2024年01月09日
デジタルガレージが運営するアクセラレータープログラム「Open Network Lab Seed Accelerator(以下、Onlab)」は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に2010年4月にスタートし、これまで数々のスタートアップを支援・育成してきました。
Onlab 第27期 Demo Dayで最優秀賞、及びオーディエンス賞を受賞した株式会社森未来(しんみらい)代表取締役の浅野 純平さんは、IT企業の仙台支店長として順調に営業成績を上げていた頃に東日本大震災が起き、地域貢献のできる事業で起業したいと構想を練るようになります。たまたま手に取った大工の棟梁の本から木材業界の実態を知り、日本の林業を活性化するために森未来を立ち上げます。
人気があっても国産材が売れない、顧客が木材の買い方が分からないという業界の課題を目の当たりにした浅野さんに、事業を立ち上げた経緯や当時のエピソード、Onlabのプログラムで得た気づき、木材のBtoBプラットフォーム「eTREE(イーツリー)」を介してどのような挑戦をしたいのかを伺いました。
< プロフィール >
株式会社森未来(しんみらい) 代表取締役 浅野 純平
1981年千葉県生まれ。IT業界から林業で起業するために転身。東京都の秋川木材協同組合で事務局長を務める。2016年、株式会社森未来を設立。2021年よりインターネット木材市場「eTREE」を提供している。
― この度はOnlab 第27期 Demo Dayで最優秀賞、及びオーディエンス賞のダブル受賞おめでとうございます。森未来の事業概要について教えてください。
ありがとうございます。森未来では分断された木材流通を再構築する森林・林業・木材のプラットフォーム「eTREE」を運営しています。eTREEは森林・林業・木材に関わる100以上の企業や団体とネットワークを構築してサプライチェーンの全てを提供する「木材業界の窓口」を担っています。
日本は国土の68%が森林に覆われていて森林大国としても世界第3位ですが、自給率が40%と低く、海外からの輸入材を使う機会が多いんです。近年、国産材のニーズが高まっていますが、建築家や設計者が新たに木材業者と取引しようとしてもコネクションがなく、木材をどこから調達し、加工し、塗装し、運搬するのかが分からず苦労していました。例えば、木材を求めるお客様の課題の多くは「木材を相談する先がないこと」。「磨き丸太」を設計に使いたいと思っても、誰に聞いたらいいのかが分からない。Googleで検索しても有益な情報が出てこないし、木材業者に問い合わせたところで上手くコミュニケーションが取れないこともよくあります。専門家でないかぎり、見積もりを取った木材の価格が適正なのか、どのような木材が目的に適しているのかを見極めるのは難しいですよね。
また、木材業者もせっかく商品価値の高い製品を持っているのに売り方が分からないし、認知もされずに在庫を抱えていました。
― なぜ、日本の木材流通は寸断されていたのでしょうか?
日本は第二次世界大戦中や戦後に自国の木材を使い果たしてしまい、日本経済を成長させていこうとした1960〜70年代には収穫期を迎える木がほぼなくなっていたので、輸入材を解禁しました。 海外から製材品が手に入るようになると、日本国内では輸入材によるサプライチェーンが構築され、経済成長と人口増加による住宅供給が増えた影響で輸入材の需要量はピークに達しました。一般的に、日本ではどの産業でもマーケットイン(市場が必要としているものを提供すること)で考えますよね。輸入商社がこういった流れを作ったのであれば、国産材メーカーもそれに準ずるサプライチェーンを作るべきでしたがそうはならず、木材市場を中心とした流通から脱却することはできませんでした。
― 浅野さんはどのようなキャリアを歩んでこられたのですか?
私は高校を卒業した後、大学には行かずにバンドマンになる夢を見て上京しましたが、当時から経営には興味があって本田宗一郎や稲盛和夫、松下幸之助などのビジネス書を読み込み、いつかは起業したいと思い描いていました。高卒でバンドしかしてこなかったのでどの企業も拾ってくれませんでしたが、テックバブルで伸びていたIT企業に採用していただき、8年間システムやWebの営業をしていました。営業部の副部長まで昇格して100人の部下を持つようになり、部下が営業で自信を失った時は鼓舞しながら売上を作っていました。
しかし、私が仙台支店長だった頃に東日本大震災が起きて「社会貢献性の高い事業で起業したい」と真剣に考えるようになりました。また、私自身が最も興味のある環境問題や地方創生の視点で社会課題やビジネスモデルを模索していた時、ある大工の棟梁の本をたまたま手に取り、林業の課題に初めて直面しました。木や建築にも関心のあった私は「ぜひこの課題をビジネスで解決したい」と使命感を抱きました。
― 2016年に森未来を立ち上げるまでにどのような試行錯誤がありましたか?
もともと30歳までに起業しようと決めていましたが、実際に30歳を過ぎると役職に就いて部下も増えていき、なかなか退職しづらくなって行動できないまま数年が経ちました。ふと「35歳起業限界説」が浮かび上がり、35歳までに起業しなかったら一生することはないだろう、と。サラリーマンとして働き、幸せな家族を作って、子どもに「実は経営者になってみたかったんだよね」とつぶやいている人生と、自分のやりたいことをやった結果、失敗して借金まみれになっている人生。私は圧倒的に後者だったんです。それが分かった瞬間に社長に退職する旨を伝えました。起業する前に林業の現場を把握しておきたかったので、「働かせてほしい」と約20社へ訪ねていったところ、東京都あきる野市の秋川木材協同組合からご縁を頂きました。1年間事務局長として勉強させていただき、森未来を立ち上げました。
― 浅野さんはどのようなきっかけでOnlabプログラムに参加したのでしょうか?
Onlabの投資担当の方から大企業、行政との社会実装を推進する「Onlab Open Innovation」や、このプログラムを紹介していただいたことがきっかけでした。
― プログラム中の支援ニーズアンケートでは「この機会に森未来の社員の視座を上げたい」と回答していましたよね。
現場のメンバーはいつも忙しいので、過去に参加した他社のアクセラレータープログラムには私だけが参加していました。森未来には森林や林業に興味を持ったメンバーやそれを専門としたメンバーが入社していますが、みんなスタートアップ業界には明るくないし、スタートアップのコミュニティとも接点がない。森未来が上を目指すには、最先端技術や社会課題に挑戦するスタートアップと交流する機会を設けて、積極的に横の繋がりを作っていく必要があると思いました。特にOnlab 第27期の同期の株式会社Linkhola(リンコラ)は、サステナビリティとITを融合させてカーボンニュートラルな社会を実現するために、日常生活で排出したCO2をオフセットするプラットフォーム「EARTHSTORY(アースストーリー)」を作っていて、森未来がこれからカーボンクレジット取引の活性化に取り組む上で大いに参考にさせていただきました。
― 同期のスタートアップの皆さんとは、どのように3ヶ月間のプログラムを過ごしましたか?
基本的に毎週開催される事業発表会はオンラインでしたが、キックオフやプログラムの中間報告会、スタートアップの経営者が集うシャッフルディナーといったオフラインのコンテンツで一緒になった時は「開発ってどう進めていますか?」「資金調達ってどんな感じですか?」と壁打ちしました。同期のいる業界はさまざまで、各自が業界特有のニーズに合わせた製品・サービスを開発して生産から販売までの全工程を行っています。私たちは局地戦で勝たなければならないし、価値あるサービスをいかに磨き続けるのかをよく話していましたね。
― メンターからのアドバイスで印象的だったものはありますか?
メンターの山下さんはプレゼンに関するフィードバックをしてくださいました。森未来がやってきたことや成功した理由を入れるようにとアドバイスを頂いたり、資料の構成にメリハリをつけてまとめ直したりして、説得力の増したプレゼンに仕上げていきました。また、Onlab 第25期生のカエカによる「PITCH話し方レクチャー」を受けて「え〜」「あの〜」などのフィラーワードを減らしたり、前後の文に意図的な間を作ってスピードを調節したり、オーディエンスの注目を集めるよう工夫しました。
― 今後、eTREEはどのような姿を目指しますか?
2021年9月にリリースしたeTREEは現在、約2000人にご利用いただいており、木材の品質や価格、納期を見える化し、専門家のみならず初心者の方々もいつでも適正価格で入手することができます。これからも木材を求めるお客様の駆け込み寺的な存在になるために事業を拡大する予定です。
そのためには需要と供給の両方でレバレッジを効かせなければならない。特に着手したいのは、MBAでもよく使われている「5つの力」です。業界の収益性に影響を与える要因を分析するフレームワークで「業界内の競合」「新規参入の脅威」「代替品の脅威」「売り手の交渉力」「買い手の交渉力」の視点から、それぞれがどのように業界の競争ルールに影響を与えているのかを測ることができます。買い手はeTREEに行くとモノがあるし、相談もできるし、価格交渉もできる。売り手はeTREEに出すとモノが売れる。この相互作用を活かし、両方の交渉力がますます発揮されてレバレッジが効いてくる段階まで進めたいです。
― eTREEと並行して、新たに挑戦したいことはありますか?
2023年に東証で新たな市場が開設されたように、これからはカーボンクレジット取引の活性化が期待されており、森未来も新たに挑戦する予定です。「森林」という大きな文脈では木材とカーボンクレジットは同じ分野ですが、アセットを含めて全く別の事業になるかもしれません。やるなら今しかないと考えています。
― 現在、森未来では新たにバリューを作っていると伺っています。
ミッションは「Sustainable Forest(私たちは、持続可能な森林をつくり、次の世代へ繋いでいきます)」、ビジョンは「All Wood Platform(森林・林業・木材のあらゆる情報をテクノロジーの力で集約し、未来を変革する木材流通をつくります)」を掲げていますが、バリューをまだ制定していませんでした。現在、メンバーが増えていく中でそれを明確化するために議論しているところですが、特に、これまで私たちが大事にしてきた価値観は「Open Heart」で、お客様や取引先、同僚、社会にも正々堂々とオープンに働きたいと考えています。
― 森未来にはさまざまなご経歴を持つメンバーが15名いらっしゃいますよね。
森未来に集まるメンバーはそれぞれが森林や林業に対する自分の考えや熱い志を持っています。新卒メンバーも活躍していて、Onlab 第27期 Demo Dayで投影したスライドも若手デザイナーの亀井さんが作ってくれたものです。
マクロ環境がどんどん変化する中、社会に貢献できる仕事をしたいという人は多く、採用面接でも「森林は大事ですよね」「自然が好きです」と答えてくれます。森未来に興味を持っていただいたのには理由があると思うので、自分の言葉で率直に話せるのかを見ています。一緒に働く人材に求めるものは、人柄やミッション・ビジョンへの共感です。先述のとおり森未来では「Open Heart」を大事にしているので、お互いが働きやすいように素直な人柄かどうかも見ていますね。「森林や林業にはもともと関心がなかったし、業界についてもよく知らないけれど、森未来を見て興味が出た」と、選考上不利になることも自分のロジックでお話しいただくと信頼できます。
― 現在、森未来が募集をしている職種は何でしょうか?
この1年で組織を拡大していこうと計画していて、基本的には全職種で募集しています。正社員や業務委託、インターンとさまざまな業務形態がありますが、現場のメンバーをまとめるプロジェクトマネージャーなど、マネジメントができる方にもエントリーしていただけたら嬉しいですね。
― 最後に、Onlabプログラムに応募しようとしていらっしゃるスタートアップへメッセージをお願いします。
私はこれまでに何件かのアクセラレータープログラムに参加したことありますが、Onlabプログラムは一番親身になってくださいましたね。こちらが「相談に乗ってもらえませんか?」と行ったら快く応じてくださったし、「この分野に詳しい方を紹介してほしい」とお願いしたらデザイナーやESG担当の方にも繋いでいただきました。また、食べログや価格コムの代表の方にメンタリングしていただいたり、デジタルガレージ代表の林社長に直接プレゼンしたりする機会もあります。Demo Dayを終えた今、トップの高い熱量がOnlabメンバーまで伝播していると気づきました。まさにデジタルガレージグループが総力でスタートアップをサポートしてくださる印象ですね。本当に手厚くサポートしていただけるので、シードアーリー期のスタートアップに自信を持ってお勧めできます。こんなにファミリー感溢れるプログラムはOnlabだけだと思いますね。
(執筆:佐野 桃木 写真・編集:Onlab事務局)
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