2022年03月16日
Open Network Lab(以下、Onlab)は「世界に通用するスタートアップの育成」を目的にSeed Accelerator Programを2010年4月にスタートし、これまでに数々のスタートアップを支援してきました。今回お話を伺ったのはOnlab第13期生、株式会社POPER 代表取締役の栗原 慎吾さんです。栗原さんはWEBマーケティングのコンサルティング企業に勤め、その経験を活かしてIT業界で起業家になりたいと考えていました。そんな折、友人が立ち上げた塾に誘われて共同経営者として塾業界へ参入。塾講師として働いていたところ、塾の経営でアナログな業務が占めている実態を目の当たりにして業務量やストレスを減らしたい、生徒と接する時間を増やしたいと一念発起し、教育機関向け業務管理プラットフォーム「Comiru」を生み出します。教育に携わる方々が子供たちにより良い教育を実現できるようにしたいと語る栗原さんに、POPERを起業した当時のエピソードやOnlabへ参加したきっかけなどをオンラインで伺いました。
< プロフィール >
株式会社POPER 代表取締役 栗原 慎吾
1983年埼玉県さいたま市生まれ。明治大学経営学部を2007年に卒業。新卒で住友スリーエムに入社。住友スリーエムでは歯科用製品事業部に配属され、2010年にはグローバルマーケティングアワードを獲得。2011年に株式会社optに入社し、ジャパネットたかたなどのWEBコンサルティングを担当する。2012年より中学時代の同窓が立ち上げたS.T進学教室に共同経営者として参画し、経営から講師まですべての業務を経験し、当初20名に過ぎなかった生徒数を60名にまで増加させる。学習塾時代に感じた課題を解決するために2015年1月に株式会社POPERを設立。現在に至る。
― POPERの事業概要について教えてください。
私たちは、主に学習塾などの民間教育機関や生徒の保護者に向けた業務管理システム「Comiru(以下、コミル)」を提供しています。これまで、塾では授業をする傍ら保護者へのお知らせや請求書を紙で作成して郵送したり、子供の成績をExcelで管理して紙で保護者に報告したり管理するなど、アナログな事務作業が多々ありました。コミルを導入することによって、これらの業務をデジタルで行えるようになってペーパーレス化し、業務効率化によって新たな時間を創ることで、子供の学習状況について保護者とコミュニケーションできるようになります。
保護者にとっても、今まで子供が持ち帰るプリントや手紙で受け取っていた連絡事項や成績推移をアプリ上で確認することで、塾と頻繁にコミュニケーションできるようになるので、子供が塾でどんな勉強をしているのかが分かるようになり、「宿題を増やしてほしい」といった要望もタイムリーに伝えることができます。日本では小学生や中学生の2人に1人が塾講師や家庭教師に教わっていますが、やめていく理由として多いのは保護者と塾のコミュニケーション不足なんです。コミルを介して双方が円滑に連絡し合うことで、保護者にとっては安心材料に繋がり、塾にとっても退会率を下げることができます。
― 他社のサービスと比較して、コミルにはどのような優位性や特徴がありますか?
塾と保護者がコミュニケーションする機能や、子供の入退室を記録する機能をはじめ、コミルのアプリには多くの機能が搭載されています。これらの機能や誰がどこまで見られるかという権限についてはON・OFFができる仕様になっているので、大手塾や中小の学習塾など、塾の規模やニーズに合わせてこの機能だけ使う、全種類を使うなどセミ・カスタマイズができる設計になっています。
また、さまざまな業界を相手にしている他のシステム会社とは異なり、私たちは塾業界に特化した開発体制で優秀なエンジニアを抱えているので、お客様からのあらゆるご要望へ柔軟に対応できます。例えば、お客様から「1授業あたりで給料を計算する方法(コマ給)でアルバイト講師に払いたい」という塾特有のご要望を頂いても、私たちは短期間で新機能を実装したりアップデートしたりしながらサービスを進化させています。おかげさまで、コミルを導入していただいたお客様の96%が継続して利用してくださっています。
― どのような学習塾がコミルを利用されていますか?
現在、コミルは3700教室、25万名の方々に導入いただいており、大手・中堅が2500教室、個人教室が1200教室です。そもそも、塾は日本全国に約5万教室ありますが、塾業界の構造上、大手、中堅、個人と3つに分けられていて、大手と言われる塾は約200社で、1社に100教室が紐づいているので約2万教室。中堅は約1000社で、1社に10教室が紐づいているので約1万教室、また、個人教室は2万教室あると推定されています。
― 学習塾の方々からはどのような反応がありましたか?
学習塾などを運営する花まるグループ様からは、保護者と塾講師がチームとなってコミュニケーションできるようになったとおっしゃっていただいています。保護者からの連絡を塾講師全員が見られるので、社会の質問だったら社会の講師が、進路相談だったらキャリア担当者が回答しながら保護者や子供を手厚く支援していらっしゃるそうです。
また、学校法人駿河台学園様には基幹システムとコミルをAPIで連携させたことで業務が改善されたという声を頂いています。これまで、授業では紙や黒板を使っていて、バックオフィスでは成績管理や請求決済業務、保護者連絡、お知らせ、指導報告書作成などの煩雑な業務も多かったので、ヒアリングしながら機能を作っていきました。それぞれの作業にかかるコストが削減されたことによって授業の準備をする時間が増え、より顧客満足度の高い学習指導ができるようになったとおっしゃっていただいています。
― 保護者の方々からはどのような反応がありましたか?
塾から子供の写真や報告がコミルに送られてくるようになったことで、家では見せない子供の真剣な顔や勉強している姿を見て安心できた、それが家族間のコミュニケーションのきっかけになった、というお声を頂いています。また、これまでは、塾では面談が年に2〜3回しか行われず、子供の学習状況や進路についてなかなか話し合えなかったんです。保護者は要望や不満が溜まってしまうばかりでなく、先生を目の前にすると気を使って本音を言いづらい。その点、コミルはLINEとも連携しており、保護者が使い慣れているツールで気軽に「日々のちょっとした相談」や「テストの点数をあと10点上げたい」などをチャットで伝えることができたと喜んでいただいています。
― 栗原さんは、2012年に友人が経営していた学習塾へ参画なさったと伺っています。
私はもともとWEBマーケティングのコンサルティング企業に勤めていましたが、ゆくゆくはその経験を活かし、IT業界で起業家になりたいと考えていました。私の父や祖父はサラリーマンからキャリアをスタートしましたが、私の小さい時には祖父が、大学生になった時には父が社長になったこともこの選択に影響していると思います。私は26歳の時に友人と起業した事業が失敗した経験もあり「IT ✕ 医療」「IT ✕ 農業」「IT ✕ 教育」と次の挑戦する事業をおぼろげに思い描いていたところ、塾を経営している友人から誘われたんです。塾業界に起業のヒントがあるかもしれない、と共同経営者として現場に飛び込んでいきました。蓋を開けてみるとアナログな手作業が溢れていたので「これをIT化すればビジネスになる」と、即座に塾業務の改善サービスのアイデアを思いつきました。しかし、思った以上に塾講師として教育現場で子供たちと接したり授業したりするのが楽しくて、3年間は塾の業務にのめり込んでいましたね。
― POPERを設立した2015年1月当時はどのような状況でしたか?
当時は塾講師と起業の二足のわらじで苦労もありました。社員を雇っていなかったので、日中は私1人で営業に回り、夕方は塾へ戻って授業をやり、授業が終わった後はSkypeで営業したり訪問したりしてインタビューを繰り返していました。会社もサービスも無名なので「誰だ?」となかなか取り合ってもらえませんでしたね。会社を立ち上げて1年経った頃、ようやく1社と契約が取れました。その頃のコミルはまだ使いづらかったし、機能も1つしかなかったのでお客様にご契約いただいた理由を伺うと「栗原さんが講師をしながら挑戦しているからですよ」と。こんなふうに応援してくださるお客様から、業務での使い勝手を何度もヒアリングをしながら機能の改善を重ねていきました。2016年8月にOnlabに採択された時は15社ほど契約があった程度でしたが、Onlabから資金調達を頂き、事業の目処も立ってきたので塾講師を辞め、一気にコミルの事業をグロースさせていきました。
― 当時、どのように顧客へ営業をしていらっしゃったのでしょうか?
一般的に、SaaSはファネルの考え方で顧客獲得をしていくのですが、塾の現場には業界ならではの細かい課題やニーズがあるので、フライホールモデルで顧客のニーズを汲み取り、商談やオンボーディングを通じて納得いただきながらプロダクト開発と営業を行ってきました。つまり、契約数を一気に伸ばすというよりもカスタマーサクセスを地道に進めていたという感じですね。ただ、大手塾1社と契約できると約100教室を持っていらっしゃるので、契約数に比例して教室数も急激に増えていきました。塾のマーケット構造は特徴的で、全国規模で有名な塾が少ない代わりに、各県に戦国大名のような大手塾があります。そんなローカルの覇者にコミルをご利用いただくことは中堅や個人教室の方々にも波及させていく効果がありました。最近では「保護者がコミルを使っているので他の塾でも使い始めた」という広がりも出てきていますね。結果、コミルはクラウド型学習向け業務管理システムの中でシェアNo.1(※デロイト トーマツ ミック経済研究所「ミックITリポート2021年2月号」)を獲得しています。
― 2015年から現在に至るまで、特に苦労したことは何ですか?
ひとたび資金調達をすると「こういう事業計画でいきます」というコミットが達成できないと次回の資金調達がままならなくなるし、キャッシュがなくなったらどうにもならないんですよね。実際に2018年に事業計画を達成できなかった時は、メンバーが組織から離れていったり、これは嬉しいことですが家庭では1人目の娘が生まれたり、さまざまなことが重なって心身ともにつらい時期ではありました。
私たちのビジネスはどんなに背伸びしたところでマーケットサイドがそんなに大きくないんです。投資家の方々には、そもそも話にならないという観点で「あなたの会社は検討には至りません」と判断されることもありますが、ご自分のお子さんを塾に通わせていてそのペインを理解できるから、また、教育業界に対する考え・思いに共感したから投資しようという方もいらっしゃいます。変に背伸びしたバラ色の計画は見せなかったし、バリュエーションの向上もほとんどしなかったので、資金調達するには大変な部類の会社だったと思います。
― 栗原さんが起業家として大切にしていらっしゃることをお聞かせください。
「起業家とは何か」を常に考えるようにしています。起業家は、起業を通じて自分の生き方を表現しようとしている人だ、と。つまり、お金を儲けたいから事業を作るというのは経済合理的な判断にすぎず、事業を立ち上げることで自分が何を実現したいのか、世の中に何を訴えたいのかを大切にしたいと考えています。もし、コミルでまだ表現しきれていないなら、もっとリスクを取って挑戦していきます。起業家は一度事業を作ったら終わりではなく、新しい事業を果敢に作っていかなければならないと思っています。
― 現在、何名のメンバーがいらっしゃいますか?
メンバーは65名います。2020年2月にコロナ禍となり、弊社は完全にリモートワークへ移行していますが、順調に業績が上がってきているのは、メンバーそれぞれが強い意志を持って取り組んでいるからです。私はメンバーを信頼していて、自分たちが何に向かっているのか、何のためにやっているのかを常に伝えています。それを各部門のリーダーが具体的な業務に落としてくれているので、ミッションやバリューを軸にしたアクションができています。
また、メンバーたちが自律心を持って業務に向かっている背景には、私たちがSaaSでいう「The Model」を実践している点にあります。インサイドセールスがリードにアポを取って商談し、成約後にカスタマーサクセスが対応することで、各部門が連携しながら一貫した顧客対応を図っています。常に仕事が流れてくるのでサボりようがないし(笑)、開発要望が次々と出てくるのでJiraというプロジェクト管理ツールでチケット管理もされています。
― 御社ではどのような人材を積極的に採用していらっしゃいますか?
ポジションごとに必要なスキルがあるのでまずは経歴で判断していますが、現場のメンバーにも面接へ参加してもらって候補者のカルチャーフィットや業務スキルをバランスよく見るようにしています。各部門が「このポジションがほしい」というタイミングで採用計画を上げるようにしているので、1年で7〜8名増える程度ですね。今後も母数を意図的に増やそうとは考えていません。
― 今後の事業戦略を教えてください。
現在、コミルは塾のみならず、サッカーやピアノ、水泳などの習い事でもお使いいただいています。これらを一元化することによって保護者が子供の学習状況やパフォーマンス、過去の履歴を確認できるようになっています。塾のテストなどで測定できる「認知能力」だけでなく、習い事で得られる「非認知能力」のデータもたまっていくので、子供がどのような習い事をしていくとどのような大人になっていくのかも追えるようになり、教育に対する新しい指針を提示できると考えています。そして、これまで培ってきた教育データを活用し、教育業界の総合プラットフォーマーを目指したいと考えています。
また、コミルを利用してバックオフィス業務を効率化して新たな時間を捻出したら、塾講師や習い事の先生は教えるだけではなく、子供たちの人生を作る上でアドバイスをしたり相談相手になったりするようになるかもしれません。子供たちの将来の可能性を広げるために、教育者や保護者が協調できるような教育環境を作っていきます。
― お子さんの将来について悩む親御さんは多いですよね。
子育てをしていると子供がどんな大人になるのか見当もつかないし、正解はないと思うんです。なので、世の中で一般的に考えられている「あるべき姿」に当てはめてしまいがち。しかし、それはデータで実証されていないし、何となく良いところに進学して良いところに就職した方がいいでしょう、と従っているだけです。「それを実現したら本当に幸せなのか?」と疑問を持っている保護者は多いんです。子育てにお悩みを持つ親世代の方々に「既成概念に囚われずに自由に考えていいんだね」と思っていただけるような多種多様な提案を示していけるようになりたいです。
― 御社ではオンライン学習に特化した新たな機能にも挑戦していらっしゃるんですね。
はい、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって塾の学習指導が制限されているので、離れた場所でも受講できるオンラインレッスン機能と、一度作った授業や研修を何度も見られる動画コンテンツ機能を持つ「ComiruAir」も提供しています。この2つの機能はコミルと連携しているので子供の教育に貢献するだけでなく、塾の経営や業務も円滑にします。
また、「ComiruFREE」という無料プランもリリースしており、そのプランの1つにバーティカルECである「共同購買機能」があります。共同購買という名のとおり、仕入れの力を活用し、通常のECよりも安価に塾経営に必要な備品が購入できるためご好評いただいています。ComiruFREEはコミルをまだ契約していない方にも無料で使っていただきながらコスト削減をしていただけます。
― 最後に、現在起業中または起業検討中の方々へのメッセージをお願いいたします。
私は1人でサービスを立ち上げていた時、手詰まり感があったんですよね。地道に営業すればお客様が徐々に増えていくので、自分1人でやっても100社に到達するかもしれない、でも、それは何年後だろう、と。Onlabには事業をスケールさせる考え方や方法にノウハウがあるし、メンターから常にフィードバックを頂きながら事業が磨かれていき、全く違うレベルや速さで成長させることができたし、Onlabをきっかけに資金調達してスタートアップとして歩んでいく覚悟もできました。事業を立ち上げたけれど先が見えずに悩んでいらっしゃる方は、Onlabへ参加することで必ずプラスに動いていくと思います。
(執筆:佐野 桃木 写真:taisho 編集:Onlab事務局)
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