2022年08月23日
近年、「企業価値」と「社会的価値」の両立を目指す「ESGスタートアップ」が注目され、国内外のOpen Network Lab(以下「Onlab」)の支援先も増えてきました。
シリーズ「Meet with ESG Startups」では、スタートアップの事業成長と会社経営のあり方や持続可能な社会へのインパクトをどのように創り出していくのか、経営者としての考え方や企業の様々な取り組みについて伺います。
今回登場するのは、ソフト価値を付加する不動産オーナー向けツール「EaSyGo」をはじめとする不動産テックサービスを展開する株式会社GOYOH(以下「GOYOH」)。不動産のESGとは何か、EaSyGoはそれにどう貢献するのか、そのビジネスモデルとは、代表の伊藤幸彦さんに聞きました。
< プロフィール >
株式会社GOYOH 代表取締役 伊藤 幸彦
早稲田大学高等学院を中退後、バックパッカーとして世界70か国以上を長期旅行し、2006年(23歳時)にニューヨークにてホスピタリティ投資会社を起業し、マンハッタンでのサービスアパートメント(民泊)への投資・運用・運営業務を行う。2008年(株)アスタリスクを日本に設立し、国内・海外の機関投資家や超富裕層のクロスボーダーなホテルや不動産、ファンドへの投資アドバイザリー業務を行なう。欧州と米国それぞれの地域で最大級の不動産運用会社(総運用資産9兆円を超える)などの海外投資ファンドのコンサルタントや日本での資金調達、グローバルなホスピタリティ投資JVの事業パートナーを務めるなど、国内・海外の不動産開発者や投資ファンドへのコンサルタントを務める。2016年〜2020年までの間、世界的不動産ESGリーダー、M&G Real Estate社やベントール・グリーンオーク社の日本専属アドバイザーとして、大手生命保険会社などの機関投資家に不動産ESG投資のマーケティングを行う。
― まずはEaSyGoについて教えて下さい。「次世代の付加価値となるソフト価値を付加するサービス」と謳っていますね。
GOYOHが開発する「EaSyGo」は、不動産関連企業がESGに取り組むための活動を全般的に支援するサービスです。
今でこそEaSyGoは幅広に「不動産×ESGのためのサービス」と謳っていますが、当初EaSyGoは「脱炭素のためのサービス」とアピールしていました。
― たしかに、OnlabのDemo Dayでもそうピッチしていました。
そうですね。ただこれは「Demo Day当時からEaSyGoが進化した」というわけではありません。当初から今の姿だったのですが、打ち出し方だけ変えていたのです。というのも、今の形式を最初から説明しても、盛り込みすぎで聞いている方が理解できないと踏んだからです。
当時は世間のESGの浸透度も今と比べれば低かった。なので「不動産における脱炭素以外のESGに何が該当するか」という問いに対して、ピンと来る方が少なかったんです。それでシンプルにEaSyGoを、「不動産の脱炭素を計測するサービス」と銘打ちました。だから今、やっとEaSyGoの全貌をお見せできるようになったんです。
― わかりやすさを優先したということですね。不動産のESGで、脱炭素以外の要素とは、例えばどういったものでしょうか。
地域コミュニティへの貢献、働いている方の健康改善、防災対応力の向上などは、全て不動産に関連するESGです。
脱炭素については社会的に認知されていることもあって、皆さんがその重要性を理解しています。でもその他の項目については「なぜ企業が取り組まなければならないのか」「誰がそのコストを負担するのか」という問いに、万人が答えをもっている状況ではありません。
CO2削減はもちろん大切。だけど設備投資するにしろカーボンクレジットを使うにしろ、お金はかかるけどそれで直接収益が増えるわけではない。それは持続可能ではありません。なのでESGに取り組むことで不動産の価値をオーガニックに上げることが重要だと、GOYOHでは考えているのです。
では具体的にどうするか。わかりやすいのは「S」である社会(Social)への投資です。働きやすい・住みやすい街やビルを実現できれば家賃を上げられますし、定着率も上がる。ESGの環境(Environment)と社会(Social)に同時に投資して、規制に応えつつも経済的なパフォーマンスを上げる。これをEaSyGoで叶えていきます。
EaSyGoの特徴は、計測するだけでなく、アクションにもつながる点です。
CO2を例にとりましょう。もちろんその削減のためには、まず見える化が必要です。それが削減のスタートラインであることは間違いありません。しかし本当に大変なのは、そのデータを整理し活用し、削減のためのアクションに繋げること。そのために機関投資家から現場まで全プレイヤーを巻き込めるのが、EaSyGoの本質的な価値なんです。
― EaSyGoが実際にどのような物件で使われているか教えて下さい。
例えば東京・月島にリバーシティ21 イーストタワーズという大きな高層ビル群があります。その内の複数の集合住宅ビルをアクサ・リアル・エステート・インベストメント・マネジャーズ・ジャパン株式会社が保有・運用していて、ここではEaSyGoと連動しているポータルサイトを、住民が使えるようにしました。これは地域コミュニティのための持続可能性を可視化し、改善に取り組むことで、よりよい生活環境を作ることを目的として導入されたものです。
これは他の物件の例になりますが、ポータルサイトの中に「こども食堂への支援キャンペーン」という活動があって、このキャンペーンが盛り上がるほど、このビルがあることによって地域コミュニティに貢献したことがわかる、という仕組みになっています。
またある物件では、ポータルサイトのESG関連のニュースを読んだりシェアしたりするとポイントが貯まって、それを寄付できるといったESG活動を実施。物件ごとに色んな活動ができるようになっています。
住居だけではなく、オフィスビルでもEaSyGoは使われています。多くの不動産オーナーは、オフィスビルのエネルギー利用量やCO2排出量の計測に取り組んでいます。しかしそのビルで働く従業員がそれらを網羅して把握して関与しているかというと、必ずしもそうではありません。もしEaSyGoが導入されれば、不動産や企業の活動をデータ化して、不動産オーナーとテナントが協働するための施策を打っていきます。
― EaSyGo内では、ESGの達成はどのように評価されているのでしょうか。
項目別にKPIを設定し、評価します。例えばCO2などのエネルギー消費は実数で出てくるのでわかりやすいですね。
一方で、社会(Social)のコミュニティや人々のウェルネスや能力開発への貢献などは、必ずしも効果が一次データだけで計れるわけではありません。なので我々が提供しているプログラムでは、どれだけ仕事で働きやすくなった、といった定性的な指標や、個々の社会的インパクトを定量化する独自の不動産インパクト解析モデルを置いています。
これはGOYOHが独自にモデリングしているものですが、とはいえ必ずしも適当なものというわけではありません。実はGOYOHはULIという世界的な不動産団体での不動産の社会的インパクトについての協議会のコアメンバーでもあります。また、「CRREM」という、欧州を代表する機関投資家が中心となり発足した企業不動産の脱炭素化のための指針となる、気候変動の移行リスクの評価・モニタリングツールへの取り組みに、日本からはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などと共に科学・投資家委員会メンバーとして参画しています。
つまり我々は、不動産ESGにおけるグローバルリーダーとして業界を牽引している存在なのです。なので我々が先んじて作っているKPIは最終的に、こういった世界的なルールと整合するように設定されています。
― 住民やビルで働いている方が、「このビルはESG活動に取り組んでいるんだ」と認識しますよね。それでビルや不動産に対するエンゲージメントは高まるのでしょうか。
もちろん人や状況によりますが、高まるケースが多いですね。そもそも不動産のESG活動に住民や従業員が参加するには、大きく3つのきっかけがあります。
1つ目が、インセンティブ。先程のポータルサイト内の記事を読む、シェアする、アクションする、ポイントがもらえる、などです。2つ目は、例えばシェアリングサービスを導入したり、CO2排出量が低い家電を設置したりといった、物理的な介入。これは不動産ならではのタッチポイントであり、きっかけですね。
最後に、コミュニティ。通常、自分が住んでいる・働いている場所は「いいコミュニティ」にしたいですよね。例えば高級住宅街が高級住宅街である由縁は、そこに住むことで良い教育が受けられたり、周りの住民との良い関係性によるものです。だから世界的な大都市では同じ建物なのにエリアによって2倍も3倍も価格が違う、といった現象が起きるわけですよね。
コミュニティもESGも同じです。ESGにちゃんと取り組んでいる不動産には、ESGに価値を見出す方々が集まってくる。なので住民や企業がESG活動に貢献すると、不動産の価値が上がって家賃が上がり、結果的にオーナーの収入も増える、というわけです。
― なるほど。最近はオフィスのテナント企業もESGに取り組んでいるのでしょうか。
今の時代はESG目標を設定している会社が多くなってきています。その中にはテナントとして達成したいESG目標を掲げている会社もあるでしょう。不動産に該当するところだと、省エネやバリアフリーがすぐに思い浮かびます。ただ、オフィスビル側が気づいていないだけで、実際にはもっと多種多様なニーズがテナントにはあるんです。
これを見逃したり放置することで、テナントが退去してしまったり、収益機会を逃すことになってしまう。「自分たちのESG基準が達成できないビルだ」と判断されてしまいますからね。グローバルに競争力がある企業ほど、高いESG基準を入居オフィスにも設けています。それは彼ら企業が優秀な人材を確保する上でも非常に重要だからです。
社会面を含むESGへのオフィス不動産での取り組みが、企業における優秀な人材の確保に繋がることは間違いありません。その結果企業は、生産性の向上といった非常に大きなレバレッジ効果を得られるでしょう。また「こういう施策をテナントのためにやっているビルです」というアピールは、新たなテナントの誘致や既存のテナントの定着にも大きな武器になります。
― EaSyGoを使うことで、みんながwin-winになる関係を整えるんですね。とすると、EaSyGoはどなたが導入のきっかけとして顧客になるのでしょうか。
EaSyGoの直接の顧客は、主に不動産の機関投資家や不動産ファンドと言われる方々であることが多いですね。彼らが投資不動産の価値の保全や向上のために導入するんです。
そもそも不動産には大きく、機関投資家、運用会社、管理会社、ビルメンテナンス会社というプレイヤーがいます。今、不動産テックといわれるサービスはたくさんありますが、そのほとんどが、管理会社やビルメンテナンス会社向けにサービスを提供している。それに対してEaSyGoは、機関投資家向けにサービス提供しているのがポイントです。
しかし、EaSyGoが運用会社、管理会社、ビルメンテナンス会社に関係がないかというと、もちろんそんなことはありません。EaSyGoはまず機関投資家に導入され、その機関投資家が運用会社やビルメンテンナンス会社にEaSyGoを使うように巻き込んでくれる、という仕組みになっていて、結果的にEaSyGoはすべてのレイヤーで使用されるサービスとなっています。
実は私を含めたGOYOHの中核メンバーはもともと、海外の大手不動産ファンドの資金調達支援を事業としていたアスタリスクという会社のメンバーなんです。つまり日本の機関投資家が海外の大手不動産ファンドのESG戦略に出資する際のお手伝いをしているので、もともとグローバルに不動産ファンドや機関投資家との密接なコネクションを持っている。なので彼らがどういう項目を気にしているのかは全てわかっています。それをDXしたのが、このEaSyGoというサービスなんです。
ここで重要なことは、海外の大手不動産ファンドや機関投資家は、先進的なESG経営企業だということです。そのためESGに気を配っていない不動産には投資し続けません。
例えばアクサ IMなど世界トップレベルの投資家は、GRESBやTCFDといったESG開示やベンチマークや認証に積極的に取り組んでいたり、金融市場でのカーボンゼロの枠組みを推進するなど、ESGのマーケットリーダーでもあります。しかし不動産の領域では、ESG活動への課題も掲げています。課題は(下図右2つの)テナント啓蒙や内部ESG評価です。
(上図の)左の4つはハード面が中心の話なので、投資家がお金をかければ解決できるんです。しかし(右2つの)ソフト面はそうはいきません。人との関わりや行動変容を促すということは現場で対応することなので、どうしても機関投資家では対応できない。一方で現場の方が自発的に取り組むかというと、それをやる価値を理解していなければやりません。だからEaSyGoを使って、現場の方々がやる理由を設定することが大事なんです。
― 最後に、これからESGに特化したスタートアップを起業する学生や、ESGに参入しようとしている方々に、メッセージをお願いします。
ESGは学生にとって非常に良いチャンスだと思います。特に社会(Social)は色々な取り組みの場があるのではないでしょうか。GOYOHでも、大学で環境経済学を学んでいる方がフードロスをなくすためのキャンペーンを引っ張っていたり、人権を専攻している方が職場環境の改善プロジェクトに携わったりしています。
今までこういった活動はお金になりにくかったこともあって、ビジネスから関心をもたれませんでした。でも今は時代が変わってきている。こういった活動に取り組まないと、社会からちゃんとした会社だとみなされないからです。社会に役立つための知識が、ビジネスやキャリアとして成り立つ舞台が用意されている。これはすごいチャンスですよ。
個人的にはこのチャンスの先には「CSO(Chief Sustainability Officer)」が待っていると思っています。今、企業でSustainabilityやESGへの取り組みが必要とされていますが、人材が全く足りていない。それもそのはず、そんなキャリアを送ってきた人がいませんから。新しい分野については中堅どころを育てるより、若い方に挑戦してもらったほうがいい。そこで成功すれば非常に価値の高い人材になれるのではないかと思います。
(執筆:pilot boat 納富 隼平 撮影:taisho 編集:Onlab事務局)
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