceのサービス設計。ジョンさんに詳しく聞きました。
< プロフィール >
oVice株式会社 代表取締役 ジョン・セーヒョン
1991年生まれ、中学・高校とオーストラリアに留学後、韓国に帰国し、貿易仲介事業を起こす。2020年新たな技術を創造するための株式会社NIMARU TECHNOLOGY(現 oVice株式会社)を設立。コロナによってアフリカで足止めされたことをきっかけにoViceの開発を始めた。
― oViceの特徴や使い方について詳しく教えてください。
oViceはウェブ上で自分のアバターを自由に動かし、相手のアバターに近づくことで簡単に話しかけられる2次元のバーチャル空間です。2020年にサービスを開始し、主にバーチャルオフィスやオンラインイベント用途で利用されています。ユーザー企業の中にはバーチャル空間をつなぎ合わせて「バーチャル本社ビル」を作り、1,000人以上の社員が勤務している企業もあるなど、使い方は様々です。
oViceではまるで現実のオフィスにいるかのような体験を、オンラインで味わえるように追求しています。つまりoViceは、リアルな空間と同じようなユーザー体験を提供するバーチャル空間なのです。例えば、当たり前ですがリアルなオフィスでは、近くにいる方の声は大きく聞こえて、遠くにいる方の声は小さく聞こえますよね。それをoVice上でも再現しています。
oViceは名前の通りオフィスとして利用されるケースが多いのですが、他にもイベントや展示会はもちろん、自由に席替えできるオンライン飲み会、街コン、学会、大学の講義等色々な用途でご利用いただいています。先日oVice上でマジックショーが行われていたそうで、さすがにそれは驚きました(笑)。
また最近oViceの用途として推しているのは、食事会です。「oVice宴会」と呼んでいるのですが、oViceにみんなで集まって、レストランから配送された同じ食事を食べるんです。サシ飲みもグループ飲みもできるし、背景を変えることで、例えば○✕ゲームのような催しもできます。今までオフラインで内定式や懇親会、チームアップにやっていた飲み会と同じです。内定式後や忘年会等で使ってみてほしいですね。
― ビジネスモデルはどうなっているんですか?
メインはオフィスとしての月額利用料です。ただイベント等は単発でも有料で利用可能となっています。イベントでoViceを体験してもらって気に入り、その後オフィス利用してもらうパターンも多いですね。無料トライアルもできるので、是非使ってみて下さい!
― oViceはオフィスとしての利用が多いとなると、やはりスタートアップやIT企業の利用が多いのでしょうか。
むしろ製造や製薬といったレガシーな大企業が多いんです。イメージと違いますよね。レガシーな会社は立派なオフィスがあったこともあって、コロナ前はそもそもテレワークは積極的にしていませんでした。しかしそこに急にコロナ禍が来て、いきなりテレワークしなければならなくなった。もちろんZoom等のWeb会議システムも使っているのですが、どうしても慣れないので、やはり以前のようなオフィス体験を設けたい。そこでoViceに目をつけるといったケースが多いです。
他方のIT企業、いわゆるメガベンチャーのような会社は、以前からテレワーク等をしていることも多く、そもそもその仕組みがあったし、社員もその環境に慣れていた。最近でこそIT企業にもoViceを利用してもらう機会も増えましたが、オンラインでオフィス環境を作りたいという切迫したニーズはレガシーな企業が強かったみたいです。
― oViceをオフィスとして利用する場合、1日中繋ぎっぱなしという方が多いのでしょうか。
そうですね。ただ使い方は企業やチームによってまちまちです。「月曜日はoVice」「この時間はoViceに集合する」という会社もありますし「来たい時に来てね」という自由なチームもあります。ただ多いのは繋ぎっぱなしです。極端なところでは、勤務中はoViceに集合するのにほとんど会話しないチームがあります。わざわざお金を出しているのに不思議ですよね。なぜか聞いてみたら「なんか一緒にいる感覚がいい」んだそうです。
考えてみればリアルなオフィスもそうですよね。忙しいと会話しないときもあるし、いつも話しているわけではない。ただ、そこに人がいるし、いつでも声を掛けられる状態にある。oViceも同じです。oViceで提供している体験は、リアルな世界と変わらないんだと、改めて感じました。
― バーチャルオフィスの懸念点の一つは通信量ですが、どのような対策をしていますか?
仰るとおり、oViceを使ってPCの動作が遅くなり仕事に支障を来たしては本末転倒ですから、oViceにとって通信量の削減は最重要課題の一つです。アルゴリズムもこの考えをベースに構築しています。例えば、先程「近くの人の声は大きく聞こえて、遠くの声は聞こえない」という話をしましたが、これは通信上も同じです。つまり近くにいる人とは通信するけど、遠くの人とは通信しません。会話していない状態であればほぼ通信はしないですし、この状態ならこういう通信の仕方をする、というアルゴリズムで最適化しています。
― 現実と同じ空間を再現するのに、技術的な工夫が多そうです。
そうですね、細かい話を挙げたらキリがありません。ただやはり通信の安定性はトッププライオリティです。結局、oViceはコミュニケーションサービスなので、通信がダメでコミュニケーションがとれないならみんな離脱してしまいます。そのため現在はUXというよりは、通信の改善にリソースを割いている状況です。
― でもリモートワークを前提とすれば、家のWi-Fi環境等にも通信は左右されるんじゃないですか?
もちろんそうなのですが、oViceは最低3Mbps程度の速度さえあればなんとか使えます。この通信量の少なさこそ私がこだわっているポイントなんです。なぜかと言うと、oViceの開発を始めた当時私はチュニジアにいて、通信環境が全く良くなかったから、通信量を軽くせざるを得なかったんですね。またoViceは本社が石川県七尾市にあって私も近所に住んでいるのですが、周りが山や川ばっかりということもあって、こちらも通信環境が不安定だから、サービスの通信量は軽くする必要があるんです。
― なるほど、通信量が少ないなら通信環境が多少悪いところでも使いやすいですね。バーチャルオフィスサービスは他にもあると思いますが、他と比較してoViceの特長はありますか?
まず、国内ではoViceがシェアNo.1なのですが、この理由は今説明した通信の安定性です。加えて自由度の高さが人気で、もちろんセキュリティもしっかりしています。他のバーチャルオフィスサービスを見ていると、やはりoViceとの思想の違いが目に付きます。
例えばあるサービスは、従業員を監視するような機能を開発していました。カメラをオープンにしていないのに勝手にスクリーンショットを取られたりとか。私達はそれには大反対なんです。だってこんな機能があったら、従業員は使いたくなりますよね。コミュニケーションツールとしてのバーチャルオフィスなのに、コミュニケーションがなくなってしまうのはおかしい。そのためユーザーから監視機能の開発リクエストがあったとしても、「それは作らない」と突っぱねています。
― ユーザーが使いたくなるものを作ると。
はい。その思想は営業にも現れています。導入の際には「トップダウンでは導入しないで下さい」とお願いしているんです。必ずボトムアップで導入するように、と。この意図は、現場が満足するようなサービスじゃないと、結局使われなくなるからです。
トライアル期間を設けているので、それが終わったら現場の人を前に立てて導入するようにしてもらっています。使い心地がよければ導入しようと頑張ってくれる。だから上から「使え、使え」と言わせないように気を使っています。そうしてしまったら現場は「結局、監視するためなんでしょう?」と感じてしまう。oViceとしてもそれは嫌なんです。
― oViceを使うことでオンラインでマネジメントすることになりますよね。ジョンさん自身、発見や気付きはありますか?
oViceを中心に企業活動を始めて感じたのは「自由」です。出勤という物理的な制約があるから時間的な制約も発生するわけですが、オンラインならこの制約が緩やかになります。oViceには海外在住メンバーも多く時差があるので、昨日は23時からミーティングしていましたが、オフィス勤務ですとなかなかやりにくい時間ですが、家にいるならそんなに気になる時間ではありあせん。
― 海外とのやりとりは時差があったりマネジメントは大変じゃないですか?
時差はoViceの問題ではないからどうしようもないですね(笑)。ただエンジニアはほとんど海外にいるし、日本の営業なら日本にいるしと、そもそも時差が気になりにくい組織設計にはしています。あとはロシアの昼は日本の夜なので、日本の夜のCSを任せてみたり、色々と試しているところです。
― oViceを開発することになったきっかけを教えて下さい。先程チュニジアで開発していたと話していましたが…
私はシリアルアントレプレナー(連続起業家)で、前の会社はチュニジアにあったんです。それでチュニジアに滞在していたのですが、新型コロナウイルスによるロックダウンで出国どころか、家からも出られなくなってしまいました。
仕方がないのでテレワークで仕事を始めたんです。SlackやZoom、Discord等を使いながら、なんとか対応していたのですが、何かが足りないような気がする。それが「コミュニケーションツールに空間がないからだ」と気付くのに時間はかかりませんでした。私はエンジニアなので、試しにoViceの原型となるサービスを開発して周りに使ってもらってみたんです。そうしたら好反応で、サービス化に踏み出しました。
― ジョンさんはoViceを日本で起業しましたが、英語も話せますよね。日本でも前の会社が成功していたし、例えばシリコンバレーで起業するという選択肢もあったのではないでしょうか。
私は10年前に日本で起業しています。この10年間、日本のスタートアップ畑にいたので、日本がビジネスしやすかったんですよね。何もないアメリカに行ってやるというよりは日本の方が早い。なので日本しか選択肢はありませんでした。
― 日本で起業し、すぐOnlabに申し込みました。なぜでしょうか。
Onlabは老舗のアクセラレーターという印象で、昔から知っていました。なぜかというと、10年前ぐらいに申し込んだことがあるからです。
― え!? そうだったんですか?
確か1次面談で落とされちゃったんですが(笑)。私はいくつかアクセラレーター等に参加しているのでわかってきたのですが、受かるポイントがあるんですよ。声を大きく自信満々に話すことです。できるかどうか悩むのではなく「できます」と断言するんです(笑)。
― そのマインドは大事ですね。Onlabプログラム期間はどのように過ごしましたか?
そう言いつつ、実はプログラム期間中、迷子になっていました。なぜならリモートワーク市場が顕在化していなかったから。だからまだoViceを使おうとする人が少なかったんです。というのも、当時はまだ2020年6~7月頃で、コロナ禍も収まると思われていた。なので「テレワークの課題なんて解決しなくても、収まったら戻ればいい」という風潮だったんです。
また先発企業もいたので「oViceじゃなくていい」という声もあった。言い返せたらいいのですが、僕たちもまだ開発中だったので、それも難しかったんですね。もちろんそういう厳しい意見、一般的な目線、トレンド、VCの観点等を学びにOnlabに入ったのですから、ありがたいことなんです。とはいえそれで落ち込むのではなく、逆に「自分が正しいと証明してやる」と躍起になっていました。だから言われたアドバイスはいい意味で無視するものも多かったですね(笑)。あとOnlabに入ってよかったのは同期がいることですね。周りのスピードをみてペースメイキングになるのはよかったです。
― 他のメンターからはどんなこと言われましたか?
メンターの佐藤さんは、私が話したことを上手くまとめてくれるんです。そこにデータをリサーチしてくれ裏付けを与えてくれる。佐藤さんには中立的な立場で色々と話をしてもらっていて、それは今でも同じです。投資家が増えてくると色々な利害関係が出てくるのですが、佐藤さんには「客観的にどうみえますか?」といつも聞いています。投資家には気が強い方が多いので、マイルドな佐藤さんには助けられています(笑)。
― 投資家とはどのようにお付き合いしていますか?
私はかなり投資家をかなりこき使うタイプだと思います(笑)。業界でも有名なキャピタリストから「何か手伝えることある?」と聞かれたので、「VCやスタートアップに営業して、導入したらオンボーディングとCSをお願いします」と言って、実際にやってもらっています。またoViceを使いこなすことが投資の条件です。結局それがoViceを理解することに繋がりますから。
― ではoViceの投資家は全員oViceユーザーなんですね。
はい、全員かなり高いレベルで理解して、使ってくれています。そもそも私がoViceでしかミーティーングしないですからね。今回の資金調達で追加投資してくれた投資家には、「追加投資したいのであれば、もっとoViceを理解して下さい」とずっと言っていました(笑)。
― ジョンさんはoViceも含めて数回起業していますが、その上でOnlab等のアクセラレーターをうまく使うにはどうすればいいでしょうか。
Onlabはアクセラレーターのプロであるものの、必ずしも自分たちのサービスの専門家ではありません。oViceのようにOnlabが顧客になりうる場合と、投資家として意見を聞く場合では、関係性が変わってくる。なのでどういう目的でOnlabとコミュニケーションするのかは意識した方がいいと思います。メンターは色々と指摘してくれますが、目的が何かは忘れてはいけません。
Onlabは歴史あるプログラムが故、色々なことに対応してくれます。ただ対応してくれるからこそ何をしてもらえばいいかわからなくなるというリスクもある。自分たちのフェーズに合わせ、ユーザーヒアリングが必要であればそれについて聞けばいいし、ファイナンスであればそれを学べばいいのではないでしょうか。
― Onlabを経てサービス開発も進み、資金調達も順調に進んでいるように見えます。次の目標はなんでしょうか。
世界1位のシェア獲得です。今、oViceは世界2位。日本では勝てていますが、台湾では負けていたりと、競争しているところです。韓国が激戦地なので、今実際に私は韓国に滞在して営業しています。バーチャルオフィスを使っていない会社と契約するのはもちろん、1位の会社から乗り換えてくれる会社も意外と多いですね
― 他のサービスからoViceに乗り換える理由はなんですか?
まず、oViceの方が通信の安定性が高い。もう1つは自由度。他社サービスは世界観が縛られることがあるのですが、oViceはカスタマイズ性が高く、その点を気に入ってくれる会社が多いですね。
― 国ごとにユーザーの違いはあるものですか?
あります。デジタルの浸透度によって、話す内容が変わりますね。例えば、日本は韓国よりデジタル化が遅れているとイメージがありますよね。確かにコロナ前は遅れていました。それがコロナ禍をきっかけに、アメリカ程ではないですが、かなりデジタル化が進んでいます。
しかし韓国企業と話していると、日本企業が1年半前に話していたようなことが話題になるんですね。それでちょっと時間が経つと、日本と同じトレンドになっていく。2019年位までは韓国の方が進んでいたと思いますが、今では日本の方が進んでいるかもしれません。
恐らく、韓国はコロナウイルスをある程度上手く封じ込められたから、変わるきっかけや必要性がなかったんだと思います。一方で日本はなかなかコロナ対応しきれなくて、デジタルシフトせざるを得なかった。それでデジタル浸透度が逆転したんだと思います。その結果日本のSaaS市場は明らかに大きくなってきて、SaaSフレンドリーな会社が増えてきました。oViceにとっては追い風ですね。
― oViceの社員はリモートで働いているのですか?
そうですね、原則リモートワークです。一応オフィスは石川にあるんですけど、メンバーが全員石川にいるわけではないです。
― 写真右にある白いのはなんですか?
oViceでは、今からポストコロナのオフィス環境がどうなるかというシュミレーションをしているんです。私達としては、リモートワークが進んでいるとはいえ、リアルのオフィスが消えるということは想定しておらず、オフラインとオンラインが共存すると考えています。
ただそうすると、新たな問題が発生します。オフィスでオンライン会議等で話す人と、普通に働く人が出てくるんです。皆さんも経験あると思うのですが、オフィスにいる方と通信すると、周りの方の声がかなり気にりますよね。そこでリアルオフィスにいる人がオンライン通話するための、シームレスな空間が必要だと思ったんです。とはいえ会議室を作るにはコストがかかってしまうし、防音性の高い電話ボックス型も高額です。それでこの白いカマクラみたいなのを試作しました。個室の会議室みたいなものなのですが、防音性はないんです。ただ周りの雑音はマイクが拾わない。声を分散させるからマイクが余計な音を拾わないような仕組みになっているんです。コストも安く済ませられるようにします。これはまだ試作品ですが、いずれ世に出していくつもりです。
― 今後のoViceの展開を教えて下さい。
大きく3つあります。1つ目は今のカマクラも含めた、オンラインとオフラインのハイブリッド環境をユーザー企業に提供すること。オンラインとオフラインでもシームレスに会話できるような環境や技術を開発していきます。2点目は海外展開です。今、世界2位なので1位になれれば、日本発で初の世界1位SaaSが生まれることになる。頑張りたいですね。
最後にエコシステムの構築です。我々はリアルの世界に例えれば、空間を売っている不動産業者なんです。家を購入したり賃貸したら基本的に家具はなにもなくて、自分で用意しますよね。oViceも同じで、自分のスペースをカスタマイズするために必要なものはサードパーティーと提携して、自分の借りたスペースを自分のためにカスタマイズできるようにしていきます。
サードパーティーとの連携は、SalesforceやSlack、Zoom等も実施しています。これにより彼らはSaaSからプラットフォームに進化しました。oViceも同じ進化を遂げたいです。
― 最後に、これまで数回起業してきた観点から、これから起業する人にメッセージをお願いします。
おお…。最近、私も悩んでいるんです。うーん。
まず、自分がユーザーであることが一番の強みになると思います。自分がステークホルダーでないと、「このサービスが必要な理由を」強く言い切れないので、考えがぶれてしまう。私も自分がoViceのユーザーで、自分が正しいと思ったからここまで走ってこれました。自分ごとにしてサービスを開発するのが、成功するポイントかと思います。
― ジョンさん、ありがとうございました! 引き続きoViceはOnlabでも使っていきます!
(執筆:pilot boat 納富 隼平 編集:Onlab事務局)
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