2018年08月23日
Robert EdwardsとPatrick Steptoeの手によって、世界初の体外受精児が誕生してから40年。2017年の日本産科婦人科学会の発表によると、現在の日本では約19.7人に1人の赤ちゃんが体外受精によって産まれている。
政府による女性の活躍推進や晩婚化を背景に、生殖医療を受ける患者の数は90年代初頭から増加の一途を辿り、今後もその数は増加を続けていくと考えられる。
そんな生殖医療の未来について考えるイベントFuturist Meetup第9回『胚培養士・法哲学者と考える生殖医療の未来』が2018年8月22日に開催された。
イベントでは、胚培養士・川口優太郎さんと法哲学者・吉良貴之さんのそれぞれによる講演が行われた。本記事では前半パートとして、胚培養士の川口優太郎さんからの講演『生殖補助医療(ART)の現状から、未来のARTを考える』についてまとめていく。
< プロフィール >
胚培養士 川口 優太郎
埼玉医科大学卒業後、総合病院勤務を経て国際基督教大学大学院博士前期課程にて生命科学を専攻。大学院修了後は、加藤レディスクリニック(新宿区)に勤務し、同クリニックの系列病院となる中国上海永遠幸婦科医院の立ち上げにも携わり、培養室の運営や現地スタッフの育成指導を行う。2018年より桜十字渋谷バースクリニック培養室の室長を務める。
桜十字渋谷バースクリニック: https://www.sj-shibuya-bc.jp/
1990年代初頭には約320名に1人の割合でしか存在しなかったART出生児は、2017年には約19.7人に1人の割合まで増加した。川口さんは、ART出生児が増えた背景には様々な要因が考えられるが、中でも次の3つの要因を指摘している。
川口:
1点目の要因は、日本人が男女共に妊娠やARTの知識が不足していることです。2013年にHuman Reproduction誌に発表された論文によると、人間開発指数が高いと評価されている国の中でも、日本は妊娠や生殖に関する正しい知識という有しているか?という面で最低の結果を記録しています。その様な妊娠に対する誤った知識が原因で妊娠ができない、もしくは妊娠の適齢期を逃してしまい、結果としてARTが必要な年齢になってしまっているのではないかと考えています。
川口:
2点目の要因は、女性の活躍推進が進んできていることです。国が政策の一つとして『女性が輝く日本へ』を掲げており、『女性役員・管理職の増加』といった取り組みが盛んに行われるようになってきました。一方で、仕事上のキャリアを優先する女性が増えた結果、婚期が遅れてしまったり、妊娠適齢期を逃してしまったりする方が増えています。そういった理由から、高齢によって自然妊娠が難しくなり、治療が必要になるという患者が増えています。また、子どもが出来た後もすぐに社会復帰が出来る環境が整いつつあるため、2人目、3人目を考えにくい状況が生まれてしまい、結果的に“2人目不妊”という方も増えている現状があります。
川口:
3点目の要因は、ART技術が確立され、成績が著しく向上したことです。卵子の凍結法を例に取っても、2012年にCryotech法と呼ばれる安価で簡便な方法が開発され、受精卵の凍結融解後の生存率は限りなく100%に近くなりました。技術が進歩したことで、不妊治療に対する敷居が低くなり、これまで治療を躊躇っていた層の受診が増え、その結果として患者数が増加したことに繋がっているかもしれません。
次に川口さんは、生殖医療の現場で働く者の視点から現状のARTが直面している4つの問題点について指摘する。
川口:
1点目は自由診療であるため医療費が高額な点です。人工授精、体外受精・顕微授精、胚凍結・胚移植など治療方法によって値段は変化しますが、体外受精・顕微授精に加えて胚凍結・胚移植まで進むと、新車の軽自動車が買えてしまう程の値段になります。また、地域によっては更に高額になる場合もあります。施設ごとに治療費や治療内容、技術のクオリティも異なる中、患者さんが自らの意思で治療先を選択しなければならないのは大きな負担になっているのではないかと考えています。
川口:
2点目は不妊治療助成制度が不十分である点です。現在、厚生労働省は不妊治療の経済的負担の軽減を図るため、不妊治療に要する費用の一部を助成しています。しかし、夫婦合算の所得が730万円以下の世帯に限るなどのいくつかの条件があり、40代で夫婦共働きという、最もARTの需要が高い患者層に対して厳しい条件となっています。
川口:
3点目は不妊治療、特に『妊活』がビジネス化している点です。なかなか子どもができない夫婦の弱みに付け込み、医学的なエビデンスの無い、ただ『妊活』という言葉を入れているだけの商品が高値で売られているケースもよく見られます。正しい知識を普及しようという動きもあるのですが、中々上手く行っていないのが現状だと思います。
川口:
4点目は、『子どもは“自然”の授かりもの』という認識が特にシニア世代で非常に根強い点です。不妊治療がメジャーになってきた一方で、『不妊治療は特殊なもの』、『人工的』、『治療費がとにかく高額』、『障害児が産まれてきそう』といった誤った認識をされている方も数多く見られます。治療をしている患者の親達(シニア・団塊世代)が不妊治療に対して悪いイメージを持っている場合もあります。しかし、先ほども述べたとおり現在は6組に1組は不妊症であり、不妊治療は特殊とは言えない時代になってきています。
川口:
胚培養士が行う仕事は大まかに以下の通りになっています。まず、採卵と採精、文字の通り卵子や精子を採取します。採精した精子の検査や、採取した卵子の成熟度を確認し、媒精といって体外受精または顕微授精という手法を用いて精子と卵子を合わせて受精させます。受精後は、受精卵が胚盤胞と呼ばれる着床する直前のステージまで培養していき、子宮の中へ受精卵を戻す胚移植を行います。また、胚盤胞まで進んだ状態の受精卵が複数ある場合は、残った受精卵の凍結保存も行います。ここまでに挙げた全てのプロセスを胚培養士が担当します。
私たちは、クリーンルームと呼ばれる高い清浄度レベルに管理された環境下で、精子の検査や卵子の操作、受精卵の培養などを行っています。患者様から採取した卵子は、インキュベータと呼ばれる装置の中で培養されます。インキュベータは温度・湿度・pH・気相環境を一定に保つことで女性のお腹の中に近い環境を作り出します。従来のインキュベータでは、受精卵の様子を見るために毎回装置から取り出さなければならなかったので、細菌やカビが混入する危険性もありました。近年では、タイムラプス観測を導入したインキュベータが開発され、患者の個別管理も可能になり、装置から取り出す必要なく発育状態を24時間観察できる様にもなりました。また、精子と卵子を合わせる顕微授精技術も日々進歩しており、紡錘体可視化装置の導入によって顕微授精を実施するタイミングがより分かりやすくなったことや、精子を超高倍率のレンズで観測することによって、より状態の良い精子を識別できる様になり受精卵の成長率や妊娠率は大きく向上しています。
川口:
現在、ART分野に関しては、これといった法律は存在せず、あくまで日本産科婦人科学会が出している声明が規則の基盤となっています。そのため、罰則なども特に無く、グレーな部分が非常に多いという現状があります。これを逆手に取り、“やりたい放題”といった状態になっている不妊治療施設も存在しています。その様な状態を是正するために、医療・生命倫理に基づいたルールを早急に定め、場合によっては罰則や特定機関による指導なども設けていく必要があると考えています。
川口:
次に挙げられるのはLGBTの人々へのアプローチです。現在、パートナーシップ制度を導入する自治体が増え始める中で、ART技術を活用し、ドナーを用いて子どもを作ることの是非や、同性親の里親を認めるか?といった議論が加速しています。あくまで子どもの権利を考慮しながらも、人権を尊重した新しいルールづくりを進めていく必要があると考えています。
川口:
また、異なる分野とARTとを組み合わせていくことも必要になると考えています。正しい栄養指導や運動療法などは、妊娠率の改善や ARTの治療成績を向上させることが知られています。ヘルスケア・食品業界など様々な分野・領域と、協力し合える関係を築きながら正しい知識を普及することが必須になると考えています。
川口:
1つ目に起こる可能性がある大きな変化は、卵子の凍結保存に関わるものです。現段階では、卵子凍結は「あくまで悪性腫瘍などの特定の疾患に罹患した患者に対する妊孕性温存ために認められる」とする日本産科婦人科学会と、「年齢などの条件付きで、健康な女性にも認める」とする日本生殖医学会とで、声明・指針が異なっていますが、その一方で、仕事・キャリアを重視する女性にとってはすでに非常に高い需要があります。卵子の凍結保存技術は確立されていることから、卵子の凍結保存を行う病院や企業も少しずつ出始めています。近い将来、女性にとって『卵子は若いうちに凍結しておく』といったライフスタイルが当たり前の時代が到来するかもしれません。
川口:
次に起こるかもしれない変化は着床前スクリーニングに関わるものです。着床前スクリーニング検査の大義名分は、流産の原因となる染色体異常を検出・診断し、流産の確率を下げることです。現在では、NGS解析と呼ばれるより詳細な情報を取得する方法も開発されていますが、日本では、現状として着床前スクリーニング検査は認められていません。男女の産み分けや、すでに産まれている特定の遺伝性疾患の患者を否定することに繋がると考えられ、「生命の選択につながるのでは?」と懸念する声も多いためです。しかし、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどを中心に着床前スクリーニング検査は主流になりつつあるため、今後の日本での動向が注目されています。
川口:
最後に注目しているのが遠隔診療の導入です。不妊治療を行っている人の多くは、働きながら治療を受けています。どこの施設でも、患者の不満として挙がるのが通院回数の多さです。遠隔診療をART分野にも導入することで、働きながら、より効率的に、かつ安価に専門的な治療が受けられるような仕組みを作っていくことができれば、より早い段階で治療を届けることが可能になります。ヘルスケアや遠隔診療など様々な分野と共同することで、ARTへの間口を広げることができれば、不妊症患者が減少していくのではないかと考えています。
前半パートでは、胚培養士である川口さんの当日の発表について、若干の補足を交えつつまとめた。生殖技術の発展と共に生まれてきた胚培養士という新たな職業について、その仕事の内容や抱える問題についてお話を伺う貴重な機会になった。後半パートでは、法哲学者である吉良さんが提起する生殖技術に関する規制や倫理に関わる問題について同じく補足を交えつつまとめていく。
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