2021年04月09日
【プロフィール】
Open Network Lab 原 大介
2005年慶応大学卒業、公認会計士試験合格。2007年より新日本有限責任監査法人勤務。金融業や製造業等の様々な業務の監査に従事。2012年より2年間、アメリカ・シリコンバレーに出向、現地でアメリカ企業の上場を支援(3社)。2015年より、不動産ビッグデータを利用したコンサルティング会社・ゴミを原料としたケミカルリサイクルを営む会社でCFO。エクイティのみならず、デッドや助成金等の様々な資金調達手法に精通。現在までの累積調達額は130億円超。
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に、Seed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。これまで数百社以上のスタートアップを支援・育成してきました。今回は支援の中でもニーズの高いファイナンスについてわかりやすく解説します。第4回のテーマは、「エクイティファイナンスの留意点」についてです。
【シリーズ目次】
第1回 そもそもファイナンスとは何か?
第2回 デットを使うべきか?エクイティを使うべきか?
第3回 デットを使う時の留意点
第4回 エクイティを使うときの留意点
こんにちは。原大介です。私は、デジタルガレージのOpen Network Lab(以下、Onlab)で、主にプレシード〜シリーズA前後のスタートアップ向けにファイナンスの支援をしています。具体的な支援内容としては、各社の資本政策を一緒に検討したり、事業計画を一緒に作ったり、金融機関や他の専門家を紹介しています。私が支援する多くのスタートアップがそうであるように、アクセラレータプログラムに参加するステージのスタートアップは資金調達が思うようにうまくいかないという課題を抱えています。この記事では、そんなスタートアップの課題や間違いやすいポイントにフォーカスし、ファイナンスについてより具体的に理解してもらうことで解決していければと思っています。
今回はエクイティに関して、Onlab卒業生からの質問や勘違いが多かった内容に基づいて説明していきます。すべての内容を網羅しているわけではない点にご留意ください。
Onlab卒業生との相談の中で一番多いものはバリュエーションに関する相談です(ここでのバリュエーションは非上場企業の各資金調達段階における株式の時価総額を意味します)。例えば、「プレシリーズA、プレ5億円で資金調達をしたいが、投資家にバリュエーションが高すぎると言われた、どうすればいいか?」といった相談です。
まず、最初にお伝えしたいことはバリュエーションには絶対的な正解はありません。SaaS企業であればARRの10倍といった指標はありますが、あくまで目安です。また、一度決まったバリュエーションは世間一般に広く通用するものではありません。例えば、10億円の時価総額がついたからといって、一般投資家が10億円÷株式数の金額で株を買ってくれるわけではなく、特定の誰かが10億円という値段を付けたという意味です。
では、バリュエーションを高くする方法はあるのでしょうか?まず、上記で説明したようにバリュエーションは特定の誰かがつけた値段であるので、高い値段をつけてくれる人を粘り強く探すという方法が考えられます。バリュエーションに妥協しないためには早めにエクイティファイナンスをスタートする必要がありますが、一方で時期が早いと、思ったようなトラクションが期待通りに出ていないという状況も考えられるので、そこはバランスが必要です。
また、『企業に何十億ドルものバリュエーションが付く理由 ──企業価値評価における定性分析と定量分析』の著者でNY大学のMBAで教授をしているアスワス・ダモダラン氏によれば、高いバリュエーションを出すうえで重要なのは企業ストーリーとそのストーリーを支える数字だと説明しています。特に初期のスタートアップはストーリーは魅力的な場合が多いですが、それを支える数値が弱いことも多いので数値について見直してみてもいいかもしれません。さらに、自分たちのバリュエーションの根拠を出すのも有効かと思います。例えば、「バリュエーション10億円を希望しています」だけだと、投資家側も高いか低いしか言えないですが、「自分たちの足元のMRRは800万円で、ARRは1億円、PSRは10倍で10億円と考えています」というケースでは、投資家も「御社のビジネスだとPSR10倍は高すぎる」といった形でフィードバックがより具体的になる可能性があります。
スタートアップ側、投資家側の利益が相反することも多い領域ですが、特にスタートアップ側にとっては時間がかかればかかるほど、他のことが出来なくなってしまうので(CEOがファイナンスにかかりきりになり、プロダクトの開発が遅れてしまうケースは何度も見ています)、優先順位をつけて対応して頂ければと思います。
一口に投資家と言っても、色んな投資家がいます。個人投資家(エンジェル)なのか、独立系VCなのか、銀行系VCなのか、事業会社(CVC含む)なのか。投資家によって、目的も違うので、きちんと相手のことを知っておきましょう。
例えば、VCの中にはシリーズAまでしか投資しないところもあれば、レイターを好んで投資するところもあります。 投資家探しで気を付けたいのが、リード探しです。リード投資家(リードVC)とは、簡単に言えば、投資の条件(バリュエーションを含む)を決め、多くの場合そのラウンドで一番多くの資金を出資する投資家です。
エクイティファイナンスはリード探しがほぼすべてと言っても過言ではなく、逆に言えば、リードが見つからない限りはそのラウンドの終わりはまだまだと言えます。スタートアップの中には、リード探しの重要性を甘く見て、話している投資家の中から1社にリードお願いすればいいやくらいに思っている人もいますが、すべての投資家がリードを取れるわけではないので注意しましょう。また、リード投資家は、そのラウンドを纏める手伝いをしてくれるので(もっと言えば次のラウンドの際の調達も手伝ってくれるので)、複数の交渉相手から探すという感覚ではなく、一番力を入れて最初に探しにいきましょう。 また、投資家は長い付き合いになるので、相性もとても重要です。
INITIALの『2020 Japan Startup Finance』によれば、2020年の企業全体でのIPOまでの期間は13.5年、スタートアップの期間でも10.8年となっており、投資家とは非常に長い期間付き合っていくことになるので、相性がいい人を探しましょう(よく投資は結婚に例えられたりします)。
少しバリュエーションの話に戻すと、ラウンドの時点で一番高い値段をつけてくれる投資家が必ずしも一番いいわけではなく、中長期的にスタートアップの成長に貢献してくれる投資家、一緒に伴走してくれる投資家が一番だと思います。中には、会社が上場した後も継続的に社外取締役として応援してくれるような投資家もいます。
最近では資金調達手法に関する選択肢も随分増えました。私がスタートアップでCFOをやっていた2016年にファイナンスをした時には、優先株式の話はあまりなかったのですが、今や優先株式は当たり前になりましたし、J-KISSといった選択肢もあります。正しく理解しておくと様々な選択をとれるので、普通株式、優先株式、J-KISSについてはそれぞれ簡単に理解しておいた方がいいでしょう。
普通株式と優先株式の違いは何かというと、優先株式は普通株式より優先事項があります(持っている投資家に有利となる事項です)。よく使われるものとして、残余財産分配請求権に関する優先権があります。これは例えば、VCが10億円のバリュエーションで2億円出資した場合(20%保有していた場合)、この会社が5億円でM&Aで売却した場合には、普通株式だと5億円×20%=1億円しか手に入りません。一方、残余財産分配請求権に優先権があれば、VCは投資した2億円が最初に保証されます(実際に保証される金額は分配請求権が何倍かによって異なりますし、その後の取扱いも参加型か非参加型で異なります)。このように、投資家に有利なものであるため、一般的にはバリュエーションを上げる効果があります。
また、有償ストックオプション等の金額を、同じ金額で普通株式を発行した場合と比べて抑えることができます。一方で、一度優先株式を発行すると次のラウンド以降に普通株式に戻すことは難しいです。また、優先株式があると、株主総会を種類株式ごとにする必要があり、事務の手間が増えます。
次に、J-KISSの株式(ここでは普通株式を念頭)の違いは何かというと、J-KISSは新株予約権であり株式ではありません。また、株式発行の場合にはバリュエーションが必要ですが、J-KISSの場合はバリュエーションを設定する必要はありません。J-KISSの目的は、起業家と投資家間で利害が対立しやすいバリュエーションの論点を避けて、素早く資金調達を可能にすることです。非常に便利な資金調達手法で、PMFまでもう少しでブリッジファイナンスをする必要があるスタートアップや、応援してくれる投資家はいるがその投資家がバリュエーション出来ない場合等には、私もこの手法を進めています。契約書もCoral Capitalが公開しているフォーマットを利用できます。
J-KISS Summary_v1.1
J-KISS: 誰もが自由に使える、シード資金調達のための投資契約書
但し、注意点もいくつかあります。一つはバリュエーションについては評価上限額(バリュエーションキャップとかただのキャップとか呼びます)が設けられており、バリュエーションの論点が完全になくなるわけではないです。例えば、評価上限額が1億円となっている場合には、次のラウンドでのバリュエーションが10億円でも、100億円でも、1億円で転換されます。このバリュエーションキャップについては投資家側ときちんと話しましょう。また、J-KISSが転換する条件やその際のディスカウントについてもきちんと確認しておきましょう。
他にもJ-KISSのひな形をカスタマイズしすぎて、法務局での登記が通らなかったケースなどもあったので、実際に利用する際には顧問弁護士にきちんと相談しましょう。Onlabではスタートアップの法務に強い弁護士と協力しており、紹介することも出来ます。
J-KISSによる調達で必要な手続書類セット「J-KISSパッケージ」
書名 :企業に何十億ドルものバリュエーションが付く理由 ──企業価値評価における定性分析と定量分析
著者 :アスワス・ダモダラン
出版社:パンローリング株式会社
発売日:2018/8/8
(執筆:原 大介 編集:Onlab編集部)
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