2020年07月10日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートしました。2020年で10周年となるOnlabは、今までに数々のスタートアップをサポートしています。
その一つが、2020年6月に報じられた大日本印刷とTrimの資本業務提携のニュースです。Onlab12期卒業生であり、卒業後もOnlabネットワークを活用した事業展開や資金調達に成功するTrim(トリム)は、いわばOnlab卒業生のモデルケースとも言えます。
Trimはベビーケアルーム(授乳やおむつ替えを行えるスペース)に焦点をあてた事業を主軸とする子育てIT企業です。授乳室やおむつ交換台を検索するアプリ『baby map』から事業を展開し、現在は移動可能な完全個室仕様のベビーケアルーム『mamaro』を全国へと届けています。
Trimの代表取締役社長 長谷川 裕介さんに、起業のきっかけや事業内容についてオンライン・インタビューしました。
広告代理店でクリエイティブディレクター、プランナーなどのキャリアを経て、母の他界をきっかけに医療系ベンチャー企業へと転職した長谷川さん。転職先で運営したのが、『べビ★マ』という名称でローンチされた、授乳室とおむつ交換台の検索アプリでした。しかし、『べビ★マ』はサービスを終了することに。長谷川さんのTrim創業は、この検索アプリを継続したいという想いから始まりました。
長谷川:『ベビ★マ』はユーザーの投稿情報による、授乳室とおむつ交換台の場所を調べるアプリです。コンテンツはCGMで作られるので、全国の親御さんの善意が、未来の家族へと受け継がれていきます。善意の輪を広げ、子どもたちや家族を支えるサービスの重要性を感じていたからこそ、サービス廃止は何としても避けたかったんです。
廃止を受けて売却先を探していたのですが見つからず、ダブルワークを禁止している会社だったので、個人としてその事業を続けることもできなかった。結局、私自身がサービスを買い取って起業することを決意しました。
しかし、生まれて初めての起業は決して容易なものではありません。資本金30万円でスタートしたTrimを終始悩ませていたのは、資金不足と経営者としての基礎力です。
長谷川:「きっとできる」という根拠のない自信だけで創業しました。しかも第二子の誕生から二ヵ月後の創業だったので、妻からは『バカか』と言われました(笑)。起業はバカじゃないとできないかもしれません。
まず、お金がない。会社経営にどれほどの資金が必要か、今から考えると全然わかっていませんでした。前社でも経営会議に参加する経験はありましたが、資料の数字にはあまり現実感が湧いていなかった。創業して、自社の口座残高が目減りしていくことの恐怖を知って、初めて数字への意識が変わりました。
起業後数ヵ月のタイミングでOnlabのプログラムを知った長谷川さんは、資金調達を目的にエントリーし、12期企業として採択されました。
Onlab12期採択企業のなかで、Trimは唯一応募当初からプロダクトがあり、ユーザーを抱える企業でした。Seed Accelerator Programでは市場開拓からスタートするケースがほとんどですが、Trimは既存ユーザーへのヒアリングを通じたサービス改善に重心を置き、事業内容やブランディングを見直していくことに。
長谷川:Onlab参加以前は、基本的な事業内容はこのままでいいと思っていました。しかし、対面でのユーザーヒアリングを通じて、まだ改善できる余地があることに気付けたんです。これまでのヒアリングはオンラインアンケートに留まっていましたが、1対1でユーザーヒアリングをすることが重要だと学びました。「足を使え」と、Onlab担当者からアドバイスをもらったおかげです。
また、名称を『ベビ★マ』から『Baby map』に変えたのは、市場規模を鑑みたリブランディングです。IPOを目標とするならば、国内市場に限定した事業展開は現実的ではないという指摘を受け、海外展開を前提とした『Baby map』に変更しました。
こうして、既存のサービスをブラッシュアップした『Baby map』がリリースされました。カフェや病院など施設別で検索できる絞り込み検索機能や、公式情報とユーザー投稿を区別した表示など、ユーザーの声をもとにしてアップデートされています。さらに、海外の授乳室情報もキャッチできるようになりました。
長谷川:その後、とある起業家向けのプログラムに参加した際、Trimの事業がなぜスケールしないのか議論しました。そのとき言われたのが、「自分たちで授乳室をやればいいじゃん」という一言。そこで明確な事業アイデアが出たわけではありませんが、この言葉が『mamaro』の構想の種となりました。
Trimが当初試みたのは、商業施設の授乳室設置をサポートするコンサルタント業です。『Baby map』を展開して蓄積した授乳室の知見を生かしたアイデアでした。しかし、商業施設側からは、そのサービスは求められていないことがわかります。
長谷川:商業施設にヒアリングしたところ、思わぬニーズを知ることになりました。
商業施設はテナントを貸し、定期的に配置換えをします。しかし、授乳室は一度場所を決めるとテナントに貸せないスペース。施設からすれば収益を生まない場所とも言えます。
つまり、施設の視点では、集客効果を維持したまま、省スペースで対応できる授乳室が求められていました。このニーズに応えるためには、新しい授乳室の在り方を検討する必要があります。
そもそも、授乳室の定義は明確ではありません。新しい授乳室を開発するにあたり、私たちは本当に必要とされている授乳室を模索しました。
従来の授乳室では、カーテンで仕切られたスペースで複数人が授乳するスタイルが一般的です。しかし、この形だと、母親の胸が他人に見えやすい、落ち着けない、父親が入りづらいといった不満点が多々ありました。完全個室であることが必須条件だと、ユーザーヒアリングから痛感しました。
設置する施設とユーザー、双方のニーズに応えるスペースを具現化したのが、『mamaro』です。『mamaro』は180㎝×90㎝のスペースさえあれば設置することができる、移動可能なベビーケアルームです。施設のデッドスペースを活かし、ユーザー体験を向上することができます。下部にはキャスターが組み込まれており、常時設置場所の移動だけでなく、催事場などでの利用も可能です。
『mamaro』は完全個室となっており、授乳、おむつ替え、離乳食など、あらゆるニーズに応えるレイアウトで作られています。また、室内にはmamaro Viewから映像を配信しており、母親が子どもと過ごす時間もコンテンツを楽しめるよう配慮しました。
そして『mamaro』は『Baby map』と連動し、空き状況を確認できるため、ユーザーはベビーケアルームの混雑や待ち時間から解放されます。大人が複数人で入ったり、長時間滞在したりといった不正利用がないよう、室内には人感センサーなどのセキュリティ対策も施しました。躯体と内装の素材、照明の明るさなど、すべて子どもが利用することを配慮したものをチョイス。細部までこだわったプロダクトは高い評価を得ました。
2017年7月、横浜市の商業施設にて試験的に初の『mamaro』が導入されました。以降、全国各地の商業施設や道の駅などへの進出を進め、2020年6月現在、導入数は172台を記録しています。都心だけでなく、北海道から鹿児島にまで導入例を広げた今、『mamaro』が全都道府県の施設に設置される日も近いでしょう。
長谷川:『mamaro』は住みやすい街づくりに資するだけでなく、災害時の利用なども視野に入れた開発を続けています。今後子育てを支えるインフラとして『mamaro』が当たり前に利用されるよう、これからも全国に『mamaro』を届けていきたいです。
脈々と受け継がれる家族の愛や人々の善意を信じ、社会に必要な事業を届けることに専念してきた長谷川さん。その情熱は、幾度となく訪れた経営危機を乗り越える原動力となり、Trimの成長を加速させています。
Onlabでのエピソードや卒業後の事業展開での連携など、周囲を巻き込んで『mamaro』が全国へと浸透していくまでのプロセスについては別記事で詳しく掘り下げます。お楽しみに!
< プロフィール >
Trim株式会社 代表取締役 長谷川裕介
1983年、神奈川県横浜市生まれ。大手広告代理店にてCD/プランナー/コピーライターとして10年間従事。カンヌライオンズなど国内外の賞を受賞。医療系ベンチャー企業へ転職後、CIOと新規事業責任者を経験。複数のアプリ開発を行う。母の他界後できなくなってしまった「恩返し」をしたいと、母親を助けるサービスを行うTrimを創立。授乳室・おむつ交換台検索アプリ「Baby map」運営から見えてきた「圧倒的な授乳室不足」の日本を変えるべく、完全個室のベビーケアルーム「mamaro」を開発し、現在に至る。
(執筆:宿木 雪樹 写真:taisho 編集:pilot boat、Onlab事務局)
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