2021年12月23日
2020年で10周年を迎えたシードアクセラレータープログラム「Open Network Lab(Onlab)」。その姉妹プログラムの一つが「Onlab BioHealth」です。3回目となる今回は、エーザイ株式会社(以下「エーザイ」)をパートナーに迎え「Dementia(認知症)」をターゲットに、「Open Network Lab BioHealth Dementia Innovation Challenge(以下「本プログラム」)」と題して開催します。
本プログラムの特徴の一つは、①オープンイノベーションプログラムと②アクセラレータープログラムという2つのプログラムがあること。本記事で登場するのは、①オープンイノベーションプログラムを担当する、エーザイEUP部の前田さんとHX部の大桃さん、そしてデジタルガレージの小原さんです。
「単に治療するだけでなく、予防や当事者様のケア、医療機関の効率化まで幅広くパートナーを探している」という両社。3名に本プログラムについて聞きました。
< プロフィール >
エーザイ株式会社 グローバルエコシステム推進本部EUP部 部長 前田 仁孝
2007年にエーザイに入社、新薬の臨床開発業務に携わる。2019年からディメンシア・トータル・インクルーシブ・エコシステム(DTIE)事業部にて、認知症エコシステム構築と次世代認知症治療薬の上市準備を担う。2021年より現職。
エーザイ株式会社 統合戦略本部ヘルスケアプロフェッショナルエンゲージメントトランスフォーメーション部 部長 大桃 和人
2008年にエーザイに入社、MRとして医薬品の適正使用に係る情報提供・収集を担当。その後、新規事業や流通部門を経験し、2018年からディメンシア・トータル・インクルーシブ・エコシステム(DTIE)事業部にて、認知症エコシステム構築と次世代認知症治療薬の上市準備を担う。2020年10月より現職。
株式会社デジタルガレージ DGLabシニアマネージャー兼グループCEO本部デジタルヘルス事業部 小原 由記子
リクルート・ソフトバンクでの新規事業開発を経て、ヘルスケアのスタートアップに取締役として参画。2019年より現職。
― エーザイの前田さん・大桃さんが所属する部署は、主に本プログラムのオープンイノベーションプログラムでスタートアップと接する部署です。お二人の業務について、簡単な経歴を交えて教えて下さい。
前田(エーザイ):
私はずっと研究開発職として、治験や臨床開発の仕事を担当していました。その後ディメンシアトータルインクルーシブエコシステム(DTIE)という「認知症のエコシステムをつくる」ことを目的とした組織に異動しています。現所属のEUP部はその流れを継いで2021年7月にできた新しい組織で、引き続き認知症のエコシステムの構築をミッションとしています。
大桃(エーザイ):
私はMRとしてエーザイに入社し約8年間を北海道で活動した後、本社に異動してきました。2016年からの中期経営計画「EWAY2025」と同時に発足したアクセス&アウトカム本部、流通部門、そして前田と同じくディメンシアトータルインクルーシブエコシステム(DTIE)にて新しいコンセプト立案や企画を経験しています。私の現所属であるヘルスケアプロフェッショナルエンゲージメントトランスフォーメーション(HX)部は、患者様や生活者の皆様に医薬品を含めた総合的なソリューションをお届けするため、ヘルスケアプロフェッショナルの皆様へのエンゲージメントを最大化すべく新しいアプローチを試行錯誤している部署です。その一環としてデジタルのアプローチにも取り組んでおり、本プログラムに参加しています。
― 「エーザイとデジタルガレージが共同でスタートアップ支援プログラムをやる」と、最初に聞いたときの印象を教えて下さい。
大桃(エーザイ):
認知症は、当事者様やそのご家族にとって憂慮が大きな疾患です。エーザイはこれまで治療薬の開発・生産・情報提供という形で、認知症になってからの治療や地域づくりにフォーカスしてきました。しかしこれからはそれらに加え、予防や未病段階から、介護者であるご家族のサポート等にも手厚く取り組んでいきたいと考えています。とは言え、これらはエーザイでは十分にアプローチできていなかった領域であり、他方でスタートアップが得意な分野でもあります。本プログラムを通じて、一緒になって社会課題の解決に向かって、価値を共創していく契機にしたいと感じました。
大桃(エーザイ):
また私は様々なスタートアップと一緒にプロダクトを構築する仕事も担ってきました。その経験を踏まえると、新規事業を創出したり、新しいアプローチを社内の力だけで成し遂げたりすることは、非常に難しいと感じています。世の中にソリューションを素早く提供していくためには、やはりスタートアップとのリレーションが必要だと考えています。
前田(エーザイ):
最初に聞いたときは「上手くいく保証があるわけではないが、やらなくてはならない」と思いました。これまでのエーザイのビジネスモデルは、薬を研究して販売するというもの。しかし認知症は「薬ができたからこれで課題は全部解決!」という疾患ではなく、当事者様には色々なソリューションが必要です。このプログラムを、エーザイが変わるきっかけにしたいと思って、チャレンジすることにしました。
― 薬の開発に従事してきた前田さんからのその発言は驚きました。
前田(エーザイ):
きっかけがあるんです。hhc活動といって、エーザイは全社員が業務の中で認知症当事者様の方々と過ごす機会があります。私も参加して、認知症の方が我々の薬を服用している姿を目の当たりにしてきました。薬を飲んでいても幸せではない方々にもお会いしましたし、薬を飲んでいなくても幸せそうな方々にもお話を伺いました。薬の開発がエーザイの強みなのは間違いありません。しかし当事者様と触れ合っている内に、薬以外にもフォーカスする必然性があるのではないのかなと考えるようになったんです。
― デジタルガレージは今回プログラムの運営に加えて、認知症の課題解決のための事業パートナーとしても活動しますね。
小原(デジタルガレージ):
私はDGLabというオープンイノベーション型の研究開発組織のバイオヘルスのチームと、グループCEO本部下のデジタルヘルス事業部に所属しています。
小原(デジタルガレージ):
実はデジタルガレージは5年程前から脳卒中の簡易スクリーニングの事業に関わっており、脳卒中に関してはある程度知見が溜まってきました。今後の事業拡大の方向性を検討するなかで、同じ「脳」を対象とした領域である認知症についても調査をしていたのです。ただこの領域で価値ある事業を作っていくためには自社のアセットや人材では限界があるため、オープンイノベーションに取り組んだほうがいいと考えていました。そこにタイミング良くエーザイさんから声をかけていただいて、一緒にデジタルヘルス事業部として本プログラムに参加することにしたんです。
既にデジタルヘルス事業部は、過去のOnlab BioHealthのプロジェクトで採択したあるスタートアップと一緒に、認知症のスクリーニング検査のPoCを準備実施しています。本プログラムはオープンイノベーションプログラムとアクセラレータープログラムの2つを実施しますが、特にオープンイノベーションプログラムでは、スタートアップの力を借りながら我々の事業も推進していく予定です。
― 本プログラムは認知症に特化したプログラムとなっています。他の疾患と比較した際の、認知症特有の課題を教えて下さい。
前田(エーザイ):
1つ目は「病状の初期は認知症だとわかりにくい」ことです。つまり、もしご本人やご家族が認知症を疑っても「最近はもの忘れが酷いけど年のせいだ」と、認知症の可能性に目を向けないことが多いのです。しかしその間にも体の中では変化が生じていて、認知症は進行しています。
例えば糖尿病や高血圧は自覚症状がなくても、本人は病気だと認識しますよね。しかし認知症は病気だと認識しない。症状が重く、明らかになってきて、やっと医療が介入する。この点は克服しなければならない認知症の課題です。
― 例えば高血圧なら検査数値で高血圧だとわかりますし、糖尿病だと抹消神経に障害が出るなどわかりやすい症状があります。認知症だとそういったものがないからでしょうか。
前田(エーザイ):
そうですね。研究は盛んなのですが、まだ「この検査でこの数値を超えていると認知症だ」といった診断は現在の技術ではできません。
大桃(エーザイ):
他の疾患に比べて、ご家族やケアする方のインフォーマルケアコストが大きいのも、認知症の特徴ですね。
小原(デジタルガレージ):
認知症のなかでもアルツハイマー型などは人によっては10〜20年もの期間を経て徐々に進行すると言われています。場合によっては当事者様やご家族の皆様は、認知症を発症してから長期的に病気と付き合っていかなくてはなりません。そのため他の疾患と比べて、必要とされるサービスの範囲が広く、その内容も変わっていく。そういった意味で認知症は、医療・ヘルスケアのみではなく、当事者様の生活をサポートする多種多様なサービスが期待される領域だと感じています。
― 具体的に解決したい課題や、期待しているサービスがあれば教えて下さい。
前田(エーザイ):
私は特に「認知症」というキーワードを聞いた時に抱くマイナスの印象を変えられる取り組みに興味があります。
一般の方々は認知症に対して「もの忘れが進行してしまってから治療する病」という印象を抱いていると思いますが、現実は変わってきています。つまり、もの忘れや認知症が進行する前からのアプローチが少しずつ増えているんです。ただ、まだそのことは世に広く伝わっていない。この問題を解決したいという想いは強いです。
― 既にある解決策と世の中の認識にギャップがあるんですね。
前田(エーザイ):
その通りです。私の体験したエピソードをお話しさせて下さい。私は昔、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の方を対象とした治験を担当していました。当時日本には約400万人のMCIの方がいると言われていて、300名に参加いただく治験を計画していました。400万人の中から300人に参加いただくのだから、そんなに難しいことはないだろうと最初は高を括っていたんです。
しかし何人ものキーオピニオンリーダーである専門医の先生方に頼んでも、候補となるMCIの方が思うように集まらない。なぜかというと、そもそもMCIの方々が病院に行かないから。先生方がMCIの方々と接する機会は、私たちの想像よりもずっと少なかったんです。
「認知症は恥ずかしい」「もの忘れは年のせい」なんて捉えられているから、400万人から300人が集まらない。当事者の方々と病院には想像以上の距離があり、結果として適切な治療を受ける機会を失ってしまう。医薬品による治療以前に「現状のままでは、サポートしたくても、当事者の方々にアクセスすらできない」と感じたんです。
それで認知症の方々にアプローチするソリューションを持っているスタートアップとの取り組みに興味がある、というわけです。
大桃(エーザイ):
医療機関側のソリューションも必要です。現在、医療関係者の方々にも働き方改革が求められています。働く時間が短くなるのはいいのですが、それで患者様と接する時間が減ってしまってはいけません。診療プロセスを効率化できるソリューションを提供できれば、認知症当事者の方々と向き合う時間を確保できる。我々は医薬品と一緒にそのようなソリューションを医療機関に提案していきたいのです。
― 診療の効率化というと直接認知症には関係ないようにも聞こえますが、ひいては認知症に割く時間が増える、といったサービスもウェルカムということですね。
大桃(エーザイ):
特に認知症では心理検査が重要で、当事者様やご家族や介護者への聞き取りによるスケーリングが多いので、検査に一定の時間がかかります。また画像検査も非常に重要なので、画像診断に関するソリューションも魅力的です。認知症の診療効率化といっても、幅広く医療機関に提供できるものがあると感じています。
小原(デジタルガレージ):
デジタルガレージとしては、短期的には健診・検査ソリューションに関心があります。先程も申し上げたように、認知症は気づきにくい疾患なのでデジタルバイオマーカーや認知機能テストなど、早期に認知症について関心をもっていただくためのサービスが提供できたらと考えています。
またデジタルガレージ自身が治療そのものを提供できるわけではありません。我々の役割は診断が必要と思われる方やリスクが高い方を医療機関に繋ぐことだと思っています。その点につきご一緒していただけるスタートアップがいると嬉しいですね。
大桃(エーザイ):
認知症は生活にも密着していますし、長いスパンで寄り添う疾患です。エーザイは2021年に新たな中期経営計画「EWAYFuture&Beyond」を発表していますが、この中期経営計画では、視点を患者様から生活者一人ひとりであるThe Peopleに転換し、「ThePeopleの“生ききる”を支える」をビジョンとしています。そういう意味でもエコシステム的な考え方は必要。医療だけではなくて日常領域やご家族のケア等、様々な側面からその方らしく“生ききる”を叶えられる提案をいただけると嬉しいですし、我々としても取り組んでいきたいです。
前田(エーザイ):
エーザイは25年程前に世界で初めて認知症治療薬を発売し認知症治療に一石を投じたのですが、これが認知症の課題を全て解決しているわけではありません。2019年に厚生労働省から「認知症施策推進大綱」が発表されているのですが、ここでは認知症との「共生と予防」がテーマに掲げられています。しかしこの「共生」に対してはエーザイとしてまだできていることが少なく、まだまだやれることがあるはずだと考えています。この「共生」とデジタルプロダクトは親和性が高いと思うので、本プログラムを通じて解決策を見出していきたいです。
― スタートアップには、自分たちだけではできなかった、または想像していなかったようなソリューション提案を期待されているかと思います。しかしそれは裏を返せば、今まで対応したことがない分向き合い方が難しくもあるということ。未知のスタートアップやソリューションに対してどのように向き合うかを教えて下さい。
大桃(エーザイ):
本プログラムを含め、新規事業やスタートアップとの新しい取り組みに際して、その質問への答えは非常に大事だと思っています。
我々が最初から事業アイディアをスクリーニングしてしまうと、どうしても「医療領域のソリューション」が目についてしまう。ですが異業種の方から「このソリューションは認知症の課題を解決できる」と提案があったら、そちらにも目を向けられます。それがオープンイノベーションの可能性ですよね。ですので、全然違う観点や異業種からの提案こそ、注目しなければならないと考えています。
前田(エーザイ):
大桃が言ったとおり、自分たちでスタートアップやソリューションを探そうとすると、どうしても自分たちのクライテリアが前提になってしまいます。応募していただくという形式を採ることで、予想外のインサイトを得て、新しいアイディアを成熟させて世に出し、課題解決に貢献したいですね。
― 本プログラムに採択されたスタートアップとは、どのような取り組みをしていくのでしょうか。
大桃(エーザイ):
まずはエーザイのリソースを利用した、スタートアップとのPoC。次いで業務提携し、パートナーとして一緒にプロダクトやサービスのローンチをするステップもあると思います。プロダクトはあるけど市場にリーチできないという状況ならばエーザイが紹介することもあるでしょう。特定の形式にはこだわっていません。
小原(デジタルガレージ):
既にあるプロダクトを認知症に応用できるというのであれば、すぐにでもPoCの準備をしたいですし、新しく一緒にソリューションを作っていくというのであればプログラム期間中の3か月で一緒に準備し、各所へ提案していきます。約束はできませんが、デジタルガレージには投資機能もありますので、必要があれば投資の検討もしていきます。
― 協業するスタートアップに求めるカルチャーや考え方はありますか?
大桃(エーザイ):
私が自分の会社を好きな理由でもあるのですが、エーザイはビジョナリーな会社です。そして本プログラムも非常にビジョナリーなプロジェクトだと思っています。なのでエーザイや本プログラムの思想や理念に共感していただくことが重要だと考えています。
またエーザイは、最終顧客の方々へのベネフィット提供を常に意識している会社です。そのため、スタートアップにおいても「社会を本当に変えたいんだ」という想いを強く有する企業には胸を打たれると思っています。
また今後は、医療と日常領域の境界が薄れていくと想定しています。今まで医療提供する場所は基本的に医療機関のみでした。それがオンライン診療だったり、デジタルサービスで予防、診断、治療ができるような事例も出てきています。このような時代に、エーザイはどんな価値を継続的に提供できるのか、するべきなのか。そういった考えにヒントをいただける企業とは是非一緒にやっていきたいですし、尖った考えの企業に応募いただけると嬉しいです。
前田(エーザイ):
そうですね。世の中を変えることはもちろん、エーザイも変えてくれそうなスタートアップとご一緒したいと考えています。繰り返しになりますが、これからのエーザイは医薬品の開発だけではきっと成り立ちません。「新しいことをやらなければならない」といった危機感のようなものがCEOをはじめ社員にはあります。そのきっかけは外からだと思うので、そういうスタートアップに出会いたいですね。
大桃(エーザイ):
ビジョナリーカンパニーとしてエーザイは変わっていかなければならない、というメッセージがトップから出ています。そこで具体的なアイディアを出して推進していくのが私たちの責任です。とは言え、社内だけで新しい因子を全て手に入れるのは難しい。スタートアップの方々と一緒にアイディアを創出することで、新たな価値創造の流れは強く出せると思っています。
小原(デジタルガレージ):
デジタルガレージは自分たちのことをCONTEXT COMPANYと表現しているのですが、認知症は、当事者様を含め様々な関係者がいるということ、また中長期的な視点を持つべきということから、本当にコンテクストが重要になってくると思っています。大きなビジョンと、目の前の具体的な課題解決、両方を語れて一緒に汗をかける方々とご一緒できると嬉しいです。
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Open Network Lab BioHealth Dementia Innovation Challengeは、2021年12月27日(月)正午が締切でしたが、2022年1月17日(月)正午に締切を延長いたしました。詳細はこちらからご確認下さい。
(執筆:pilot boat 納富 隼平 撮影:日野 拳吾 編集:Onlab事務局)
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