2023年07月18日
デジタルガレージが運営するアクセラレータープログラム「Open Network Lab(以下、Onlab)」は、「世界に通用するスタートアップの育成」を目的に2010年4月にスタートし、これまで数々のスタートアップを支援・育成してきました。
Onlab 第26期 Demo Dayで審査員特別賞を受賞した株式会社Alpaca.Lab(アルパカラボ) 代表取締役の棚原 生磨さんは、地元沖縄県が抱える数々の社会的課題を解決するために大学教授とともにAlpaca.Labを立ち上げます。最初に着手した「運転代行」の業界では、60年もの間他社との価格競争に勝つために不当に安い価格で運営する業者にあふれ、最低賃金かつ非効率的な労働がまかり通っていました。「健全に利益が上がるロールモデルを作る」と運転代行配車プラットフォーム「AIRCLE(エアクル)」を生み出した棚原さんに、事業を立ち上げた当時のエピソードやOnlabのプログラムで得た気づき、沖縄から社会的課題を解決したいと考える背景を伺いました。
< プロフィール >
株式会社Alpaca.Lab 代表取締役 棚原 生磨
北陸先端科学技術大学院卒。2013年に株式会社JMCに入社。事業推進部にて教育事業に携わる。2015年に公益財団法人 沖縄科学技術振興センターに参画。産学連携事業の経験を経て、2018年に「課題先進県の沖縄から課題解決のスタンダードを」をスローガンに株式会社Alpaca.Labを沖縄県にて設立。運転代行プラットフォーム AIRCLEの創業に携わる。
― この度は、Onlab 第26期 Demo Dayにて審査員特別賞の受賞をおめでとうございます。Alpaca.Labの事業について教えてください。
Alpaca.Labは運転代行配車プラットフォーム「AIRCLE」を介して利用者と運転代行業者を繋ぐ、地元沖縄で設立したスタートアップです。「運転代行」は主に飲酒運転という違法行為を避けるために、お酒を飲んだ運転手の代わりに車を運転するサービスです。全国に約8,000業者あるうち、沖縄では700業者近くが存在していて全国第1位。現在、AIRCLEは国内最大級の配車アプリとして沖縄をはじめ、福岡県や和歌山県へシェアを広げています。
AIRCLEの使い方は簡単で、お客様がスマホで場所を指定して依頼すると、運転代⾏業者とお客様の位置情報から割り出されたアルゴリズムにより、近くにいる運転代行が平均9分でお客様のもとに来ます。また、運転代行業者は⽬的地へのルート案内や受注・発注処理など、紙で発生していた煩雑な業務を「BUSINESS」や「OPERATOR」といった業務支援クラウドサービスによって⼀括管理や業務効率化ができるようになっています。
― AIRCLEをご利用になったお客様からはどのようなお声が挙がっていますか?
おかげさまで「依頼したらすぐ来る」とご好評いただいています。今までは車に乗りたくなったらタクシー会社に電話したり、走行中のタクシーを呼び止めたりしていましたが、AIRCLEではアプリ1つで手配できるし、待ち時間が平均9分という早さを実現しています。また、乗る前から料金が分かって便利だというお声も頂いています。一般的にタクシーの料金は協会などで統一しているのでどこもおおよその最低・最高料金が決まっていますが、運転代行にはそんなルールがありません。AIRCLEでは利益を上げるために他社よりも400〜600円高く設定していますが、お客様は事前に料金や到着時間を把握できるメリットを感じてくださっています。
― AIRCLEのお客様では性別や年齢、ニーズなど、どのような方が多いですか?
仕事帰りにお酒を飲んで帰るお客様は30代が最も多く、男女比では女性のお客様が業界全体で1〜2割なのに対し、AIRCLEでは3分の1もいらっしゃいます。直接的な理由は不明ですが、CMに女性タレントを起用したから、あるいはインスタグラムでインフルエンサーが「AIRCLEに乗った!」と投稿してくださったからかもしれません。女性の年齢層は30代が最も多く、いわゆる子育て世代です。飲食店でお酒を飲む場合は子供を誰かに預けていることが多く、早く安全に帰りたいからAIRCLEを選んでくださっているのかなとも想像しています。実は「AIRCLE」には運転代行が空気のようなインフラになってほしいという願いを込めて「Air(空気)」と「Vehicle(車)」という意味をかけています。暗いイメージのある「運転代行」を「AIRCLE」で払拭し、「昼間の明るい時間にも利用できる、空気のような生活インフラ」に変えようと試みています。
― 運転代行業界でサービスを開発した経緯について教えてください。
大学時代、私は教育工学を専攻していて「より良い学びとは何か」「そのツールをいかに設計すべきか」と、人間の学習をテーマに研究していました。大学を卒業して県内の産学連携事業で代表を務めていた頃、改めて地元を見てみると貧困や教育、経済や政治と社会的な課題が山積みでした。大学教授の知見や技術力とスタートアップの推進力が一緒になれば、新たなロールモデルを作って社会的な課題を解決できると思い立ち、2018年にAlpaca.Labを設立しました。一緒に立ち上げた大学教授がお酒好きだったこともあり、最初の事業で運転代行サービスに着手しました。
― 運転代行業界にはどのような課題がありますか?
運転代行業界では60年間変わらないビジネスモデルを持っていますが、実態は非効率的な業務形態や過度な価格競争によって利益が上がらず、最低賃金以下で働く方が多いんです。にもかかわらず、社会に必要なインフラとして2018年までは右肩上がりで台数を増やしていました。最低賃金以下で働かせたり、人材の安全に欠かせない保険や車両整備といったコストを削ったりしないと勝てないような市場を変えるには、私たちが業界全体の適正化を実現させるしかない。利益が健全に上がるプラットフォームを作る決意をしました。
― 棚原さんがOnlabのプログラムへエントリーした時、事業はどのフェーズにありましたか?
アーリー期に突入したシリーズAの資金調達の一歩手前で、AIRCLEを全国に広げていきたいと考えていました。Onlabのプログラムへエントリーしたのは、Onlabと壁打ちをする機会に食べログとの協業を伺ったところ「Onlabのプログラムに来たら何でもできます」と教えていただいたことがきっかけです。特に地方では、お酒を飲んでいる時や「飲み会をしよう」と企画しているタイミングでお客様が運転代行を使いたいと考えることから、食べログとAIRCLEが飲食店予約の段階から手を組むことで世の中にお酒を飲む機会を増やしていけると企画を練っていたんです。
― Onlabのプログラムではどのような体験や気づきを得られましたか?
地元沖縄のアクセラレータプログラムに参加したことがあるので、Onlabのプログラムでは基礎を復習しつつ、事業が進むにつれて生じる課題の解決や、自身の課題であるプレゼンストーリーの解決に取り組みました。特に印象的だったのは、カカクコムの代表から頂いたアドバイスです。私たちがウリにしていた「平均9分で来る」を「真の価値ではないですよね」と。運転代行ではマッチング率が高いことと短時間で到着することが命なので反論しようとしましたが、なぜか腑に落ちて「なぜだろう」と1週間考え続けました。「9分」はあくまでも平均で、98%は30分以内に到着しても数%のお客様にはその価値を提供できていない。私たちがお客様に提供する価値って何だろう、誰に対しても自慢できる価値って何だろうと再考する機会になりました。
また、私が統計データの少ない市場の解釈に悩んでいた時、カカクコムの白谷さんから「こう考えたらいいですよ」と具体的なアドバイスを頂きました。2年かけても解決にたどり着けなかったので、プログラムに参加した価値を痛感しました。事業がシリーズAに近づいてくると周りにも優秀な方が増えて相談しづらくなっていましたが、腹を割って話す時間を頂けたのは大きかったです。
― 第26期の同期生のスタートアップとはどのように交流しましたか?
私は一番年上だったので同期生からアドバイスを求められた時におせっかいを焼いていました(笑)。プログラム期間中、お互いに失敗談を共有して「みんな同じ悩みを抱えているんだな」と安心したり、最後にはピッチで競争相手になるという緊張感もあったりしていいですよね。それに、オンライン中心でしたが同期生たちのプレゼンの準備評価が見えたり、それぞれが成長していくのが分かったりするので「自分も成長しなきゃ!」と焦るんです。仲間が集まって共通言語を持って切磋琢磨するのは学校生活に近くて楽しかったです。
― 日々のお仕事とOnlabのプログラム、プライベートをどのように同時進行させましたか?
Onlabのプログラムに参加していた頃は激務に追われる傍ら、子供が生まれたばかりで奥さんと育児に奮闘していました。スタートアップの経営者は山積みのタスクに優先順位をつけて処理していくしかありませんが、子育てで突発的な予定が入ったら重要なタスクやお客様とのミーティングを後回しにさせていただくことも。そんな時でもメンターの工藤さんが何度もフォローしてくださったおかげで何とか前に進めることができました。社内からは「プログラムに参加する暇なんてある?」と厳しい意見をもらったこともありましたが、必ず出資を受けると握り合っていたし、こんなに大きなプログラムに採択していただいたらメディア露出や認知度アップといった恩恵を享受できるのでがむしゃらに走り続けました。
― 今後、大手タクシー会社などが運転代行に新規参入した場合、どのような戦略をお考えですか?
現在、競合が少なく、大手企業が新規参入に失敗している中でAIRCLEが成長できているのは、他社で運転代行業者が不適切な運行を強いられてきたことと、彼らのITリテラシーに対応したUI設計が儲かることで差別化ができているからです。また、私たちも運転代行を運営しているだけでなく、運転代行業者1人ひとりと話し合う機会を設けた結果、誰1人離脱しておらず、外国籍の人材も安定的に儲けることができています。それに、運転代行とタクシーは全くの別物です。他人の車を運転しているし、酔っ払いのお客様とのトラブルが起きやすいので、タクシー会社が運転代行にシフトできるとはかぎりません。
― 現在は沖縄や福岡、和歌山を中心に展開していますが、AIRCLEが直近で進めたいことをお聞かせください。
今までは資金調達をして何とかお金をやりくりしてきましたが、やはり安定的に利益を上げられるようにしたいので、来年までに新たに3エリア増やす予定です。地方ではAIRCLEに対するニーズが強いし、運転代行サービスが根付いていて広がりやすいし、地域の飲食店や運転代行業者、組合との繋がりも構築しやすいんです。エリアにかぎらず、AIRCLEに興味を持ってくださる企業がいらっしゃればどの県にも行きたいとも考えています。
加えて、AIRCLEでは手数料型のビジネスとしてお酒を飲む人だけでなく、お酒を飲んでいない人の「誰かに運転してほしい」というニーズを作ったり、レンタカーやガソリンスタンドの「車だけを移動してほしい」、保険会社の「代車がほしい」に応えたりすることを計画しています。そのためにグレーゾーン解消制度を利用して普通免許を持った人が他人の車を運転したり、過疎地域の移動需要に対応できるドライバーを確保したりして利益が確実に上がる体制を整えたいです。
― 現在、Alpaca.Labの組織には何名のメンバーがいらっしゃいますか?
21名です。経営メンバーやフルコミットしているメンバーなどさまざまですが、みんな優秀で何度も助けられています。最初は沖縄のコワーキングスペースにいる人に声をかけて誘っていましたが、メンバーが集まってきた現在はリファラル採用を行っています。それ以外はもうご縁かな、と。たまたま出会った人や、取引先にいた人、銀行の窓口だった人がAlpaca.Labにジョインしてくださるケースも増えています。
― 人材採用やメンバーとの関係構築をどのように行っていますか?
失敗を繰り返していくにつれて独自の採用基準ができました。全ポジションに共通する条件としては、やはり技能が備わっていること。お互いが不幸にならないように3ヶ月から半年の試用期間を設けて相性やパフォーマンスを見ています。次に、信頼関係が大事ですよね。小さな組織だとお互いに連携しながら緊急対応やトラブル対応に追われるので「コミュニケーションはオンラインだけでいいです」という方は信用していません。コミュニケーションの取り方や信頼関係の築き方は人それぞれですが、Alpaca.Labではオンラインでもオフラインでもコミュニケーションを重視し、お互いの距離を縮めようとする方と事業を推進していきたいです。
Alpaca.Labの給与水準は、沖縄では最も高く、地方都市では福岡と同じレベルに達していて、東京の85%近くまで上げています。メンバーのモチベーションに繋がることは一つずつ実現していきます。職場にはZ世代のメンバーが多く、飲み会をしたがりませんが(笑)、先日みんなで集合写真を撮ったら「みんなが揃うと楽しいね」と連帯感が生まれました。これを機に、メンバー自らが楽しいイベントを提案するような流れにしたいですね。
― 今後の人材採用のご予定をお聞かせください。
新たに3〜4名増やそうと計画しています。特にプロダクトマネージャーのポジションでは、プロダクト責任者やマーケター出身者の方が新たに挑戦する気概でジョインしていただけると心強いです。バックエンドのテックリードやバックエンドエンジニア、モバイルエンジニアの方も歓迎していますので、ご興味のある方はぜひエントリーしてくださると嬉しいです。
― 棚原さんが考える長期的な事業目標についてお聞かせいただけますか?
課題先進県である沖縄から世の中の社会課題を解決していくことです。沖縄は、平均所得が年収200万円ほどしかなくて全国最下位で、飲酒運転による死亡事故も最下位。子供の学力も一時期は最下位でした。昔は長寿の国と言われていましたが、最近では長寿番付でも真ん中まで落ちています。離島にはエネルギー問題もあるし、米軍駐留の抗議運動が頻繁に起きる。このように、沖縄が抱える課題は一つ一つが根深くて一朝一夕で解決できないし、絵に描いたような「ザ・貧困」が存在します。今後も、Alpaca.LabはAIRCLEを筆頭にエネルギーなどのプラットフォームを作り出し、売り手や買い手、行政、全てのステークホルダーを繋ぎながらメリットを提供して業界構造を一新していきます。
その中で、AIRCLEではビジネスのロールモデルを確立させ、貧困に苦しむ運転代行の方々が社会の役に立つシーンをこの目で見たいんです。彼らは子供に「仕事で運転代行をしている」と堂々と言えないんですよね。そんな運転代行を「社会に欠かせないインフラ」とブランディングし、健全に稼げるサービスに変えたら世の中が便利になるし、運転代行で働く皆さんが元気になっていきます。それを実現したらAIRCLEは目標の一つを達成するので、上場や海外進出も考えています。
近年では世界でも飲酒運転に対する意識が高まり、運転代行サービスもスタンダードになりつつあります。韓国では人気のコミュニケーションツール「KAKAO TALK(カカオトーク)」がKAKAO DRIVERをリリースしたり、シンガポールでも運転代行車が走っているのを頻繁に見かけたりします。各国で車好きの人たちに向けた移動体験サービスが見られるようになったので、AIRCLEが挑戦しない手はないですよね。
― 最後に、これからOnlabのプログラムに応募しようと考えているスタートアップへメッセージをお願いします。
本当にすばらしいの一言に尽きます。数々のスタートアップを支援してきた知見から「こうするといいですよ」とアドバイスを頂けることが有り難かったですね。それに、メンターの方々は同期生のスタートアップの進捗やニーズを把握した上で個別に相談に乗ってくださって「こんな贅沢な環境があっていいのか?」と感動しました。Onlabをもっと早くから知っていたら事業の成長スピードが倍以上違ったんじゃないでしょうか。
また、Onlabのプログラムは単なるカリキュラムではなく、スタートアップのシード時に必要なツールが全て備わっています。過去にOnlabの先輩方がプレゼンした内容や勉強会、講義のログや統計データをいつでも読み返せるし、出資を受けた後は「月次定例会で何を報告すべきか」が記されたフォーマットを使うこともできます。これらを使いこなせるかは人それぞれですが、悩みの多かった私にとって「これでいいんだっけ」と立ち止まった時に資料を辞書のようにパッと調べられる環境は大きかったですね。
(執筆:佐野 桃木 編集:Onlab事務局)
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