2022年11月18日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップをサポートしてきました。今回ご紹介するのはOnlab第25期生、情報ネット株式会社 代表取締役CEOの若本 憲治さんです。
Onlab 第25期 Demo Dayで最優秀賞を受賞した若本さんは、建設業の煩雑な見積業務を最適化するプロダクト「GACCI(ガッチ)」を開発し、事業を通じて建設業をボーダレスな世界にすることを目指しています。GACCIを立ち上げたきっかけは、公共工事の入札情報サービス会社の事業承継。当時、鳥取県内を中心に公共工事の入札・落札情報を建設会社へ提供するWebサービスを展開していましたが、事業拡大に向けてクライアントへヒアリングを重ねたところ、浮き彫りになったのは「見積業務に関するお悩み」でした。こうした背景から現在のビジネスモデルに至るまでどのような紆余曲折があったのか、また今後に向けたロードマップをオンラインで伺いました。
< プロフィール >
情報ネット株式会社 代表取締役CEO 若本 憲治
2014年に起業し、M&Aや新規創業をしながら鳥取で7社の中小企業を経営。2020年に公共工事の入札情報サービスを事業承継し、建設業のユーザーからの声をもとに「GACCI」を着想。2021年にG’s ACADEMYへ入学し、エンジニアと共にプロダクト開発に着手。2022年7月から10月にかけて日本のアクセラレータープログラムの草分けである「Open Network Lab」に参加。Demo Dayでは最優秀賞を受賞。
― 若本さん、この度は第25期最優秀賞の受賞、おめでとうございます。GACCIの事業概要を教えてください。
ありがとうございます。GACCIは建設業の煩雑な見積業務をSaaSで効率化、最適化するプロダクトです。通常、見積業務では一つの元請企業(発注者から直接仕事を請け負う業者)に対して数十社の業者とやり取りをしますが、フォーマットや提出形式、内容の粒度が決まっておらず、ツールもFAXやExcel、PDFとバラバラでした。それをクラウドでひとまとめに遂行できるようにしたのがGACCIのプロダクトです。
― 建設業の見積業務にはどのような課題があるのですか?
建設業というくくりでは数十種類の業種がありますが、建築・土木工事を一式で発注者から元請として直接請負い、工事全体の取りまとめを行う総合建設業の方々をはじめ、塗装や防水、足場、屋根の板金といった専門業者の方々、材料を提供する商社やメーカーの方々、建設機械をレンタルする企業の方々など、さまざまな方が関わっています。
一般的に公共工事には公募から入札まで12営業日程度かかりますが、その間、無数のやりとりが発生します。具体的には、元請企業が行政から大量の情報を入手して協力会社へ展開します。協力会社はその情報から「この材料・作業ではいくらになる」と標準価格をもとに見積もりをしたり、少しでも利益を最大化するための工夫を考えたりした後、元請企業へ返送します。元請企業は再びその内容を精査します―。 このプロセスに膨大な時間がかかるんですよね。「見積もりし忘れた」というヒューマンエラーは絶対に起きてはならないので何千項目ものデータを厳密に確認していく。ここまでに10日ほどかかってしまうので、肝心な工事の分析や経営判断に残される時間は2日だけ。しかも、納期が限られているので最後は「えいや!」になることが多いんです。
― そこでGACCIを使用すると、Excelフォーマットで必要項目を選択するだけで簡単に見積依頼ができるんですね。
はい。クラウド上でどの業者に何を依頼するのかを分けたり、必要情報が集まっているかをチェックしたりできるので抜け漏れがなくなります。依頼を受けた業者は単価を入力するだけで見積もりが完成するし、元請企業も見積を比較しながら相見積も可能。つまり、既存の商習慣や業界構造に縛られずに効率化・最適化を実現できるようになります。鳥取市の建設業者10社を中心にGACCIのα版をご利用いただき「見積もり業務が短縮された」「コミュニケーションロスが解消された」「正式に導入したい」とご評価いただいています。
― 若本さんは事業承継という流れでGACCIの事業を立ち上げていらっしゃいます。
両親が中小企業を経営していたので私はもともと跡継ぎだったんですよね。私はメーカーに就職した後、両親とともに経営に8年間携わっていましたが、独立して中古タイヤの輸出・通販を開始しました。マッサージ店や建設機械のタイヤ交換をする会社を引き継ぎ、他にも整備工場や広告代理店、交通誘導警備の会社など、鳥取県を拠点とした7社の中小企業を経営してきました。
― あらゆる事業を経験してきた中、GACCIを立ち上げるきっかけは何でしたか?
私の高校の同級生に今も付き合いのある建設業を営む友人がいて、私に電話してきたんです。「僕が使っている公共工事の入札情報サービスが廃業しちゃうらしい。それだと困るから若本が代わりにやってくれないか?」という相談でした。廃業の原因を探っても特段の問題が見当たらなかったので、2020年7月にこの事業を引き継いだことがきっかけです。
― 事業を引き継いだ当時は顧客のペインを認識していましたか?
その頃はまだ気づいていませんでした。この会社では、県内公共工事の入札・落札情報を建設会社に提供するWebサービスを展開していて、引き継いだ当初は事業拡大を考えていましたが、解決すべき課題が「見積業務」にあることに気づきました。クライアントにヒアリングしていくと「入札・落札情報のことよりも見積業務の方が大変」という声が多かったので、建設業の見積業務を最適化するプロダクトを開発しようと決意しました。
― 若本さんが今回、Onlabへ参加したきっかけを教えていただけますか。
Onlabに参加する前、実は起業家を養成するスクール「G’s ACADEMY」へ入学して事業の立ち上げについて学んでいて、ビジネスプランとプロダクトを発表するピッチコンテスト(GGA)でデジタルガレージの佐々木さんにお声掛けいただいたんです。ちょうど新たなアクセラレータプログラムに参加したいと探していたタイミングだったので、迷うことなくOnlabにエントリーしました。
― 当時、なぜアクセラレータプログラムに参加したいと思ったのですか?
私自身が今までいわゆるスタートアップ経営者の方との関わりが薄かったからです。普段は鳥取市に住んでいますが、スタートアップ界隈に溢れている情報が何も入ってこなくて。まずは沢山の起業家がいる環境に身を置いて有益な情報を取りに行きたい、と。また、怠けてしまわないように事業の進捗を定期的に壁打ちしてくれる環境がいいとも考えていました。
― Onlabへ参加してみて、どのような発見や気づきがありましたか?
ビジネスにおける基礎の重要性を改めて実感しました。「これをやれば必ず成功する」というものはないにしても、これをやっておいたら最低限の失敗を防げるといった型やコツを知ることができました。 Onlabではリーンスタートアップの流れでプログラムを組んでいると思いますが、スタートアップのフェーズごとに必要なフレームワークを絶妙なタイミングで出してくれましたね。例えば、現在の建設業界では元請企業や協力会社、自治体のように多重請負構造による請負契約が慣習になっているんですが、現場でどんなフローで業務が進んでいるのか、どんな課題が生じているのかを説明しなければならない時、適切なフレームワークをスッと出してくれました。
― Demo Dayに向けてどのように準備していきましたか?
Onlabに参加する前からすでにピッチやセリフを作り込んでいましたが、プログラムを受けてからは説明したいことが一気に増えたので「5分で終わらなくなる!」と内容を取捨選択していく作業が大変でした。また、私はもともと話し方に抑揚がなくて「感情はあるの?」と言われるくらい感情が表に出ないので、Demo Dayのピッチで卒業生の皆さんがどのように熱意を込めて話しているのかを研究しました。
― Onlab第25期では、若本さんの他にも4社のスタートアップがいましたね。
同期とはプログラム初日のキックオフでリアルでお会いしましたが、プログラム期間中はずっとオンラインで、しかも担当メンターや事務局の皆さんと1対1でコミュニケーションすることがメインでした。同期で切磋琢磨したり連絡したりすることは少なかったのですが、Demo Dayの直前にまたリアルで集まってピッチを練習した時に急速に仲良くなっていきました。特に、話す力を数値化して課題を解決する伝え方トレーニングサービス「kaeka」を展開する同期の千葉さんから、声の高低のギャップやスピードといった抑揚の要素を分解してアドバイスを頂いたおかげでピッチ直前で話し方を改善することができました。
― GACCIで最近取り組んでいることや、変化したことについてお聞かせいただけますか?
現在、最も注力しているのは採用です。セールスやエンジニアなど、とにかく人材が足りないので積極的に進めています。まだ開始したばかりですが、GACCIにご興味を持っていただいた方からDMやご応募いただくことが増えてきています。現在、GACCIにはフルタイムのメンバーが4名、業務委託のメンバーを入れると計7名いますが、まずは年内までに10名に増やしたいと考えています。また、Demo Dayでの登壇機会を得たことで不動産デベロッパーの方やVCの方からお声掛けいただいたり、建設会社の方からより多くのお問い合わせを頂いたりするようになりました。
― GACCIで働いているメンバーにはどのような方がいますか?
基本的に、立ち上がって間もないスタートアップに入ってくる人は新しいことが好きで「刺激がほしい」「ワクワクしたい」という人が多いように思いますが、GACCIにはさまざま個性を持つメンバーが集まっています。とにかく技術を極めたいという職人タイプや「母国とのブリッジをやりたい」という目標を持つ外国籍のメンバーもいます。また、GACCIは鳥取市に本社がありますが、リモートワークを導入しているので東京に住んでいるメンバーもいますね。全員に共通するのは、GACCIのプロダクトを成長させて建設業界の課題を解決したいという軸を持っていることです。
― 若本さんが人材採用をする時「ここは外せない」というポイントはありますか?
やはりフィーリングです。候補者の方のレジュメを見たりお話を伺ったりしますが、実際にお会いした時の直感を信じています。特に、小規模な組織で馬が合わないとお互いにコミュニケーションコストが発生してしまうため、チームのメンバーたちとの相性を最優先に考えています。
また、候補者が「自分を作っていないか」も見ています。面接の時は採用されたくて自己アピールすることは当然だと思いますが「良く見られたいこと」を第一に考える人だと入社後にお互いが上手くいかなくなるので、相手の価値観や「根っこの部分」がどこにあるのかを考えながらお話を伺うようにしています。
― GACCIの今後の事業戦略や展望をお聞かせください。
将来的に地域基盤の中堅ゼネコン2万社と建築設計事務所3万社、ともに工事を行う全国48万社の専門工事業者をターゲットにすることを掲げています。当初は地域の中堅建設業や専門業者とのピラミッド構造を考えていましたが、Onlabに参加して以来、実際には不動産デベロッパーやエリア開発・都市開発をしている方々も同じような課題を持っていることが分かってきました。
Demo Dayのピッチでも「将来的にはGACCIのプラットフォームを発注者の方々にも使っていただきたい」と発表しましたが、蓄積されたデータを活用し、今後は建設の初期段階、つまりゼネコンへ発注する方々にもGACCIのサービスを広げていけると確信しています。「プレコンストラクションに革命を起こす」というミッションを掲げているように、長期的には設計から施工間までのプロセスに存在する全ての業務をGACCIを使うことで建設業全体の働き方を刷新していきたい。また、既存の建設テックのプレイヤーの方々といかに協業していくかを念頭に開発を進めていきたいですね。施工管理領域ではすでに競合他社がひしめき合っているので、GACCIは施工管理においていかに有効データを出せるかで業界全体に変化をもたらしたいです。
― 最後に、これからOnlabへ応募しようと考えているスタートアップの方にメッセージをお願いします。
新規事業の立ち上げ期は大変ですが、スタートアップの方にとってOnlabへ参加することは今後の事業成長を左右するターニングポイントになるので、チャンスがあれば必ず経験しておいた方がいいとおすすめしたいですね。特に、率先してPDCAを回したりイニシアチブを握ったり、自らアクションを起こしていける方にOnlabは最適だと断言します。ただ、アクセラレータープログラムに参加しても「お客さん状態」で周りから情報が来るのを待っているだけではもったいない。Onlabにはメンターやアドバイザーの方をはじめ、豊富なリソースや知見があるので「こういうのはどうでしょうか?」と自分からどんどん取りに行く方が一番伸びるんじゃないかなと思います。
(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)
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